第29話:教会での死闘

「神父様!」


 その光景を目の当たりにしたユリアは悲鳴のような声を上げて駆けよろうとした。

「シスター、動くな!」

 ルーヴィックの鋭い指摘に思わず足を止めるユリアのすぐ背後には、新たな悪魔が迫っていた。ルーヴィックは銃口を向けて引き金を引くと、悪魔は弾丸を受けて後方へ弾き飛ぶ。しかし、直撃したわけではなく、悪魔の目前で弾は靄に阻まれていた。

 ユリアへ意識を向けたことで、他の悪魔への警戒が緩んでしまう。意識をメーメンら悪魔に向けようとした時、女悪魔の放った銃弾が命中した。コートの守護で、悪魔の攻撃がルーヴィックの体に届くことはない。ただ肩に走る鈍い痛みと吹き飛ばされるような衝撃が襲い、思わず顔を顰めてしまう。

 体勢を整えようとしたところで、メーメンの炎の鞭が目前まで来ていた。ルーヴィックは身を翻して、それを何とか避けることができたが、女悪魔とメーメンの連携で防戦一方だ。

「なんて固い守りなの~?」

 何度目かの銃撃を受けるルーヴィックを見ながら、女悪魔が笑いながら言った。決め手に欠けることは忌々しいが、人間を、特にエクソシストをなぶり、長く苦しんでいる姿を見るのは好きだ。


 悪魔の攻撃で体中に激痛が走っている。意識も何度も飛びかける。目もかすむし、手足に力も入らなくなってきた。が、まだ戦えるはずだ。


 考えろ、この状況を打破する手段を。目前の悪魔2体の攻撃の躱し方を。新たに現れた敵の倒し方を。アントニーはまだ生きているか? ユリアは助けられるか? この危機をどうすれば脱せる? 


 必死で考えて対策を取れ。脳みそに汗をかけ!

 死の谷を進み、活路を開け!


 ルーヴィックは道具箱から爆竹を取り出し火をつけると、放り投げた。

 激しい破裂音に一瞬、悪魔は身を固くする僅かなタイミングで、道具箱から出した煙幕を投げ捨てる。

 白く噴きあがる煙には、悪魔が嫌う成分が入っている。

 多勢を相手にする場合に、まとめて相手にするのは分が悪い。まずは分断して、個別で潰すしかない。

 煙幕によって教会の中は一気に真っ白になっていく。

 ルーヴィックは身を低くして一息入れながら、五感を研ぎ澄ます。忌々しげに呻く悪魔の声、足音、息遣いから、それぞれの位置を把握する。ユリアはおそらくアントニーの元にいる。悪霊の悪魔、女悪魔、メーメン……


 フードの女はどこだ?


 そう思い周囲を見渡す彼の頭上から声が聞こえた。

「噂に違わぬ、とんだうぬぼれ屋さんですね」

 同時に、彼を踏みつけるようにフードの女が落ちてくる。避けることもできず地面に叩きつけられる。

「しかし、その無様でも抗う姿、嫌いではないですよ?」

 嗜虐的な笑みを浮かべながらフードの女は、彼の背を踏みつけながら言った。

「お前……カーターの助手か?」

 雰囲気が違うため分かりにくいが間違いない。

「悪魔側に付くとはな」

「いえ、悪魔が私の側に付いただけです」

「どちらにしても、ふざけた選択だ!」

 ルーヴィックは握っていた小瓶を背後に投げ捨てると、空中に撒かれた中身の粉が空気と反応して発火。軽い爆発を起こす。

 ひるんだ隙に踏みつけている足から逃れ、振り向きざまにありったけの銃弾を叩き込んだ。

 全弾を受け、後ろによろけるフードの女・ステファニーが、燭台を掲げると鮮やかな炎が渦を巻き、ルーヴィックを吹き飛ばした。

 コートの中で身を丸くして防いだが、熱が彼に体を焼く。

 守護の効果が弱い。

 見れば、コートやジャケットに刻んだ聖句が真っ赤に熱を帯びて焼き切れていく。

「この炎は……」

 悪魔の炎ではない。

「天使か?」

 その言葉に答えるように、ステファニーは純白の翼を広がて飛び上がる。その姿は美しく、神々しく、絵画にそのまま飾れるほど。

 そしてこの鮮やかなオレンジの炎には見覚えがある。


「お前が、モルエルを殺したな!」


 アメリカでモルエルの小屋で戦った際に犯人が使った炎だ。

「あなたが指輪を持って行った時は焦りました」

「天使が裏切っているとはな」

「裏切ってなどいませんけど……どうされますか? 高名なルーヴィック……は?」

 意地悪そうに笑い浮かび上がるステファニーの顔が一瞬凍り付く。

 彼女の足に鎖が巻き付いたからだ。

 それはルーヴィックの体に巻き付いていた悪魔の鎖。それを彼が逆に利用して、彼女に巻き付けたのだ。

「天使が相手なら、悪魔の道具を使うまでだ」

 体重をかけて引っ張り、ステファニーを地面に引きずり落とす。先ほどまでの笑みは消え、屈辱に顔を歪めていた。


 敵が天使である可能性は、かなり低いが無いとは思っていなかった。モルエルが殺された時も、カーター教授の死体からも悪魔特有の硫黄の臭いがしなかった。つまり、敵は何らかの方法で悪魔の気配を消す存在か……もしくは悪魔ではないかだ。


 鎖を巻き付けた拳を振り上げたルーヴィックの背中を激痛が舐めていく。灼熱の鞭が彼の背中を打ち付けたのだ。天使の炎で守護を失った彼の背中をメーメンの鞭が焼いていた。服は無残に弾け、背中の肉を削り取り、焼き爛れる。

 悪魔を分断していた煙幕は炎によって巻き上がり、すでに効果を失っていた。

 痛みに意識が飛んで片膝を付くも、すぐに覚醒し振り返って銃を向ける。が、それよりも早く女悪魔の銃弾が彼の銃を貫き、砕く。


 次の攻撃は避けられない。

 

 銃の部品が弾け飛ぶのを見ながらそう悟った時、2体の悪魔が同時に上から圧し付けられたように、膝を付く。これは聖なる力によるものだ。見るとユリアがアントニーのストラを首からかけて祈っている。

「天におられる私たちの父よ。御名が聖とされますように、御国が来ますように……」

 ストラ(レリック)によって強化されたユリアの祈りは悪魔2体を押さえ付ける。

 しかし、ユリアにも余裕などない。祈りに集中しているため、背後からくる影に気付けない。

 悪霊の悪魔が影のように忍び寄り飛び掛かる。無数の悪霊がユリアを取り囲もうとした時、傍らで倒れていたアントニーが突然起き上がり、悪霊を蹴散らしながら悪魔の首を押さえ付けた。

「いつくしみ……深い神よ。私たちのなかから……あなたの、民の、一致のために……生涯をささげる司祭を……選び、導いてください!」

 途切れ途切れ、口から大量の血を吐き出しながら、アントニーは最期の力を振り絞る。悪魔の爪が彼の背中を何度も引き裂く。ルーヴィックは腰のリボルバーを引き抜くと、震える手で照準を合わせた。

「アーメン」

 放たれた弾丸は、真っすぐ悪霊の悪魔の眉間に穴を開ける。その途端、ガラスを引っ掻いたような悲鳴を上げて、悪魔は崩れさる。

「この、負け犬どもが!」

 憎悪に満ちた怒号を響かせ、メーメンは無理矢理立ち上がると、床に踏みつける。轟音と共に亀裂が走り、炎が噴きあがる。

「ブルーさん……こっちへ!」

 朦朧とする意識の中で、げっそりしたユリアが叫んでいるのが分かった。自分の呼吸の音がやけに大きく聞こえる。足が鉛のように重たい。

 足を引きずるようにして、ルーヴィックはユリアの元へと走る。しっかり握ったリボルバーは、いつの間にか全弾撃ちつくしている。

 

 口笛のような音が聞こえてくる。


 何の音なのか。考えるよりも先にルーヴィックは、なぜか道具箱から『バンシーの鳴き声』を封じた瓶を取り出して振っていた。

 耳を覆いたくなるほどの絶叫が鳴り響く中で、ルーヴィックのすぐ隣の椅子がいきなり燃え上がり、破裂。その巻き添えを食らって、彼も地面に叩きつけられる。だが、直感で分かった。本来であれば、自分があの椅子のようになっていた、と。

「ブルーさん!」

 駆け付けてくるユリアが懸命に、彼の体を引き摺り起こす。教会の奥へと逃げ込もうとしている様だった。メーメンの起こした亀裂は、今や壁や天井にまで達し、音を立てて崩れ始めている。

 視界の端に女悪魔が銃を構えるのが見える。

 咄嗟にユリアの手を押しのけて前に出る。


 自分の左胸に鋭い衝撃が突き刺さってくるのを感じ、ルーヴィックは後ろに吹き飛びながら視界が暗転する。

 崩壊する教会の音、ルーヴィックの名を呼ぶユリアの叫び声、愉快に笑うステファニー、勝ち誇った悪魔たち。いろんな音の中で、ルーヴィックの意識は遠のいていった……

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