第17話 忘れない
結婚式が終わり、二次会の幹事で最終打ち合わせをしていたとき、
「向峯先輩!」
新人研修医の常盤 崇(ときわ たか)が、さくらに話しかけてきた。ずっと前、湊と澪の傷の処置をしてたとき、介助についていたのは彼だった。彼も外科希望だったので、一日の中でさくらと一緒にいる時間は、湊と澪よりも長いかもしれなかった。
「どうしたの?」
「あ、あの、、、っ!」
常盤は、思い切ったように言った。
「今度あのっ、、えっと、美味しいイタリアンの店、見つけて、、それでっ、一緒に、ご飯でもっ、、、」
「行かない」
「!!!」
さくらに瞬殺され、常盤は絶句した。ぷっ、とさくらは吹き出し、
「冗談で言ってる?私、イタリアンより焼き肉が好きなのよね。」
「そうなんですか!?じゃぁ、焼き肉にっ、、」
「本気で、言ってる?」
「えっ、、、」
さくらの表情が、真面目になった。
「本気なら、なおさらお断りよ。」
「・・俺じゃ、、、だめですか?」
常盤は、がっくりと肩を落とし、苦笑いをして言った。さくらは小さなため息をつき、
「私ね、ずっと愛してた人を、亡くしたばかりなの。」
「・・・それは、血液内科に入院していた、彼ですね?」
さくらは少し驚いた顔で、知ってたの?と常盤に聞いた。
「知ってます。先輩のこと、ずっと見てましたから。」
さっきとはうって変わって、しっかりとした口調で言った。さくらはそんな真剣な常盤の表情に、少しドキリとして、
「なら、、、」
「それが断る理由なら、諦めません。」
今度は常盤が、きっぱりと否定した。
「待ちます。一緒に焼き肉に行ってもらえるまで。」
「・・・そんな日、来ないかもよ?」
何を言っているんだ、という表情でさくらは言った。智也を忘れる事なんて、出来そうになかったからだ。
「諦める方が、辛いから。それに、先輩といる時間はたくさんあるから、俺、一生懸命口説きます!」
「なっ、、、!」
いつもは自分の後ろをついて回るような、まだ頼りない常盤の男らしい言葉に、さくらは少しだけ、動揺した。
「仕事と、プライベートは分けなさい!私、そういうの嫌いよ。」
じゃぁ、と常盤は言い、
「さくらさんの、プライベートの連絡先、教えてください!!」
思わず名前で呼んでしまい、常盤は赤くなった。常盤も、いっぱいいっぱいだったのだ。それでも、どう答えようか迷っているさくらに、
「愛してる人を亡くすのは、俺じゃ想像できないくらい・・・辛いと思います。無理に忘れなくても、いいんじゃないでしょうか?忘れる事なんて、出来ないと思うんです。」
常盤はさくらの目をしっかり見て言った。
「でも、その中で、、また、新しく始めようと思えた時、俺がいることを忘れないで欲しいんです。」
「・・・」
さくらはうつむいて、答える事ができなかった。忘れなくてもいいーーーその言葉が、胸に響いていたからだ。常盤はメモ用紙に何か書くと、それをさくらの手に握らせ、
「さっきは、連絡先教えてくれなんて言って、すみません!これ、俺の連絡先です。先輩が、いいかなって思えたときでいいので、連絡ください!」
常盤ーー!向こうから、彼を呼ぶ他の幹事の声がする。今いく!と常盤は返事をすると、ちょっと行ってきます、と微笑んでその場を離れた。
さくらはメモ用紙をそっと開いた。そこには、常盤の連絡先と、『ずっと、好きでした』と一言が添えてあった。
「ではー!新婦友人代表、むさくるしい外科病棟の一輪の華、向峯さくら先生ーーっ!!」
わー、と歓声が上がった。外科病棟からは、むさくるしくて悪かったな!と声がする。さくらは、少し恥ずかしそうに、どうも、というと壇上に上がった。目の前に澪と湊がいる。
「えっと、、決まり文句になりますが、澪、湊、ご結婚、本当におめでとう!湊のなんと8年!!越しの片思いがようやく実って、幼なじみとしては安堵しているところです。」
さくらがわざとらしく、ホッとした表情を浮かべた。どっ、と笑いが起こった。微笑む澪の横で、湊は笑顔を張り付けていたが、余計なこと言うな!と心の声が今にも聞こえてきそうだった。
「本当に、、幼なじみは筋肉バカですが、澪の事に関しては、踏切事故始め、命がけで守り抜いたこと、、尊敬しています。」
周りが、静かになった。あのニュースになった踏切事故を思い出しているようだった。さくらが続ける。
「大学に入学してから、本当にいろんな事がありました。大変なことも、辛いことも、もちろん、楽しいことも。一人では、乗り越えられなかったかもしれません。2人とも、私の大切な仲間です。」
さくらのその頬を、涙が一筋、伝った。気づくと皆、息をのんでさくらの言葉を聞いている。
「最近、私は、ずっと大切に思い続けていた人を、白血病で亡くしました。救うために医者を目指したのに、私は彼を救うことが出来なかった。その時も、2人は私を支えてくれた。彼の最期の願いのため、湊は、外科病棟の先輩に文句を言われながらも、時間を作ってくれたね。この場をかりて、智也の分も、お礼を言わせてください。2人とも、大切な時に、側にいてくれて、、ありがとう。」
すすり泣く声が聞こえる。常盤は、さくらから目を離さず、その一言一言を、しっかりと耳に焼き付けていた。
「澪。湊を信頼して、安心してずっとずっと、彼を愛してね。こんなに、分かりやすい奴いない。私が、湊の品質は、保障します。」
澪は、笑っていた。澪の頬もまた、涙で濡れていた。
「湊。そのままの湊で、澪をどんな時も包んでね。それと、部屋の片付けはきちんとするように。澪に愛想尽かされても、知らないわよ!」
湊が新郎席で、おまえはいつも、一言多い!と口を動かすのが見えた。そして、ありがとう、と。
「皆さん。人は、一人で生きているのでは、ないんですね。私は、いろんな事を気づくのが遅くて、、最近、やっと気づくことが出来ました。そこで、澪を支えてくれた恩師にも、ぜひ!お話を伺いたいと思います!麻績先生ーっ!!」
さくらが笑顔で麻績先生にその奇麗な手を振る。二次会幹事が、どよめいた。予定にあったか?と。
麻績先生はいきなり指名され、飲もうとしていたそのワインを持ったまま、驚いて固まっていた。篠川看護師が、先生、出番ですよ!とこずいている。
さくらはマイクを持ち、麻績先生に近づきながら、
「麻績先生は、澪の指導医であり、第二の父親です。皆さん、小児病棟ナースステーションでのあの出来事は、ご存知でしょうか?」
その言葉に、篠川看護師がうっとりと、あの時のことを思い出している。小児病棟スタッフに、周りが何?何があったの?と聞いているのが見えた。
さすがに湊が、おい!!と新郎席から身を乗り出して叫んだが、ざわざわとした話し声に、虚しくもかき消された。
「麻績先生は、湊に、澪の事をどう思っているか、将来を考えているのか、聞いてくださいましたね。澪は、、とても嬉しかったそうです。」
さくらが、麻績先生のところまで来た。マイクを手渡す。そっと、囁くように先生に言った。言わないと、伝わらないことも、ありますよと。
麻績先生は、ためらっていたが、ゆっくりと立ち上がりマイクを握った。周りは、小児病棟の堅物が、何を話すかと見守っている。
「城間、、古賀君。ご結婚、おめでとう。研修医として、小児病棟へ城間が来たことが、昨日の事のように思う。本当に、一生懸命だが、空回りばかりして、最初は見ていられなかったが・・・」
澪が、すみません、と泣きそうな顔をしている。
「こんな私にも、素直についてきてくれて、本当に立派な小児科医になった。まぁ、まだまだ勉強は必要だが。」
湊が、笑っている。誉められいるのか、よく分からないコメントに、澪はどう反応していいか分からないようだった。
「ずっと、大変な人生を送ってきただろうに、いつも笑顔で、そんな城間に励まされてきたのは、患者だけではない。私も、その一人だ。」
麻績先生は微笑み、
「幸せに、なりなさい。彼のことも、精一杯幸せにしなさい。本当に、娘を嫁にやるのはこういう気持ちかと、今更ながらに思うよ。湊君。」
呼ばれて、はい!と湊は背筋を伸ばした。澪は、隣でぽろぽろと涙を流している。
「城間を泣かせるような事があったら、、、分かっているな?」
いつものあの瞳で睨むように見つめる麻績先生に、大丈夫です!絶対にありません!と、大真面目に湊が言った。
「それなら、安心だ。本当に、おめでとう。2人の子供が風邪をひいたときは、私があっという間に治してやるから、頼ってくれ。私からは、以上だ。」
周りから、大きな拍手が起こった。篠川看護師が、一番大きな拍手を送っている。澪は、胸がいっぱいだった。智也の言ったとおり、自分は一人ではなかったのだ。
そして、1年後ーーー
「城間!気をつけなさい!」
「えっ!?」
「そこに置きなさい!私が運ぶから」
カンファレンス用のプリントを大量に持った澪が、麻績先生に怒られていた。澪のお腹は大きく膨らんでいる。来月から、産休に入る予定だ。
「これくらい、大丈夫です。少しは、運動しないと、、もうそろそろ生まれてもいい時期ですし。」
「何言ってる?臨月はまだ、来月だろう。」
麻績先生は澪から奪うようにプリントを受け取ると、転ぶと危ないから、ゆっくり来なさい!と言い、自分は足早に会議室へと向かっていった。
「うわぁ、過保護ですねー。」
篠川看護師が笑いながら、呆れた顔で言った。
「本当に、まるで自分の孫が生まれるみたい。」
篠川看護師と顔を合わせて笑った。
その日、自宅で小さなホームパーティーを開いた。さくらが異動になったのである。来月から救急へ行くことが決まっていた。このため、外科スタッフを数名集め、料理を持ち寄って夕食をということになったのだ。
「先輩、寂しいですー。」
「何言ってんの!次々と急患送り込むからね!心して待ってなさいよ!」
寂しがる後輩たちに囲まれて、さくらは笑顔で言った。さくらは主役だったが、おなかの大きな澪を気遣い、お皿やグラスを自ら率先して並べた。ごめんね、という澪に、いいから旦那の横に座ってなさいと言い、シンクの前に立った。
「俺が洗います。先輩、主役でしょう。」
いつの間にか横に、常盤が立っていた。さくらはまだ、常盤が1年前に手渡した連絡先へは、一度も連絡を入れないままだった。
仕事中、2人はいつも通りだった。一生懸命口説くと言った常盤だったが、仕事中に口説く時間は、実際のところなかったのだ。
「じゃあ、拭いてもらおうかな。その方が早く終わるし。」
「了解です。」
てきぱきと食器を洗うさくらの横で、最後の1枚になった時、常盤が口を開いた。
「焼き肉・・・行きませんか?」
「今日はもう、おなかいっぱいよ。」
間髪入れずに断るさくらに、常盤は最後の食器ではなく、さくらの腕を掴んだ。
「ちょっ・・」
「今日じゃ、ないです。予定合わせて行きたいんです。お願いします。いいって言うまで、離しません。」
さくらは、後ろを振り返った。皆、澪の赤ちゃんのエコー写真を見て、盛り上がっていてこちらには気づいていない。ほっとして常盤に向き直ると、
「離して。食器割れちゃうでしょう。」
仕方なく、常盤はその腕を離すと、最後の食器を受け取り拭きあげた。
「嫌ですよ。このまま、先輩と離れ離れは。」
「私・・・、どうしたらいいか分からないの。」
「え・・?」
聞き返した常盤に、さくらはきっぱり言った。
「私、怖いの。智也の事を思い出にしてしまうことが。
今でも、毎日毎日、彼のことを考えてる。
・・・彼を思って、涙が出る。だから、私は誰とも付き合う気はない。」
常盤は何も言えなかった。先にさくらがその場を離れ、妊婦さんに悪いから、そろそろお開きにしましょう、と言った。
湊は、アルコールの入ったメンバーを送ってくるからと言い、ちょっと行ってくると澪に言い、さくら以外の者を連れて玄関を出た。ごちそうさまでしたーと言う中に、俯いた常盤の姿があった。
「さくら?」
澪が、さくらの顔を覗き込んだ。
「あっ、、ごめん。ぼーっとしてた。」
可愛い舌を少し出して、さくらは言った。
「何考えてたの?」
「うん、、」
さくらは答えなかった。そんなさくらに、澪は言った。
「私ね・・・純のことは、きっと忘れない。」
「え?」
「ひどいことされたけど・・・。でも、優しく寄り添ってくれた純も本当で、その思い出は大切にしたいと思うの。そう思えるまで、時間かかったけどね。」
澪はふふっと笑い、湊には内緒ね、と言った。
「思い出は、消えないよ。ずっと、自分を温かく照らしてくれるものだと思う。だから、変わることを恐れないでね。さくらは、繊細だから、なお一層そういうことに心を痛めるかなって・・・心配で。」
「澪・・・」
「さくら、私の結婚式でブーケ受け取ってくれたでしょう。あれを無駄にしたら、きっと、智也君、悲しむと思うの。智也君は、全力でさくらを愛した。そして、そんなさくらに幸せになってほしいと誰より願ってる。智也君は消えない。ずっと、さくらの胸の中にいるから。
・・・無理に、前に進めなんて言わない。だけど、さくらが自分の気持ちや変化に、後ろめたさなんて、そんなこと、感じなくていいんだよ。それは、私が保証する!」
さくらは顔を覆って泣いていた。まるで、智也に言われたような気がした。澪が優しく、さくらを抱きしめた。
「たった、2年だろ?」
湊が常盤に言った。他のメンバーを降ろし、常盤が一人車内に残ったのだ。
「そりゃ、湊先輩の片思い8年には負けますけどね・・・」
「うるさい!ここで降ろすぞ。」
湊に言われ、やめてください、としょんぼりとしたまま常盤は言った。
「それで?諦めるのか?」
「諦める、っていうか・・・」
そうじゃないんです、と彼は言った。
「向峯先輩の、苦しみを、どうしたら軽くできるだろうって。俺、結局、何もできなくて・・・。自分と付き合って欲しいとか、そういうんじゃないんです。いや、付き合っては欲しいですけど・・・。」
「俺も、最初は澪に婚約者がいたよ。」
「えっ!!奪ったんですか!?意外だ・・・」
「こらこら、人聞きの悪いことを言うな。本当に降ろすぞ。」
バックミラー越しに、湊が睨んでいった。そのミラーから隠れるように、すみません、とまた小さく常盤が言った。
「諦めようと思ったよ。気持ちを伝えることすら、しなかった。ただ、彼女の傍にいて、頑張る彼女を支えたかった。彼女の笑う顔が近くで見たかったんだ。それで・・・いいと思ってた。そうしたら、あっという間に8年経ってたんだ。」
常盤は、じっと話を聞いている。
「おまえは、さくらが乗り越えられるように、さくらの支えになりたいんだろう?だったら、どんな時も逃げないで傍にいてやってくれ。あいつは言葉はきついが、誰よりも心は壊れやすいんだ。自分を守るために、虚勢を張ってるんだよ。」
下を向いている常盤は、その両手のこぶしを強く握りしめた。
「おまえ・・・飲んでないよな?」
「えっ!!あっ、はい。すみません、一緒に送ってもらって。」
「俺はもう疲れた。さくらを送るのは無理だ。可愛い妻と子どもが待ってるしな。車とって、もう一度俺んち来い。さくらをちゃんと送れよ?」
「あっ・・! はいっ!!」
常盤は車から降りるとすぐ、家へは入らずに自分の駐車場へ車を取りに行ったようだった。湊はUターンし、さくらは常盤が送る、と澪にメールすると今来た道をまた車で戻っていった。
「いいよ。電車で帰るから。ていうか、なんで私置いてかれたのかしら?」
さくらが不満そうに玄関で言った。
「ちょ・・ちょっと待っててっ!!」
澪がさくらの腕をつかみ慌てて言うと、さくらがにやっと笑って、
「いいって!もうすぐ子ども生まれるんだから、旦那さんとの時間、大切にしなさいよー?」
じゃあねーと言ってドアを開けると、ゴン!と何かにぶつかった。
「・・・いっってぇーー!」
「えっ!あれっ、常盤!?何してんのっ?」
赤いものが地面に落ちた。ドアで鼻を強打し、常盤は鼻血を流していた。慌てて澪がティッシュを箱ごと差し出した。ちょっと見せなさい!とさくらがティッシュで鼻を抑えながら傷を見ている。顔が近いので常盤は頬を染めた。
「ああ、さくらは本当に、口より手が先にでるなぁ。」
湊が今着いたらしく、常盤の背後に立っていた。
「わざとじゃないわよ!ていうか、なんで常盤は戻ってきてるのよ?」
「常盤、帰りはさくら乗せるんだから、あんまスピード出すなよな。じゃあ、2人とも明日な。」
笑って言うと、バタン!と湊はドアを閉めた。
呆気にとられたさくらと、鼻血を流しながら頬を染める常盤が、そこに残された。
「わざわざ、車を取りに帰ったわけ?」
「そうです!だから送ります!嫌とは言わせません!」
これ、と常盤は鼻を指さして言った。
「だから、ごめんって・・・大した傷じゃないでしょ。」
「さぁ、乗ってください!住所、教えてください!」
常盤は生き生きとしていた。さくらは笑って、小さなため息をつき、カーナビに住所を入力した。
「ここが・・・ご自宅ですか。」
感動して言う常盤に、
「いや、最寄りのコンビニ。やたらと住所教える訳ないでしょ。」
「・・・そうですか。」
がっかりして言った。ははっと笑うさくらを見て、嬉しそうに常盤は言った。
「いつか、住所を教えてもらえるように、がんばります!」
「あはは、そういえばあんた、くれたメモに住所も書いてたでしょう。」
「え・・・」
「あんまり個人情報、漏らさないほうがいいわよ。貰った方は、手に余ってしょうがないから。」
赤信号だった。常盤は、助手席のさくらを見ていった。
「まだ・・・あれ、持っていてくれたんですか?」
さくらは、はっとした顔をして、個人情報だから、捨てられないでしょうと窓の外を見ていった。
「俺の気持ちは変わってませんから。」
さくらはこちらを見ない。
「好きです。さくらさんが、好きで、俺、諦められそうにありません。」
パッパーーー!!
後ろからクラクションを鳴らされた。慌てて常盤は前に向き直り、ハンドルを握った。
「焼き肉。」
ポツリと、さくらが言った。
「焼き肉以外、行かないからね。」
「・・・はい!探しておきます。」
頬を染め、嬉しそうに常盤が言った。ゆっくりと、コンビニの前に車がついた。
「ありがとう。おやすみなさい。」
「はい!あの・・連絡、待ってます!」
それには答えずに、にっこりと微笑んでさくらは自宅へ帰っていった。常盤はしばらくコンビニの駐車場で動かず、幸せを噛みしめていた。
と、着信があった。知らない番号からの、ショートメールだった。
開くと、そこには。
さくらの番号と、LINEのIDがあり、個人情報だからね!とコメントが入っていた。
「やったぁーーーーー!!!」
常盤の叫び声に、近くにいたコンビニ客は驚いて遠巻きに見ている。
空は明日も良く晴れそうな、満天の星空だった。
「澪、身体冷えない?」
「・・大丈夫。こうしとく。」
2人はベランダで、肩を並べて星空を見ていた。澪は、湊にぴったりと身体をくっつけた。湊は微笑んで、澪をその腕で包み込み、そっとその大きなお腹に触れた。その時、お腹が動いた。
2人は顔を見合わせて微笑み、
「もうすぐ、3人で見られるね。」
「ああ。楽しみだな。」
湊は、澪とそのお腹の小さな命を愛おしそうに抱きしめた。
「智也、、、」
さくらは一人、窓越しの椅子に腰掛け、夜空を見ながら呟いた。
「忘れないよ。私は、あなたを忘れられない。それなのに、私・・・、良かったのかな?」
頬には涙が流れている。さくらは目を閉じた。その手には、常盤の連絡先のメモがある。
『大丈夫だよ。さくら。』
はっと、さくらは周りを見回した。智也の声が聞こえた気がしたが、何もなかった。その時、携帯の着信が鳴った。常盤からのLINEだった。
"登録しました。・・・さくらさん、あなたの側に、居させてください。気を遣って、無理に笑わなくて、大丈夫です。僕がそれはもう、腹が痛くなるほど笑わせてみせます!!"
「何言ってるんだか。」
さくらは、笑った。
"それと・・・候補が見つかりました!決めておいてくださいね!1カ月・・いや、2週間以内に、絶対一緒に行ってくださいね!約束ですよ。鼻も痛いし、ちゃんと診てくださいね!"
すると、いくつもいくつも、お店のアドレスやら写真やらが送られてきた。
「ばかね。こんなにあったら、決められないじゃない。絞りなさいよ。」
さくらは笑いながら、ひとつひとつ、店をチェックしていった。
満点の星空が、そんなさくらを優しく見守っていた。
それぞれの想いをのせて、星たちがゆっくりとその位置をかえていく。
明日も変わらない、朝日がのぼる。
青い海原の波も変わらず、砂浜へ近づいては引き、永遠のその時を繰り返していく。
今日も、あの南の海は変わらずに。そこにずっとある
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