第34話:炎の天使
「悪魔には弾切れという言葉はないのですか?」
入り口の脇でヘンリーが嘆く。
遺跡奥からの攻撃は、まったく勢いが衰えない。これでは反撃に移ることもできない。ユリアの祈りも、内部の邪気が強すぎてうまく悪魔と力を結べないらしい。
「ルーヴィック! これは、アメリカン・スタイルの出番じゃないですか?」
「あいにく、さっきので打ち止めだ。材料は使い切った」
「どうしてもっと多く持って来ないのですか!」
「お前、さっきはもう使うなって言ってなかったか?」
「そんなものは、時と場合でいくらでも変わるのですよ」
「流石は二枚舌の国だな」
「状況を打破できるなら、2枚でも3枚でも使いますよ」
「そういう所は尊敬するわ」
そう言いながら、ルーヴィックは瓶を取り出して入り口に向けて振る。耳が引き裂かれそうな絶叫にも似た声が、遺跡の通路に反響して鳴り響く。すると、バンシーの鳴き声とは別のうめき声が奥から聞こえ、攻撃が止んだ。
ルーヴィックとヘンリーは同時に動いた。発砲しながら通路を駆け抜けると、頭を押さえる悪魔らにタックルをかまして開けた場所に出た。
そこは下に向かって吹き抜けの空間になっており、らせん状の通路がある。最下層を見れば、大きな穴が開いており灼熱のマグマが滝のように流れ、その中を無数の怨念が嘆き声を上げながら落ちていく。吐き出される邪気は、もはや質量を持った闇となり、侵食する。穴から漏れてくる熱を帯びた真っ赤な光の何と禍々しいことか……。
あれが地獄の門だ。
門の形は成していないが、一目見てそれを理解できる。
「って、もう開いてるじゃねぇか!」
その光景を目の当たりにして、全身から血の気が引くのを感じた。穴の底のさらに底から、何か得体の知れぬ凶悪なものが這い上がってくるのを感じる。門から吐き出される灼熱の業火は、上にいるルーヴィック達ですら焼き尽くしそうな熱量があるにも関わらず、息が凍りそうなほど寒さを感じる。
這い上がってくるもの(おそらくそれがルシフェルだろうが)が地上に出る前に、門を何とかする必要がある。
だが、それは悪魔が許さない。
メーメンはすでに本体となっており、その炎の攻撃がそばを掠めた。
反撃に転じようとすると、離れた所から女悪魔の弾丸が飛んでくる。
聖なる力の籠ったコートで弾かれはするが、猛烈に痛い。その上、激しい衝撃に体勢が崩れる。それはヘンリーも同じようだ。忌々しそうに攻撃を避けている。やはり、下級の悪魔とは違う。
両手の鞭を振り回し、口からも炎を吐き出す。
それをコートで防ぎ、聖水で打ち消し、銃で応戦する。
そこへ遅れてきたユリアが現れる。
咄嗟に状況を判断し、ストラを広げて祈りの言葉を口にしようと開いた。
悪魔の意識がユリアに向いた。
「鬱陶しい~、祈り屋がぁ~!」
憎悪に満ちた目で女悪魔はユリアを見ると銃を向ける。今のユリアに避ける術はないだろう。
ルーヴィックは腰を落とし、女悪魔に照準を合わせる。そこをメーメンの鞭が振り下ろされていた。
彼は避けることを放棄し、引き金を絞った。放たれた弾丸は、女悪魔の銃が火を噴くより前に命中。ユリアの口から祈りが発せられた途端に、悪魔は床にひれ伏すように叩きつけられた。
しかし、メーメンの鞭はそのまま振り下ろされている。
ルーヴィックの体にぶつかる寸前、傘を剣のように持って割り込んだヘンリーがそれを防いだ。
「見ました? タイミングばっちりでしたね!」
「阿吽の呼吸って奴だ。頭、邪魔!」
前にいるヘンリーが頭を下げた所へ、ルーヴィックがメーメンに銃弾を撃ち込む。
女悪魔は何とか体を持ち上げようとした時、ユリアがそばに立っていることに気付いた。
「小娘がぁー!」
不快な声を上げるが、ユリアに怯えの色は見らえない。
必死で祈りを口にし、名を尋ねる。
「主の名の元に尋ねる。お前の名前は何だ?」
タールの涙を流して苦しみながらも抵抗するのを、ユリアは何度も名前を聞き続けた。
女悪魔の抵抗で、張りつめたような耳鳴りで音が聞きづらくなっており、気が付けば鼻から血がしたたり落ちていた。
「名を、名乗りなさい!」
渾身の言葉で、ついに女悪魔は絶叫とともに真名を吐き出す。
「父と子と聖霊の御名において、汝、いるべき所へ今すぐ去れ!」
女悪魔の絶叫に負けないほどの声を出し叫んだユリア。
悪魔は体を保てず崩れ落ち、消えた。
女悪魔の消滅と共にユリアの集中も切れる。
自由を取り戻したメーメンが、憤怒の炎を全身から噴き出して立ち上がった。
怒り狂った咆哮が、周囲を震わせ、灼熱の息とともに大量の炎のクモを吐き出した。
「エクソシストどもがぁ!」
暴れ狂うメーメンはまさに熱風の竜巻のようだ。巻き込まれれば命はない。ルーヴィックは弾丸を撃ち込むが、弱まる気配はない。攻撃を掻い潜ると銃をしまい、道具箱から銀の杭を取り出した。一気に距離を詰めてすれ違いざまに足に突き立てる。
白い煙とタールを撒き散らし、膝を付くメーメンだが、突き刺さった杭は数秒で溶け、傷は塞がっていく。が、完全に癒える前に、ヘンリーが背後から接近して背中を斬りつける。痛みに仰け反った所を、ルーヴィックが別の杭を突き立てる。
2人の連携が見事にメーメンを追い詰めた。
「こざかしいわ!」
殷々と響く絶叫と共に熱風が2人を吹き飛ばす。
そして距離を作ったメーメンは、真鍮で補強された小瓶を取り出し、蓋を開け放つ。耳の奥がキーンと痛みを感じる鋭い音が聞こえてくる。
天使の口笛
聞こえると同時に体に微かな振動を感じる。祝福も祈りも、通用しない攻撃だ。
ルーヴィックはバンシーの鳴き声の瓶を、ヘンリーは小さなハンドベルを取り出すと振って音を立てた。どちらの音も悪魔が嫌う音であり、『天使の口笛』の振動を紛らわせる。
狙い通り、照準が逸れたようで振動による炎が別の場所で上がった。
「目には目を、歯には歯を。火には、火をです」
ヘンリーは音で苦しむメーメンに、同じく『天使の口笛』の入った瓶を取り出すと蓋を開ける。音がメーメンに届き、体から聖なる炎が噴きあがり焼いた。
耳を塞ぎたくなる叫び声を上げながらのたうちまわり、何とか消し終えた頃には、ルーヴィックとヘンリーが銃を構えていた。
「カーター教授と同じ苦しみを味わいなさい」
ヘンリーが言うと、2人の銃が火を噴き、メーメンの頭を砕いた。灰と火の粉が舞い上がる。
「休んでる暇はねぇぞ」
乱れた息を整えるヘンリーに、ルーヴィックは沈痛剤をさらに注射しながら言う。
「気合い入れろ。こっからだぞ」
ヘンリーやユリアに言ったというよりは、自分自身に発破をかけた。
3人は回廊を降りる。地獄の門からの気配はさらに強さを増している。
時間はあまり残されていない。
一番下までたどり着くと、天使・ステファニーは地獄の門の淵に立っていた。
右手には燭台が、左手には指輪を嵌め、青く光を放つキューブが握られている。
他のことには一切興味がないかのように、大きく口を開く地獄の門を眺めている。
ルーヴィックとヘンリーは足音を立てずに、気配を消して忍び寄る。天使に銃は効果がない。接近して決着を付けなければ。正々堂々や卑怯などとは言っていられない。早くキューブと指輪を取り返す必要がある。
十分に間合いを詰めた所で、ルーヴィック腰に巻き付けていた鎖を手に巻き付けた。教会で悪魔が使用していた鎖だ。
2人は息を合わせて飛び掛かるが。寸での所でステファニーは身を翻して躱す。
だが2人も諦めない。
踵を返し、即座に向き直ると、再度攻撃に転じる。しかし、動きが読まれているかのように避けられ、いなされ、躱されていく。そして、逆に彼女の攻撃は、初めから決められたかのように2人に吸い込まれた。蹴りがヘンリーの胴を薙ぎ、燭台の底がルーヴィックの側頭部を痛打する。
攻め続ける中で、ようやくヘンリーの振り下ろした切っ先がステファニーの左手に届いた。指輪とキューブごと切り落とす気だ。が、その刀身は腕に触れた途端に止まる。まるで添えられただけのように、剣は柔らかな肌に跡を付けることもない。
「聖なる力が私に通じるはずもない」
燭台が輝き、ステファニーの足元からオレンジ色の炎が巻き起こると羽を広げて宙に浮かび上がった。炎によって、周囲にいたルーヴィックとヘンリーを吹き飛ばされ、身を守るコートが無残に焼け落ちる。
「ようこそ、今こそが世界の再生の瞬間です」
ステファニーは地べたを這う人間に、加虐的な視線を送りながら、嬉しそうに言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます