50 6月8日(水) 金沢の街を歩く

 僕は2年前に白血病になって半年ほど入院していた。そのときのことを『白血病になっちゃいました』という駄作にしてカクヨムにアップしたのだ。


 その駄作は病院の話半分、僕の想い出というかエッセイのようなものが半分で構成している。そのエッセイの中で僕は、以前・・独身寮にいたことがあって・・個室が10個ある女子トイレに飛び込んだら・・鍵が壊れていて・・というドタバタ喜劇のような実話を書いた。


 えっ、お前はオス♂なのになんで寮にいたのかって?・・女子トイレに飛び込むって、どうしてかって?


 そ、それは・・説明が大変なので、もしよかったら、駄作の当該箇所を読んでください。エッセイなのでどこから読んでも大丈夫。URLを最後に出しておきますから・・


 さて、最近、妖艶で超超超美人のとっても素敵なお姉さまから、駄作に対して素敵なコメントをいただいたので、駄作を読み返していたのだ。


 すると、さっきの女子寮の女子トイレのところで、以前、よく似たことがあったのをふいに思い出した。今まですっかり忘れていたのに、何かのきっかけで急に思い出すってこと・・ありますよね。読者の皆様もよくあるでしょう。あんな感じで、急に思い出したことがあったのだ。


 忘れていたことを急に思い出した・・それが今日の「よかったこと」だよ。


 さて、思い出したのはこんな話だ。


 仕事で金沢に行った。


 予定より仕事が早く終わって、帰るまで3時間ほど時間ができた。せっかく金沢に来たんだから、僕はこの3時間でどこか見物して帰ろうと思ったのだ。


 金沢には見どころが多い。兼六園、金沢城公園、加賀藩祖前田利家公と正室お松の方をまつる尾山神社、加賀藩の中級武士たちの屋敷だった長町武家屋敷跡、金沢21世紀美術館・・など見どころが満載だ。


 有名な兼六園は行ったことがあるし・・僕が行ったことがなくて短時間で見物できるところはないかって・・僕は駅でもらった観光地図を広げてみた。すると、忍者寺というのが眼に入った。忍者寺・・面白そうだ。ちょうど僕がいたところから、歩いて30分ほどで行けそうだった。時間的にもちょうどいい。


 それで、僕は忍者寺を目指して歩き出したのだ。金沢の素敵な街を一人でぶらぶら歩くのは何とも気持ちがいい。道には『忍者寺はこちら』という表示が適所にでていて、その表示通りに歩いて行けばよかった。それに、歩いている道には観光客はおらず、地元の人もほとんどいなかった。僕はそんな民家に囲まれた閑静な道をのんびりと一人で歩いた。歩いていて、僕は独特な雰囲気を感じたのだ。


 唐突だが・・


 金沢には香りがある。


 苔むした深い歴史の香り・・落ち着いた大人の香り・・しっとりした文学の香り・・若葉のような現代の香り・・艶っぽい色街の香り・・そういった香りがあるのだ。


 歴史のある街は多いが、香りのある街は少ない。


 金沢ではそれらの香りが混然一体となって、あの『金沢』としか表現しようのない、独特で、魅力的な雰囲気を醸し出しているのだ。


 僕はそんな素敵な雰囲気を堪能しながら金沢の街を歩いたのだ。


 しばらく歩いたときだ。


 僕は、若いお姉さんが僕の後ろ10mぐらいのところをついてくるのに気がついた。ちらっと振り返ると、そのお姉さんは地元の人ではなさそうで、おそらく観光客だと思えた。連れはおらず、どうも一人旅のようだ。それに・・かなりの美人だ。


 そのお姉さんは、僕が『忍者寺はこちら』という表示に従って右に曲がると、やはり右に曲がってくる・・左に曲がると、僕と同じように左に曲がるのだ。明らかに、そのお姉さんは僕をつけている・・じゃあなくて、どうも僕と同じ忍者寺を目指して歩いているようなのだ。


 僕はずっと後ろのお姉さんを見ながら歩いていたわけではない。じゃあ、どうして、そのお姉さんが僕の後ろをついてくるのが分かったのかというと・・ほら、女性がはくパンプスって、コンクリートや石畳の道を歩くときに時々コツコツって音がすることがあるでしょう。あの音がずっと僕の後ろをついて来たっていうわけなんだ。


 こうして、ほとんど人がいない閑静な道を僕とそのお姉さんが、忍者寺を目指して歩いていたのだ。コツコツって音と一緒にね。


 ところが、僕は道を歩きながらお腹が痛くなってきたのだ。しまった。こんなときに・・と思ったが、忍者寺はまだ先だった。周りは閑静な住宅地で、コンビニや喫茶店は見当たらない。仕方がない。とにかく、忍者寺に着くまで我慢しようと思って、僕は片手でお腹を押さえながら歩いていたのだ。


 すると、民家の間に公園が現われた。結構大きな公園だった。観光の公園ではなく地元の公園だ。ブランコやすべり台といった遊具があった。公園の中には誰もいなかった。そして、公園の隅にかなり大きな公衆トイレがあったのだ。


 助かったと思った。僕は急いでその公衆トイレに入っていったのだ。


 ところがだ。男子トイレの方に個室が一つあったのだが、そこには『修理中』と紙が貼ってあった。その紙には『女子トイレを使ってください』とも書いてあった。それで、やむなく僕は女子トイレに行ったのだ。女子トイレの中には誰もいなかった。トイレの中には個室が5つあった。僕はちょうど真ん中の、つまり入り口から3番目の個室に入ったのだ。


 僕は個室のドアを閉めて中から鍵を掛けた。そのとき、女子トイレの中に誰か入ってきたのだ。えっ、公園には誰もいなかったが・・


 そうしたら、僕の耳に、聞きなれたパンプスのコツコツという音が入ってきたのだ。


 あっ、僕の後ろを歩いていた、あのお姉さんだ。あのお姉さんも僕と同じようにトイレを探していたのか!


 パンプスのコツコツという音がトイレの中に入ってきて・・僕のいる個室の前で止まった。僕はもちろん個室の鍵を掛けていたので、慌てることはなかった。すると、ドアの外からトントンと2回ノックがあった。僕は右手の人差し指を曲げて、指の第二関節のところを使って内側から1回だけトンって軽くノックを返した。


 すると、お姉さんは入り口に引き返して、入り口から1番目の個室に入っていったのだ。そのトイレの最も入り口に近い個室で、僕の個室から一つ空けた隣ということになる。僕は個室の中にいたが、コツコツというパンプスの音でそういったことが手に取るように分かったのだ。

 

 僕は用を済ますと、それからトイレを出て忍者寺に向かった。忍者寺は充分に面白かった。それで、そのお姉さんなのだが・・僕はお姉さんが公衆トイレを出てからどうしたのかは知らないのだ。僕がトイレの個室から出たときは、お姉さんが入った個室はまだドアが閉まっていた。当たり前だが、僕はお姉さんが個室から出てくるのを待たずに忍者寺に向かったのだ。


 それで・・話はこれで終わりなのだ。


 皆様の「え~っ」っていう声が聞こえるよ。


 「ここまで読んだのにそれだけなの! あなたがオチがあるように書いてるから、どんなことになるんだろうって思いながらここまで読んだのに、これで終わりなの!」という声がするよ。


 「最初の『白血病になっちゃいました』という駄作の話はどう繋がるの?」という声も聞こえます。


 「要するに、今日の話はトイレの個室のドアをノックされたってことだけかい!」って怒っている人もいるねぇ。


 「この話って『金沢の街を歩く』ってタイトルでしょ。このタイトルからもっと詩的な内容を想像していたのに、なんだ、トイレのドアのノックの話なの? こんな話だったら、別に金沢じゃなくてもいいんじゃないの?」という声もありますな。


 はい、その通りです。トイレの個室のドアをノックされたっていうだけの話です。だから、別に金沢でなくても、舞台は東京でも大阪でもどこでも構いません。金沢を歩いたのは事実ですけどね。


 でも、これが僕がトイレの個室でドアをノックされた初めての体験だったのだ。だから、お姉さんがトントンとドアを2回ノックしたとき、僕の心臓がドクンと跳ね上がったのだ。


 さっき、『僕は右手の人差し指を曲げて、指の第二関節のところを使って内側から1回だけトンって軽くノックを返した』っていやに詳細にいたのは、このときが僕の『ノックを返す』初体験だったので、その情景を鮮明に思い出すことができたからだよ。


 しかし、ここで「え~。トイレでノックをするのは当たり前でしょ」っていう女性陣の声が聞こえるよ。


 確かにそうだと思う。もし、僕が女性だったら、トイレで自分が入っている個室のドアを誰かがノックして、それにノックを返したら、その誰かが別の個室に入る音が聞こえた・・なんてことはあまりにも日常的で、あまりにも当たり前で、きっと記憶にも残らないんじゃないかな。


 でもね、僕は男子トイレの個室に入っていて、誰かにノックされたことは一度もないんだ。それどころか、男子トイレで、誰かが個室のドアをノックするのを見たこともなければ、聞いたこともない。男子はノックをしないんだね。


 だから、このときが僕が個室のドアをノックされた初体験だったというわけだ。


 まだ皆様から「トイレのノックだって~。こんな話は詐欺だ~。どこが『金沢の街を歩く』だ~」っていう声が聞こえるよ。


 はい、はい、分かりました。その通りです。実はこの金沢での一件を思い出したんで、僕はあることを調べてみたんだ。


 それは明日書くよ。そこで『白血病になっちゃいました』と話が繋がるからね。


 『白血病になっちゃいました』の女子寮の話は以下だよ(第43話から第45話 僕は女子寮の寮生だった)。短いので良かったら除いてみてね。あっ、間違った。覗いてみてね。

  https://kakuyomu.jp/works/16816700429102468154/episodes/16816927859252905295



 

 





 

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