第6話 大学時代(後編)

純、元気ですか?


純も、私も、春から4年生ですね。うちの学校は、実習が始まります。


琉球の大学で、純も実習が始まる頃かな?


この間、東京の南の八丈島で、久しぶりに海に潜ったよ。奄美とは違った美しさと、奄美と同じ懐かしさがあった。


私、海に好かれてるって言われたの。


奄美にはまだ当分帰れそうにないけど、また、手紙を書きます。




「あー、いよいよ実習かぁ、あー、楽しみだわ!!」


全然、楽しみではなさそうに、さくらが言った。


「いよいよか。わくわくするな。だけど、、2人とはしばらく会えなくなるかもな。」


こちらは本当にわくわくした顔で、でも寂しそうに湊が言った。


実習のグループは、私とさくらが一緒で、湊は別のグループだった。


「湊が寂しいのは、み・・」


「あーーー!!今日、焼肉でも食べに行くか!」


「?」


さくらが何か言いたそうだったが、湊の焼肉の提案に、後半はかき消された。


「誘った人のおごりね!湊!」


「えっ!!」


「わぁー、ごちそうさまー!」


結局、割り勘だったが、湊が少し多めに払ってくれた。


店長のお勧めハラミを焼いていたとき、私はさくらに、ずっと聞きたかった事を聞いた。


「さくらは、彼氏、いるんでしょう?あんまり話聞いたことないなって思って。」


さくらは、どうしようかな、という顔をして、


「あんまり、、いい恋してこなかったんだ。」


ハイボールを一気に飲み干すと、


「私の話なんて聞いても、酒のつまみにならないよ!澪の婚約者の話でも聞かせてよ!結局、こんなに遠距離で、どうなの?」


「えっ!」


そう言うと、店員さんにお代わりをオーダーした。それ以上、さくらには彼の話を聞いてはいけない気がして、私は聞くのをやめた。


湊が、テーブルの向かいでビールのグラスを空けるのが見えた。いつもよりお酒を飲むピッチが早い気がした。




それから、私達は怒涛の大学生活後半に突入した。落ち込むことも、悩むこともあったけれど、お互いに励まし合い、支え合ってなんとか3人とも国試まで合格に漕ぎ着けたのである。




就職前に一度だけ、私はやっと奄美に帰った。私から手紙を書くことはあっても、純からは一度も返信はなかった。長く連絡の取れないままでいた純に、国試合格の報告をしたかったのと、純の近況も知りたかった。実に、会うのは6年ぶりだった。


私は、奄美大島で生まれた。ある年の旧節句の良夜(りょうや)だったそうだ。


理由は分からないが、生まれてすぐ両親が亡くなり、沖縄本島のおばあ(遠縁の親戚)へ引き取られた。沖縄では皆優しく、私はずっと、父と母という存在を知らなかった。


小学校に上がって、周囲の友達から家族の話を聞き、ようやくみんなに両親という存在がいるという事を知った。ある日、おばあに聞いた。


『私のおとー、おかーは、どこにいるの?』


おばあは夕ご飯の支度の手を止め、少し間があったと思う。私の方へ振り返り、そのしわがれた声でそっと言い、私を抱きしめた。


『なみわのあいまにおる。』




ガタッ!!!


「お客様・・?」


私はシートベルトを締めているため、立ち上がれない座席で思いっきり床を蹴り、周りの注目を浴びた。随分、昔の夢を見ていた。故郷が近づいているからだろうか。


「す、すみません、、」


くすくすと、笑う声がする。私は気まずさで身体中から汗が噴き出しそうだった。


(もうすぐ、沖縄に着くーー)


早く着いてくれと祈る気持ちでいると、




ガタタタタタッッ!!!!!!




きゃーーー!!と悲鳴が上がった。機体が大きく揺れ、天井から酸素マスクが下りてきて、機体の揺れとともに激しく上下している。私は必死に椅子の手すりに捕まった。


「お客様!落ち着いてください!これから奄美に緊急着陸します!」


一度、沖縄本島のおばあのお墓参りをしてから奄美に向かおうと思っていた私だが、直接奄美に着く形になった。




「頭を低くしてください!少し揺れます!」


ガガガガガガガ!!!と、少しどころではなく激しく機体は振動し、悲鳴と絶叫の中、何とか奄美空港へ機体が傾いた状態で着陸した。激しく揺さぶられ、私はじめ数名は気を失っていたらしい。




『誕生日には、必ず帰ってきてね。』




薄れる意識の中で、純の声が頭に響いた。


そうだ、約束をしていたんだ。東京へ出てくる前、純は心配そうに私にそう言ったのだ。忙しさで、忘れてしまっていたのだろうか。




機体は乱気流に巻き込まれ、さらに片方のタイヤが出ないというトラブルに見舞われのだということを、後から知った。


(良かった、生きてる、、)


ぼんやりと目を開けた私の視界に、懐かしい顔が飛び込んできた。


「澪、大丈夫? 久しぶりだね。おかえり。」


落ち着いた穏やかな口調で、微笑んで純が言った。


変わらない、少し癖毛の栗色の髪。優しい笑顔。マイペースで落ち着いた物腰。


だけど何かーーーー何かが、昔と違う気がすると、私の直感が囁いた。




「純・・!!」


私が急に身体を起こそうとすると、全身を強打したためか、激痛が襲った。


「安静にしないとだめだよ。ほぼ全身打撲。ここでしばらく、ゆっくりするといい。」


ここはーー?


見回すと、懐かしい、あの診療所だった。6年経つが、変わってない。


純の他に、人は見当たらなかった。


「今日は診療所はお休み。とういか、大先生が用事があって、しばらく休診してるんだけどね。ぼくは来月からここで働くから、準備と勉強を兼ねてお留守番なんだ。


澪も・・・国家試験合格したんだね。頑張ったね。おめでとう。」


純はにっこり微笑んで言った。手紙は、読んでくれていたようだ。




「純、ごめんね。私忙しくて、、全然帰って来れなくて、、あの、約束・・・」


ああ、と純は言うと、


「いいんだ。もう、いいんだよ。」


私から純の表情は見えなかったが、その言葉には感情が何もこもっていなかった。




結局、6年ぶりの再会は沖縄本島へ行くことなく、純のいる診療所で過ごした。話すことがいっぱいあったが、主に私が話すことを、昔のように純は優しくうん、うん、と聞いてくれた。彼も無事、国家試験に合格し、濱之下診療所で大先生の指導の下、診療にあたるとのことだった。




そんな純と話していると家族と一緒にいるようで、安心できた。




また仕事が始まると忙しくなるから、今度はいつ戻れるか分からない、と言うと、


「澪は自分のしたいことを思いっきりした方がいい。応援してるよ。時間はーーー、限られているものだから。」


そう言って、純は笑顔で、快くまた私を東京へと送り出した。




「僕はずっと、ここにいるから。澪の家族だからね。」


その言葉が、私は嬉しかった。純と過ごした幼い頃からの日々。おばあが亡くなってからの唯一の私の居場所。


だけど大学に入ってからは、6年も純から連絡が無かったのだ。純にとって私の存在はそんなものかと、正直思っていた。けど、久しぶりに会っても純は変わらなく優しかった。ずっと変わらない私の居場所なのだと、どんなに離れても無くならない家族なんだと、ほっとした。


だけどなぜか、純と会った時の違和感が、拭っても拭っても消えなかった。




「おかえり!!大丈夫か!?」


お土産を渡そうと奄美空港を出る前、湊とさくらに連絡をしておいたのだが、湊が羽田空港まで迎えに来ていた。飛行機トラブルをニュースで見た湊はひどく心配し、いてもたってもいられなくなり駆けつけてくれた様子だった。


「うん、大丈夫。純が看病してくれてね。」


「純、、、て、例の・・・幼なじみ、だっけ?」


めずらしく湊は『婚約者』ではなく、純を『幼なじみ』と言った。


「そう。6年ぶりに会えて良かったよ。元気そうで、安心した。私にとっての、大切な家族だからね。」


「・・・」


あのさ、と湊が口を開こうとしたが、すぐに何でもない、と小さな声で呟き、車の音楽の音量を上げた。


湊にしては珍しく、話さずに運転をしていた。私は飛行機疲れから、うとうととしてしまったようだ。




また、昔の事を夢に見た。


『澪は、今日は海にいかねば』


おばあの声がする。そうだ、海に行かないとーーーそう思いながら、さくらとの待ち合わせ場所に着くまで、私はぐっすりと深い眠りに落ちていた。


さくらと合流し、お土産を渡し、3人でお昼ご飯を食べていた時、


「奄美ってさ、浦島太郎の伝説の地だよね。」


「ああ、そうそう。銅像もあるんだよ。」


さくらの口からお伽話が出ることがなんだか珍しいな、と思った。


「縄文杉があったり、ほんと神秘的な場所だよな。奄美は人口も少ないだろ?その・・・幼馴染とは、学校とかずっと一緒だったのか?小さいころから一緒って、聞いてたからさ・・。」


湊が少しためらい、少し、寂しそうな表情で言った。アイスコーヒーのグラスを、持て余すように持っている。




ドクン




心臓が跳ねる音がした。


純と登下校したことなんて、あった?


ずっと、一緒にいた・・・。その記憶の根拠は、何だったろう?


黙りこむ私を不思議そうに見ながら、さくらが言った。




「まぁ、小さい頃の記憶なんて、曖昧だよね。そしてその調子だと、二人きりで診療所にいた割には、進展はなかったのかなぁ?」


さくらは、じっと私の表情を観察し、変化を見逃すまいと見つめているようだった。


「だっ、だから、、家族だってば!純もそう言ってたし、その・・こっちに帰るとき、またしばらく帰れないと思うって言ったら、頑張っておいでって快く応援してくれたよ。」


ふーーん、と言った後、


「だってさ」


と、湊に向かって言った。


「なっ、なんだよ、とにかく!そういう人がいるっていうのは、こっ、心強いよな!事故もあったし心配したけど、何事も無くて本当によかったよ。」


「ねー、何事も無くて。本当に良かった。ねっ、みなと。」


「!!! おまっ・・!」


湊とさくらが何か言い合っていたが、私の耳には届かなかった。


ずっと一緒に・・・。


ずっと一緒に、いた? 私と純は・・・。



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