第2話 出発


 天啓通知の紙に描かれた魔王の人相書き。

 何度瞬きをしても、そこに描かれている顔は変わらなかった。


「これ、クロードだよね……?」

「そう見えるけど……」

「似てるだけの別人、ということは……」


 真っ黒に塗りつぶされた漆黒の髪。

 左目の下に縦二連の涙ぼくろ。

 顔の真ん中を横断する、長い一文字の傷跡。

 そして何よりユキそっくりの顔──。

 

「いや、こんな特徴的な顔のやつ他にいねぇだろ」

「だよね……」


 いかに王国広しといえど、ここまで顔の特徴が一致する人間が他にいるとは思えなかった。


「教会側の間違いってこと、ないかな」

 

 カメリアが祈るように希望を口にしたが、アスールはそれを断ち切った。

 

「それは考えにくいだろう。天啓通知は、事実であると確定した後でしか全国通達されん。それに今回は魔王復活なんて重大案件だ。間違えたりしたら死刑もんだぞ」

「つまり、誰かが確実に魔王の姿を目撃して、それがクロードだと確定しとるわけだな」

「そういうことになるな」

「王都が陥落しとるんだから、復活の場は恐らく王都近くじゃろ。王国騎士団あたりが目撃して、中央大聖堂に証言したのかもしれんな」

「だとしたらやはり、教会の間違いという線は薄いだろうな。問題はどうしてここにクロードが描かれてんのかってことだ」


 アスールとラランジュの会話を、ユキは黙って聞いていた。

 そしてしばし考えたのち、ゆっくりと口を開く。


「4つだ」


 あ、いつものが始まったぞ。と他の3人は身構えた。

 ユキはいつもところがあるのだ。


「天啓通知の内容が“正しい”もので、描かれている顔が“兄さん”であると前提するとして、考えられる推測は4つある。

 ひとつは、魔王が兄さんの顔を真似たという可能性。ラランジュの言う通り魔王が王都の近くで復活したんだとしたら、王都に行った兄さんとどこかで会ったかもしれない。その時に兄さんの容姿を記憶するとかして、姿形を真似たのかもしれない」


 王国騎士団になるため、クロードは王都エメラルドへと旅立った。

 この町から王都までは遠いが、餞別代わりに用意した転送通行ワープゲートの交通券を利用すればもうとっくに到着しているはずだ。

 そこで復活した魔王と出会い、あるいは一方的に姿を見られ、造形を真似られた可能性はある。

 果たして魔王に擬態の能力があるのかは分からないが、もしそうなら中身は魔王だが外見はクロードということになる。


「ただ、この可能性は低いと思ってる。なぜならメリットが無いから」


 一行は黙ってユキの考察を聞いている。

 状況が混乱しているとき、ユキは不意に事がある。

 やけに客観的に物事を俯瞰し、それから頭の中でくるくると物事を整理して、理路整然と話してみせるのだ。

 愚直で破天荒なクロードと対を成すように、ユキは冷静で思慮深い。パーティーで参謀役を務めるその能力は、兄が魔王になった状況下でも存分に発揮されているようだ。


「もし魔王が擬態能力を持っているなら、もっと混乱を招くような顔になった方が都合がいいはず。例えば……」

「国王とか」


 アスールの回答にユキは頷いた。

 騎士団に入りたての名もなき新兵クロードより、誰もが知る国王を真似た方が混乱は大きいはずだ。

 それに、王都ならば国王の像や絵画はいたるところにある。擬態の参考には困らないだろう。


「ふたつめは、兄さんが生まれた時から魔王だった可能性──」

「「「それはない」」」


 全員の声が一致する。

 緊迫した状況だが、それを聞いてユキは思わず失笑した。


「うん。自分で言っといてなんだけど、僕もこれは無いと思う」

「長年パーティーを組んどったが、クロードから魔物特有の魔力を感じたことは無いからのぉ」

「流石に一緒にいて気付かないこと、ないと思う」

「魔王であのバカっぷりなら、とんだ千両役者だろ」


 パーティーを発足して10年。ユキに至っては生まれたその瞬間からクロードとはずっと一緒だ。

 いくら魔力を消し、気配を隠したとしても、四六時中一緒にいて魔王の存在に気付かないとは考えにくい。


「じゃあ、みっつめ。

 これは……兄さんはもう死んでいる可能性だ」


 不意に発せられた言葉にみな一瞬目を見開き、しかし誰も驚きの声すらあげることなく黙り込んだ。

 人相書きを見た瞬間から心のどこかで、もしかして、という思いはあった。しかし敢えて言葉にはしなかった。口にしてしまえば、現実になるような気がしたからだ。

 それをクロードの実弟であるユキがハッキリ提示したことが、他の3人には心苦しかった。死んでなどいない、大丈夫だ、と気休めの言葉を掛けるべきか。それとも死亡の可能性についてしっかり話し合っておくべきか。どうすればいいかと三者三様に躊躇ためらっていると、再びユキが口を開いた。


「でも正直、これも可能性は低いと思ってる」


 そういうユキの眼差しは心強かった。


「前に墓荒しの討伐を頼まれた時のこと、覚えてる?」

「うん。確か念能力サイコキネシス系の技を持ったやつが埋葬した死体で遊んでたんだっけ」


 墓の中の死体に魔力を注ぎ、ゾンビ化して操る魔物がいた。死体に自ら墓を掘り起こさせ、それから墓石の上でダンスを踊らせるのだ。

 何が目的かは分からず仕舞いだったが、大量の死体に襲われて苦労したのは皆よく覚えていた。


「魔物の中には死体を操る能力を持つ者もいる」

「つまり魔王がクロードの死体を操っている、と?」

「単に外から操っているだけなら、天啓通知に【こいつが魔王です】なんてことは書かれない。もし操っているとしたら、内側からだろうね」

「クロードの死体に魔王が入っとる、ということか?」


 外から操る者がいるのなら、内から操れる者がいてもおかしくはない。それが魔王なら殊更だ。


「兄さんが復活したばかりの魔王に偶然会ったとして、そこで殺されて魔王がそのまま兄さんの死体に入った可能性は無くもない」

「なんだ、じゃあ魔王は自分の体が気に入らなかったのか?」

「長いこと封印されてたんだ。肉体が弱ってた可能性もある」


 この世界では、魔王は“定期的”に封印と復活とを繰り返している。だから誰もが魔王の存在を知っているし、同時に英雄の存在も知っている。

 ただその復活の周期が短くても三百年、長い時は五百年以上とかなり長期だ。その間に人々の記憶は薄れ、伝承は途切れ、魔王と勇者の伝説はおとぎ話へと変わる。

 故にみな両者の存在は知っていても、詳しいことは知らないのだ。魔王がどうやって復活し、世界を破滅へと導くのか。英雄はどのように魔王と戦い、封印するのか。


 冒険者の端くれであれば、みな魔物と戦う術は心得ている。しかし、【魔王】となると話は別だ。

 自分が生きている間に復活するのかも分からない相手に、常日頃から対策を打っている者などいない。

 情報と言えば、各地に伝わる民話や童謡の中に出てくる冒険物語くらいだろう。しかし、それも信じるにたるとは言い難い。なにせ数百年の時を経て、様々に変化しいてる可能性が高いからだ。

 

 ここタルナーダの町にも、勇者と魔王の戦いを歌った子守唄が存在する。

 しかしその歌詞によると、魔王は復活する時に卵から産まれ、3つの首を備えた巨大な鳥の形をしているらしい。もちろん、クロードのような姿ではない。

 さらに隣町の民謡では魔王は火山の噴火と共に溶岩から復活し、体長は山ひとつ分ほどあると歌われている。こちらもクロードのような人の形をしていない。

 つまり、復活した魔王がどのような姿なのか誰も知らないのだ。

 3つ首の鳥なのか。山ほどある巨漢なのか。それともユキの言う通り、封印によってもろくなったボロボロの姿なのか。

 

「でも、わざわざ死体に入るのもメリットが無いなって」

「まぁ死んでるわけだしな。使い勝手は悪いだろ」

「それに、死体はいずれ腐る。魔力を持ってしても腐敗は止められないからね」

「あ、確かに墓荒らしの時も死体はずっと腐り続けてた」

「あれは臭かったのぉ……」


 記憶にこびりつく腐敗臭を思い出し、全員が顔をしかめた。


「腐るのが分かりきってる死体に入るなんてリスクが大きすぎる。

 どうせ入るならもっと──元気な体を選ぶべきだ」

「おい、待て。ってことは……」


 何かを察したアスールが、思わず驚愕の声をあげる。


「うん、そこで最後の推測。僕はこれが一番可能性が高いと思ってる」



「兄さんは生きたまま、魔王に体を乗っ取られている」


 放たれた推測に、みなが息を呑んだ。


「現実的に言って、一番可能性が高いと思う。

 魔王の体が脆くなっていたと仮定するなら、乗っ取るメリットが十分にあるからね。

 生きたままなら腐らないし、国王じゃなく兄さんを選んだ理由も分かる」

「そうか、国王は御年60……。クロードの方が若くて新鮮な肉体ってわけか」


 クロードはまだ20代と若く、【勇者】という肩書に相応しい鍛えられた肉体も持っている。

 今生で魔王が“使い倒す”としたら、最適な肉体と言えよう。


「もしそれが本当だとしたら、クロードも運が悪いのぉ……」

「運、か──。実はそうとも言い切れない」


 ユキの苦々しい物言いに一同は首を傾げた。


「どういう意味だ」

「だって、あまりにもタイミングが良すぎない?

 こんな田舎町から偶然騎士団に選ばれた人間が、偶然魔王が復活したときに偶然居合わせて、偶然体を乗っ取られるなんて。

 …………いま僕、何回偶然って言った?」

「でも、偶然以外の何があるっていうの」


 魔王の復活など誰が予測できただろうか。

 避けようとしても避けられないこれは、もはや天災だ。

 当たってしまえば「運が悪かった」と言う他ないではないか。


「アスがいつも言ってたじゃない。

 『お前みたいな田舎騎士が選ばれるなんて、絶対に何かの手違いだ』って」

「いや、それは冗談で──。

 ……冗談、だよな?」

「もし冗談じゃなかったとしたら?

 もしこれが、兄さんに仕掛けられた【罠】だとしたら……?」


 不穏な空気にさいなまれ、一同の顔が引きる。


「僕もおかしいとは思ってたんだ。こんな田舎町から急に騎士団に勧誘されるなんて。

 他に有名な冒険者なんていくらでもいるのにね」


 クロードも腕の立つ勇者ではあったが、知名度と言えばタルナーダの町で顔が利くくらいだ。

 一歩外に出れば、数いる冒険者のひとりに過ぎなかった。


「でも、前例がないわけじゃない。

『大剣使いのグエン』や『隻眼のエリアス』は無名だったけど、騎士団に勧誘されて今や小隊長にまで上り詰めてる」


 大剣使いのグエンは、元はただの木こりだったと言う。

 あまりに巨大な樹をひとりで切り倒しているのを騎士団員に見初められ、勧誘されたのだという。

 隻眼のエリアスもしがない魔術師だったらしいが、今ではその名を知らない者はいないほど有名だ。


「無名でも、誰かのお眼鏡にかなって勧誘されることはある。

 だから兄さんも"そういう枠"で騎士団に呼ばれたんだと思ってた。

 でも……今となってはそうとは思えない」


 王国騎士団からの勧誘が来たとき、一同は飛び上がって喜んだ。

 やれ手違いだ、嘘に決まっているなどと軽口を言いながらも、みな勧誘が本物だと信じていたのは他でもない。クロードの強さを身をもって知っているからだった。

 実際、クロードは知名度に反して強かった。こんな田舎で燻っていいような才能ではないと思うことも度々あった。

 しかし当の本人はてんで出世欲がなく、富にも名声にも興味がなかった。ありふれた町のありふれた依頼を引き受け、コツコツと討伐をこなす事が彼とこのパーティの全てと言えた。

 だからこそ、ただ故郷の平穏な日常のために戦ってきたこの苦労を、どこかで誰かが見ていてくれたのだと思うと嬉しかった。

 王国騎士団に引き上げられ、クロードの実力が日の目を見ることが誇らしくもあった。

 その誇らしく思った気持ちですら、今となっては根底から覆されてしまったのだが。


「勧誘が偽物だったって言うのか」

「そう考えると納得がいく。兄さんはハメられたのかもしれない」


 みなの頭に、三日前の光景が浮かんだ。

 クロードの背中を見送ったあの時、引き留めておけばよかったのではと後悔がよぎる。

 しかしそれを口に出せるほど、誰もが気丈ではいられなかった。


「でも、待てよ……。ハメられたとすると、魔王は元からクロードの体を狙ってたってことか?」

「多分ね。どうしてこんな周りくどいことするのかは分からないけど、兄さんの体じゃなきゃいけない理由でもあったのかもしれない」


 ユキの推測を聞いて、ラランジュがふと顔を上げた。


「ワライモドシタケ……」

「え?」

「前にワライモドシタケを食ったことがあったろう」

「あ、ああ……。食べたら笑いが止まらなくなって、最後は全部戻して吐いちゃうキノコだっけ」


 遠くの都市まで旅をしている途中、路銀が尽きて渋々怪しげな店で食事を取ったことがあった。

 案の定使われていた食材はそこらへんで取れた適当なもので、その中にワライモドシタケがあったのだ。

 店中の客が突然笑い出し、そこかしこで吐いては大惨事になった。


「ワライモドシタケは森に染み込んだ魔力を吸い上げて育つ。三級危険植物として指定されとるくらいだから、普通の人間が食うもんじゃあない」


 ラランジュは副業(いや、本業と言うべきか──)で酪農と農業を営んでおり、動植物には詳しかった。


「人には誰しも、魔力の許容量が存在する。自分の許容量を超えた魔力を摂取すると、何らかの影響が出てしまうもんじゃ」

「ワライモドシタケもそうだったよね。許容量を超えたから、みんな吐いちゃうっていう」

「そう。でもあの時……クロードだけ平気な顔をしとった」


 嘔吐する店中の客、およびパーティーのメンバーを介抱したのはクロードだった。

 あまりにケロリとしているものだから、後日「また嫌いなシイタケ避けて食ったろ」と詰め寄った。

 本人は「ち、違う!ちゃんと一口食ったぞ!」と弁明していたが、それを信じる者はいなかった。


「あのワライモドシタケは数十年ものじゃった。森中の魔力を蓄えとったはずだ。

 もしクロードが本当に食っていたとしたら、あいつは魔力の許容量が多いのかもしれん」

「つまり……どういうこと?」

「つまり、あいつは魔王を受け入れるだけの許容量があったのかもしれんということじゃ」


 魔王というくらいなのだから、魔力量もそれなりにあると考えられる。

 それに対して、人はワライモドシタケで吐いてしまうほど脆弱だ。魔王を体に入れれば、四肢が吹き飛ぶくらいはするのかもしれない。


「はっ……。じゃあなにか?

 クロードは魔王の【器】として見初められた、ってことか……?」


 アスールの苦笑に、みな苦い顔をした。

 

 クロードは、魔王に体を差し出すため王都に向かったというのか?

 希望を胸に旅立った先は、栄光ではなく地獄だったとでも言うのか?


「そんなの、あんまりだよ……」


 カメリアのこぼした一言が全てだった。

 多くを望まず、ただ町の人々のために働いてきた勇者の受ける仕打ちがこれだとは、あんまりではないか。

 堅実に生きてきた一人の青年の人生が、最悪の形で踏みにじられていいことなどあるものか。


「兄さんに会わなきゃ……」


 ユキの言葉に一同は顔をあげる。


「今僕が言ったことは全部憶測だ。可能性は高いと思ってるけど、本当かどうかは分からない。

 でも、だからこそ確かめたいんだ。兄さんが今、どういう状況にあるのか」


 その真っ直ぐな瞳は、驚くほどクロードそっくりであった。


「行くなら早い方がいい。この町も、もうじき混乱するじゃろう」


 先ほどから広場がにわかにザワついている。

 教会が通知書を複製し終え、あちこちに配り歩き始めたのだろう。


「クロードはこの町じゃ顔が知れてる。

 俺たちパーティにもあらぬ疑いがかかるかもしれん」


 淡々と告げるアスールの言葉に、カメリアが「ちょっと!」噛み付いた。


「クロードがどれだけこの町の人たち助けたと思ってるの?

 感謝こそされても、そんなすぐに手のひら返されるなんて許せない」

「人は感謝より恐怖に素直な生きもんだ。俺たちもじきに肩身が狭くなる」


 残念ながら、アスールの言うことには一理あった。

 事実、すでに遠巻きにヒソヒソと話し合う声が聞こえ、冷ややかな視線も感じる。


「とにかく、急いでここを出よう。それから王都に向かう」


 ユキの提案にみな首を縦に振ったが、ふと何かに気づいたアスールが眉をしかめた。


「おい、ちょっと待て。

 王都に行くったって、何日……いや、何週間かかるか分からんぞ」

「そんなに時間かけてらんないよ。僕は今すぐ兄さんに会いたいんだ」

「……嫌な予感がするのは俺だけか?」


 アスールの不安をよそに、一同は足早に広場を抜け出した。



 ユキたち一行は早々に町を離れた。

 故郷に未練がなかったわけではないが、今はそうもいっていられない。

 クロードに会うことが最優先であり、一分一秒でも惜しいのだ。


「ううむ……。やはり高いところは苦手だわい……」


 ラランジュは弱音を吐いて、その大きな体を震わせた。

 怖いもの無しのような風貌をしていながら、実は高いところが怖いのだ。

 

 ここは地上から数十メートル上空の、ペガサスの背の上。

 広げた両翼は全長3mあり、かなりのスピードで空を駆けている。

 

「やっぱりこうなると思ったんだ……!」


 アスールの叫びに、ユキはこてんと首を傾げた。


「こうって?」

「だから!このペガサスのことだよ!お前、これいくら掛かったと思ってんだ!」


 この世界において、基本的な移動手段は徒歩、あるいは乗馬だ。少し金を払えば馬車にも乗れるし、座り心地は悪いが二足走行の鳥獣も優秀だ。

 その中でも最も速いとされるのが、空を行くペガサスである。

 足場を気にすることなく猛スピードで移動できるのは、道の舗装が行き届いていない地方では何よりの利点だ。天候が悪い時には運休されることが多いが、それを除けばおおむね最良の移動手段だ。

 ただ、このペガサス便は何より料金が高い。ざっと計算して馬車の8倍は金がかかるのだ。


「俺たちのパーティーが火の車ってことは、よぉ〜〜く知ってるよなあ?」

「でもしょうがないじゃん。これが一番速いんだから」

「うるさいカメリア!いつも胃に穴空けながら金勘定する俺の身にもなれ!」

「まぁまぁ、そう怒るなアスールよ」

「だいたいラランジュ!あんたが一番金食ってんだ!

 ペガサスは2人乗りだから2頭で済むはずが……重量オーバーであんたに1頭!

 計3頭も借りなきゃいけなかったんだぞ!」

「むぅ……面目ない……」


 ラランジュで1頭、アスールで1頭、ユキとカメリアで1頭にまたがり、一同はやいのやいのと言い合いながら空を駆けた。


「で、この先はどうするんだ」


 ひとしりき怒りをぶちまけたアスールが、ペガサスの上でふんぞり返って尋ねた。


「カンサスに着いたとして、どうやって王都まで行く」


 カンサスは、タルナーダの町から一番近い貿易都市である。

 多くの人や物が集まり、活気に溢れた大きな街だ。

 ペガサスの運行料金はカンサスまでを払うのがやっとで、そこから王都への道程はとてもじゃないが手が出なかった。

 一度カンサスへ降りたち、別の交通手段を考えなければならない。


「俺たちはもう、ほとんど一文無しだ。歩いて行くしかないぞ」


 アスールが降ってみせた財布は、悲しいほどに空っぽだった。

 しかし、徒歩で王都を目指せばゆうに数週間──あるいは、天候や魔獣との遭遇も考えると数ヶ月はかかってしまう。

 

「……転送通行ワープゲートを使いたい」

「はあ!?」


 ユキの言葉に、あわやアスールはペガサスから落ちそうになった。


「ばっか、お前……んな金あるわけねぇだろ!」


 転送通行ワープゲートとは、ペガサスをも凌ぐ究極の移動手段だ。

 都市にある大規模な教会のみが運営する交通機関で、その名の通り【転送ワープ】する。

 空間転移魔法は教会の専売特許であり、一瞬で他都市の教会へと移動することができるのだ。

 ただし、その交通費はペガサス便のおよそ12倍。一般庶民が気軽に払える額ではない。

 金持ちの貴族が旅行の時に利用することがほとんどであり、これが教会運営の大きな資金源にもなっている。

 

 クロードが旅立つ先、入団の期限が迫っていることもあって転送通行ワープゲートの交通券を買ってやった。

 パーティーが貯めていた資金を大きく崩しての、なけなしの餞別だった。

 

「4人分なんて、天地がひっくり返っても払えねぇっつの……!」

「でも、なんとかして転送通行ワープゲートで行かないと間に合わない」


 天啓通知を目にしてから数時間。

 事実確認から通知の決定までにかかった時間を考えると、クロードが魔王と認定されてから半日くらいだろうか。

 今こうしている間にも、討伐隊が魔王を──クロードを殺そうと王都に詰めかけているかもしれない。

 あるいは、クロードの顔をした魔王が王都を蹂躙しているかもしれない。

 悠長に歩きで向かうなど、出来るはずもなかった。


「なんとかって……どうすんだよ……」

「それは着いてから考える」


 雲一つない青空の中、景色に似合わぬほど険しい顔をした一行はただ一心にカンサスを目指した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者が魔王 生方 生々 @kiki_kiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ