迷いの森のヘクセン・リッター~不老の魔女に拾われ弟子になった少年は、師匠の騎士兼彼氏になりたい~
北乃ゆうひ
迷いの森のヘクセン・リッター
「おや、珍しい。
こんな
かつて賑やかだった都市の跡地。
今は、迷いの森とも言われる深い森に沈んだいわゆる遺跡に、場違いな愛らしい声が響く。
その声の主は見た目だけなら十六、七の少女に見える。
だが、風格や立ち振る舞いが年齢から逸脱していた。
「何者だッ、お前はッ!」
少女に対し、剣を抜いて威嚇するのは、どこぞの国の騎士なのだろう。
彼の足下には、金の髪の幼い男児が倒れている。
「こんな綺麗な森に、不法投棄は良くないね。それとも、それは私への貢ぎ物かな?」
男児を指さし、魔女は嘲う。
「だとしたら勘違いも甚だしい。
確かに私は魔女と呼ばれてはいるが、生け贄を要求したコトなんて一度もないよ。
ただこの森で暮らしているだけのおかしな女さ。こちらへ手を出してこなければ、こちらから何かする気なんてありはしない。いわゆる無害な弱者ってやつだね」
分かったらとっとと、それを持って帰れ――そう告げる魔女だったが、騎士は剣を納めるどころか、そこにチカラを纏わせた。
「なんのつもりだい?」
「お前が無害な弱者であるなら尚更だ。悪意ある強者であるなら取引をしたのだがな」
「やれやれ、目撃者は消すってかい?
難儀な場面に出くわしちまったね。この森は基本的に平和だったはずなんだけど……森の外は随分と物騒になっちまったみたいだね」
「森の外も平和さ。この子供はその平和の礎の犠牲というだだ」
「はッ! 笑わせるんじゃないよ。何が平和だいッ!」
ちらりと男児を一瞥してから、魔女はうなるように声を出す。
「大方、お家騒動の継承権とかの問題なんだろう?
この小僧が生きていると不都合な奴が多いんだろうさ」
「その通りだ。この小僧には、我が国に居場所なんてないんだよッ!」
「そうかい」
剣を構える騎士に、魔女は投げやりな言葉を投げながら、ナイフを取り出す。
「その程度のナイフで、我が剣は――」
「私は魔女だよ? 相対するなら常識に捕らわれてはいけないな」
そして、無造作にナイフを放りながら告げる。
「重ねず一つ。其は愛しき見えざる
瞬間――ナイフが騎士の方へと勝手に向き直り、勢いよく飛びかかっていく。
「――ッ!」
咄嗟に騎士はそれを躱すと、ニヤリと笑う。
「なかなか面白い技だが、それだけだな」
「おいおい。今ので終わりだと思ったのかい?」
「何を……が……ぁ……」
勝ち誇ろうとしていた騎士の首に、後ろからナイフが突き刺さった。
「だから言っただろう。魔女相手に常識は通用しないとね」
魔女が打ち出したナイフは避けられたあと、ぐるりと旋回して戻ってきたのだ。
「放って置いても、誰かが食うから、このままでいいか」
さて――と、魔女は倒れている男児に視線を向ける。
「本当は気絶なんてしてないんだろう。起きないなら、このまま魔獣の餌になっちまうよ」
「…………」
ゆっくりと身体を起こして、男児が魔女を見上げる。
彼の、さらりと揺れる金の髪の奥にある、赤い瞳が潤んで揺れる。
「森の外までは案内してやる。とっとと立ちな」
やや乱暴に魔女が告げるが、男児は首を横に振る。
「……何が言いたい?」
「かえっても、だれも、ぼくをいらないって……いばしょはないって……」
「それで?」
「……かえりたく、ない……。かえっても、また、こういうことされるだろうし……」
「言いたいコトがあるならハッキリいいな。
含みを持たせた言葉なんて聞かないよ。ハッキリ言ってくれるなら、考えてやるさ」
「ぼくを、かくまって、ください」
「いやだね」
にべもなく魔女が返すと、男児の瞳からは堪えていた涙があふれ出す。
「ただメシ食らいを養う余裕なんてないんだよ。
だから、お前は私の弟子になれ。もう二度と森から出られなくなるかもしれないし、夢も憧れも諦めないといけないよ? それでも良いって言うなら、面倒を見てやるよ」
「……いいです……それでもいいですッ! だから、でしに、してくださいッ!」
ボロボロと涙を流し、顔をぐしゃぐしゃにしながら、男児が叫ぶ。
それに、魔女は小さくうなずいた。
「いいだろう。ならとっとと立ちな。お前が使えないすっとろいグズならすぐに破門するからねッ!
……でもね、その前に……」
「……?」
「ほれ、こいつでその涙でぐしゃぐしゃの顔を拭くんだね」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹の優しい顔で、魔女はハンカチを取り出した。
☆
とある大陸の中心――1500年以上前の時代では栄華を極めていた都市の跡地は、巨大な森に飲み込まれていた。
多数の魔獣と独自の生態系がおりなすこの森は、熟練の騎士たちですら手をやく危険なところ。
迷いの森という別名を持つこの土地――『遺都の迷森』の中心には、何年立っても年を取らない、魔女が住んでいると言われていた。
しかし、近場に住んでいる者たちは、魔女が実在することを知っている。
時折、魔女の目撃情報もあったし、何より森から一番近い村には時折買い出しにやってくる姿もあるという。
その魔女は基本的に一人だ。
何十年も前から、少女の姿のまま森からやってくる。
そんな魔女なのだが、ここ数年――見目麗しい金髪赤眼の青年と共に村へ来ることが増えてきた。
あれは誰なのだろうかと、村で話題になっていた頃、雑貨屋の女店主がその青年に訊ねたことがあったらしい。
「お兄さんは、魔女さんの旦那さんか何かかい?」
「いえ。オレは弟子ですよ。彼女からすれば息子かもしれませんし、もしかしたら孫みたいな扱いなのかもしれません。
でも……オレ自身で自分を指し示すのであれば――彼女を守る、騎士です」
「守らなくても魔女さんは強いだろう?」
「そうなんですけどね……ほら、あの人――口も態度もあんまよろしくないし、常に素っ気ない空気出してますけど、根っこはお人好しですから。
口では愚痴愚痴言いながらも、ちょくちょくやっかいごとに首を突っ込むんですよ」
「ああ、なるほどね」
「元々――オレは騎士になりたいという夢を持ってましたから。なら、オレはあの人を守る騎士を名乗ろうかな、と」
例え旦那として横に立てなくても、騎士として護衛として、並んで立ちたい。
それだけ、彼にとって魔女は大切な存在であるのだろう。
何より、実は騎士になりたかったという話をしてから、魔術だけでなく剣の稽古も付けてくれるようになったのだという。
「あの人は、オレの大恩人ですから」
そう言って店の外にいる魔女へと視線を投げる彼の姿は、まるで恋人を見守っているようだった――と、女店主は井戸端で語る。
当然そういう噂が、村に広がるのも時間の問題だった。
「ねぇ、弟子」
「はい」
「なんで、あの村では――私と貴方が恋仲というコトになってるの?」
「それをオレに聞かれても困りますけど」
「それもそうか」
魔女が嘆息すると、弟子は頭を抱えている師の手を取った。
その彼女の手を自信の両手で包みながら彼は告げる。
「オレはそれでも構いませんよ?」
「バカ言ってないで、もっとマシな女を探してくるんだね」
「わりと本気なんですけど」
「本気だろうが勢いだろうが、私がアンタに靡くコトはないよ。諦めるんだね。
――というか、どこでこういうキザな言動と行動を覚えてくるんだい?」
「それはもう、森の外へと出掛けた時に」
「一人で森の外に出る自由時間なんてくれてやるんじゃなかったかもしれないね」
「オレとしては大変勉強になってますので、感謝してますよ?」
「はいはい」
「大丈夫です。師匠以外にはやってませんから」
「あ、そ」
そっけなく返答し、自分の手を包んでいる彼の手を払うと、颯爽と自室へと戻っていく。
その――自分を拾ってくれてからまったく変わっていない――後ろ姿を見送りながら、彼は今回もダメだった……と、悪びれもなく舌を出すのだった。
……
……………
………………………
「ああ――もうッ、あの弟子ッ!
キラキラしたものをバックに背負って思わせぶりなコトを言ってッ!
魔女になって不老を得てからこっち、男となんてロクにつきあってないから、耐性がないのにッ!」
ちなみに、魔女が男と縁がないのは、不老になる前からである。
「恥ずかしすぎて平静装うのすらいっぱいいっぱいだってのにもうッ!」
ポスポスと枕に拳を落としながら、ひたすら叫ぶ。
もちろん、防音の魔法は掛けてあるので、音漏れするような抜かりはない。
しばらくジタバタしていた魔女だったが、ややして落ち着いてくると、枕を抱き抱えて動きを止める。
「…………」
散々暴れてはみたものの、あのキザな台詞が意外とまんざらでもなかった自分に気づいて、ものすごい勢いで葛藤を始める魔女なのであった。
……噂が、本当になるのも、時間の問題かも知れない。
なお、防音の結界は――盗聴の魔術までは防げない。
「ナイスリアクションです師匠♪ 今夜も堪能させて貰いました。
でも、いつかはちゃんと目の前でこういうリアクションをしてもらいたい所です」
はてさて、弟子のいたずら好きな騎士が、その教えを師匠限定で悪用していることに魔女が気づくのは、果たしていつになるのやら。
【A mischievous knight is witch's pupil. - closde.】
迷いの森のヘクセン・リッター~不老の魔女に拾われ弟子になった少年は、師匠の騎士兼彼氏になりたい~ 北乃ゆうひ @YU_Hi_Kitano
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます