東西南北に伝わる名前~青年は、剣士になりたかった~

バルバルさん

青年は、剣士になりたかった

 俺は、剣士になりたかった。



 グランバーンと呼ばれる氷の大陸。そこに住まうのはほんの少数の民族。「氷の民」と呼ばれる者達。


 なぜ、こんな氷と雪しかない場所に彼らは暮らしているのだろうか。


 その答えを持つものは、氷の民の中にもいない。皆、「それが当たり前だから」という理由でここに住んでいる。


 ただこの氷の大陸の、各民族の長達。彼らには口頭で長達のみに伝えられる、とある伝承があった。


 その伝承は、この言葉から始まる。


「その青年は、剣士になりたかった」



 バオルゥと呼ばれる、熱帯の密林地帯。そこに住まうのは、未開の「森の民」と呼ばれる者達。


 蒸し暑く、食糧の保存に向かず、健康も崩しやすいこんな場所に暮らす森の民。


 彼らもまた、この場所から離れることなく、ここで一生を過ごす。「それが当たり前だから」


 この森の民、その部族長たちには、歌で伝えられる、とある伝承があった。


 その歌は、この言葉から始まる。


「その青年は、剣士になりたかった」



 ウィロンと呼ばれる諸島がある。そこに住まうのは、漁業を主な生業とする「海の民」


 冬は暮らしにくく、夏は水の確保が難しい。そんな場所に暮らす海の民であったが、誰も不平不満は口にしない。


 その誰もが、この場所を一生の家とし過ごす。だって、「それが当たり前だから」


 海の民は、ウィロンの各地に村を作っているが、その村長には、代々受け継がれる詩があった。


 その詩は、この言葉から始まる。


「その青年は、剣士になりたかった」



 ハルァトと呼ばれる砂漠がある。そこに住まうのは、ラダークという動物によって引かれる、キャラバンに住まう「砂の民」


 熱く、日光が肌を焼き、暮らしにくいことこの上ないというこの場所。もちろん、砂の民にとっても、それは同じはずだ。


 だが、砂の民は一生を砂漠で過ごし、死後もまた、砂漠の砂の中に。「それが当たり前だから」かれらは、そう生きる。


 砂漠の民のキャラバンの頭。彼らには、大事な儀式のときに読まれる、とあるまじないがあった。


 そのまじないは、この言葉から始まる。


「その青年は、剣士になりたかった」



 私の名は、オライアン・ウィルソン。民俗学者だ。


 世界各地の伝承を調べ、記録するのが私の仕事であり、生きがいである。


 私は、世界の4大民族と呼ばれる、いわゆる中世ファルタジア時代から続く民族の伝承を調査していた。


 彼らは住まう場所も、伝統も全く違う。だが、奇妙な二つの共通点があった。


 「彼らは、それが当たり前だからという理由で、暮らしづらい場所で生活している」


 「彼らの伝承。その一つに、必ず登場する「青年」がいる」


 この二つ。とても興味深い共通点だ。私は、彼ら四つの民族。それを徹底的に調べることにした。


 するとどうだろう。驚いたことに、彼らの遺伝子は同一の民族であることを示しており、中世ファルタジア時代以前には同じ場所で生活していたというではないか。


 だが、彼らがその頃に住んでいた地点、カラッサリアの、今は無き王国。この王国の情報が、全くと言っていいほどない。


 王国があったという事実はあるのに、王国の情報はきれいさっぱり今には残っていないのだ。


 私は、さらに深く調べ始めた。各地の伝承、そこからこの王国を割り出そうとした。


 そして、一人の「青年」が、その王国を滅ぼしたというところまでは分かった……のだが。


私ではそれが精いっぱいだった。もうすぐ、私は寿命を迎える。だが、後悔していない。私は、世界の謎、その一つを解き明かす、きっかけになれたかもしれないのだから。


 さあ、私の残す情報で、次の世代は、何を割り出してくれるだろうか。



 俺はガパイラス。探検家だ。俺が捜しているのはオライアン博士が残した、「国を滅ぼした青年」が使っていた武器。


 王国を剣一本で滅ぼせるわけがないんだ。きっと、何かとんでもない武器が眠っているに決まっている。


 別に、その武器で世界をどうこうしようってわけじゃない。ただ、ロマンがあるじゃないか?


 まず、グランバーン。次に、バオルゥ。さらにウィロン。最後にハルァト。ここの「青年」の登場する伝承を集中して解析した。


 すると、武器は4つに分けられた。そして、その武器は4つの地点で管理されている……まだ、仮説の可能性の段階だが。そうとしか考えられない。


 この武器のパーツが、四つの地点にそれぞれ眠っているのではないか。そこまでは、仮説の可能性の段階まで絞り込んだ……んだが。そこからが一ミリも解析できない。


 世界中の伝承。それを洗ってもだ。


 まあ、徹底的に形に残っていない。伝承のみの存在だ……それも仕方が無いかもしれない。


 でも。


 だからこそロマンじゃないか。俺は、さらに調べようとした。


 だが……それも、ここまでの様だ。バオルゥでもらった病気が悪化して、もうすぐあの世行き。あーくそ。悔しいな。だが、後悔はしてないぜ。


 ぼんやりした物が、少し形を帯びてきたんだ。後は、後世の奴らの仕事。


 じゃ、先に逝こうかね……



 私の名はザイラン。探検家ガパイラスが捜した、武器のパーツを探す魔法学者だ。


 私は、魔法という観点からこの謎に挑戦した。


 オライアン博士も、ガパイラスも、魔法には詳しくはなかったらしい。


 だが、彼らの研究や分析のおかげで、世界は救われる。


 四つの地点の部族。彼らの守る物。それは、青年の名だ。


 そしてそれは、武器のパーツともいえるだろう。なにせ、魔法の発動コードなのだから。


 四つの部族が住まう場所を、中世ファルタジア時代の地図と照らし合わし、ちょうど彼らの暮らす場所を線で結べば、世界規模の魔方陣の出来上がり。


 そして、その魔法とは、「剣士になりたかったが、魔法の才能しかなかった青年が産んだ、魔法消去魔法」だ。


 この魔法が発動した時、世界から魔法は消える……


 おそらく、「剣士になりたかった青年」は、予見していたのだろう。


 この魔法の力、「魔法力」によって、世界が崩壊する未来を。


 今、魔法力は、「世界」を崩壊させるほどに膨れ上がっている。この事態を打開するには、「魔法」を消すしかない。


 かつて、カラッサリアで発動し、一度、魔法によって成り立っていた世界を滅ぼした魔法消去魔法。


 さあ、各部族の末裔たちへの根回しはすんだ。彼らは、同時に、「彼」の名を叫ぶ。


 これで、魔法で成り立つ今の世界はもう一度滅ぶが、世界そのものは救われるだろう。


 そんな彼は、彼の名は――――――

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