第5話 大学時代(中編)

医学部は、6年間ある。全ての教科がほぼ必修で、本校でも、1つでも落とすと留年してしまうカリキュラムになっている。6年間の前半は座学が多く、後半は実習と国家試験前のテストがある(なんと、このテストに合格しないと国家試験が受けられないのだ!)。


大学時代、私達はよく図書館やお互いの家で、勉強やレポートにいそしんでいた。さくらは要領が良く、湊は努力の人だった。私は、丸暗記が苦手で、理解してから先に進むタイプなので、とにかく時間がかかり、澪は大丈夫かといつも2人に心配された。


こんなハードな6年間だが、文武両道とはよく言ったもので、医学部は意外と部活に入る者が多く、湊はダイビング部に入っており私を時々誘ってくれた。




伊豆、千葉、三宅島、、関東周辺のダイビングスポットを、湊は一通り制覇していて詳しかった。そんな彼に、大学3年生の時、八丈島の海に誘われた。


「今度、部活で八丈島に潜るんだ。イルカが見れるかもって。部長が、友達も連れてきていいって言ってて、澪も行く?」


「うわぁ!いいね! でも、、私、道具が、、」


私は、高校でおばあを亡くし、そうでなくても実はあまりお金に余裕が無かった。両親の遺族年金と、奨学金と、あとは必死に努力して特待生として大学へ入学し、何とか生活の基盤を築いているような感じだった。特待生を維持しなければいけなかったので、バイトをする時間が惜しく、それならと食費を削る毎日だった。よく、おにぎりしか持って来ていない私に、さくらはどこかのお店の美味しそうなパンやサンドイッチを、湊は私のおにぎりの上に、自分の弁当の卵焼きや唐揚げをのせてくれた。


「俺の、で良かったら貸すよ?」


湊は言ってくれたが、さすがに湊のウェットスーツは着れないだろう。


「出世払いでいいからさ。レンタルあるし。一度、俺、澪と海に潜ってみたいんだ。」


私が、え?という顔をすると、湊が慌てて、


「いっ、、いや!澪、詳しいからさ!沖縄の海との違いも知りたいし。あと、いつも一生懸命で・・たまには息抜きに連れて行きたい、というか、、せっかくイルカも見れるし、、なっ!」


最後は自分に言い聞かせるように言い、うんうんと、一人で湊は頷いた。


私はそんな湊の気持ちが嬉しくて、考えとくね、と返事をした。でも、行くつもりは無かった。行くだけの余裕が、どう考えても無かったのだ。




それなのに次の日、なんと湊は八丈島行きの飛行機のチケットを私に手渡したのだ。もらえない、と頑として譲らない私に、


「やるんじゃなくて、貸しだよ。半分はダイビングの時に色々教えてもらう分。半分は出世払い、、倍返しだからな!」


よろしくな!と言うと、私の手にチケットを押し付けるように握らせた。




八丈島ダイビング当日。快晴だった。私は湊たちと飛行機で八丈島に向かい、久しぶりの海にはしゃぐ気持ちを隠せなかった。


「澪、そろそろ休憩しなくて大丈夫ー?」


透き通る青い海に、奄美を思い出していた私は、もう少しと言って潜り、魚達の群れと一緒にどこまでも続く海を泳ぎ、少し離れたところにいる湊に手を振った。魚たちは不思議と、私の周りを取り囲むように泳ぎ、美しい魚群に私は幸せな時間を過ごしていた。


「みなとーーっ!きれいだねー!」


そんな私を見て、目を細めて微笑んでいる湊が見えた。


「・・・うん。綺麗だ。」


と、次の瞬間、私は何かに引かれた。


波間に、不自然な形で私の姿が消えた事に湊は驚き、


「澪っ!!」


血相を変えて湊は私を追った。




海によばれるーーーー


不思議と、怖さはなく、むしろ懐かしいような感じがした。


きらきらと輝く水面が、遥か頭上に見える。


誰かの存在を、感じる。


その人を、私は知っている。


ふいに、身体が持ち上げられるような感覚を覚えた。




「・・っお!!澪っ!!」


ゆっくりと目を開けると、青ざめた湊と、心配そうに周りを取り囲むダイビング部員たちが目に入った。


「あっ、、ごめん、、」


「何で謝るんだよ、大丈夫か!?」


いつもはどっしりと構えている湊が、このときはおろおろとした感じで、私を抱きかかえていた。


「救護室があるから、念のため診てもらった方がいい。まぁ、湊がすぐに引き揚げたから、良かったよ。きみ、頼りになる彼氏で良かったな!」


部長が、ほっとした表情で言った。


私は言葉を発する力が無く、湊は赤くなりながらも、なぜかその言葉を否定しなかった。


「おっ、重たいよ!?歩けるから、、」


「バカ言うな!溺れかけた人間が。落ちるといけないから暴れるな!ちゃんとつかまっとけよ。」


湊は私をお姫様抱っこで、救護室まで運んだ。


「とにかく、良かったよ。思ったより深くまで沈んでたから。」


澪、と湊は私の名前を呼ぶと、


「信じられないけど、イルカ達が水面に向かって澪を押し上げてくれたんだ。だから、早く引き揚げることができた。何だかーーー、何だか、澪は海に好かれてるみたいで、最初はすごいなと思ったけど、、少し、怖かった。」


湊が私を抱く手に力を込めるのが分かった。


(海に、好かれているーーー)


その言葉がいつまでも、胸に響いた。




ダイビング明けの講義の後、さくらがニコニコして言った。


「新婚旅行は、どうだったー?お土産は?」


ちょーだい、と指の長い綺麗なその手を差し出してきた。


「またおまえは、、しょーもない事ばかり言うやつに、土産はない!澪は婚約者がいるだろう、からかうな。」


湊に一喝され、さくらはこわーいっと嘘泣きし私に抱きついてきた。


「さくら、ごめんね。私、溺れかけちゃって、、お土産どころじゃなくなっちゃったんだ。」


えっ、大丈夫だったの!?とさくらがびっくりして聞いてきた。湊が助けてくれたことを話すと、ふーーん、と意味ありげに微笑をたたえ、


「人工呼吸したの?」


その瞬間、教科書で湊に叩かれていた。




周りから一目置かれているさくらを、叩けるのは湊くらいだな、と可笑しくなって私は笑った。



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