学校の定期試験が担任教師とのタイマンデスマッチになった

@5diva

学校の定期試験が担任教師とのタイマンデスマッチになった

「えー。突然ですが、これから定期試験を始めたいと思います」


 頭髪がハゲかかり、腹肉がベルトの上に乗り、四角いメガネをかけた担任教師──黒原真くろはら まことが、こともなげに言った。俺は、目と耳を疑った。

 今日は、試験期間とかすってすらない。

 教室内、学生たちの間に、静かなざわめきが広がる。


「おい、マト公。問題用紙も無しに、なんのテストをする気だ?」


 男子生徒の一人──佐藤が、あざけり混じりの声音で言う。

 態度は悪いが、サッカー部のレギュラーで、成績も良好だ。

 顔立ちが良いため、女子たちからの人気が高く、女性教諭のなかにも露骨に彼の肩を持つ者までいる。


「問題作り忘れたんなら、試験中止でもかまわねーぜ?」


 佐藤に同調するように、複数の生徒が品の悪い笑い声をあげる。

 サッカー部のレギュラーは、自分の女性人気を理解している。

 それを利用しての、やりたい放題。

 彼から悪意を向けられた一部の生徒や教師たちは、眉をひそめている。


「君たちが気にすることではありません。内容については、これから説明します」


 中年の担任は、教壇を抱えて、教室のすみに動かしながら言う。

 学生たちの机が並ぶまえに、スペースができる。教師は、その中央に立つ。


「本日、執り行うのは、文科省主導の教育改革の一環である、まったく新しい試験形式です。具体的には──」


 担任教諭は、堂々とした態度で、朗々とした声で、生徒たちに説明する。

 どこか自信なさげで、気弱ないつもの中年教師とは、どうも様子が違う。

 学生たちは、息を呑んで、担任教諭の次の言葉を待つ。


「──先生と一対一での殺し合い、すなわち、タイマンデスマッチをしてもらいます。武器のたぐいの使用は認めません。ステゴロというヤツです」


 生徒たちのざわめきが、ふたたび大きくなる。

 中年教師は、ぱん、ぱん、と手をたたき、静粛な態度をうながす


「教育改革は、正解と誤答の二分法ではなく、柔軟な問題解決能力の醸成を目的としています。突然、あり得ない課題が降ってわいたとしても……」

「……先生、質問があります!」


 担任教諭の言葉をさえぎるように、一人の学生が手をあげる。優等生の鈴木だ。

 中年教師は、発言を許可するように、ジェスチャーで示す。

 鈴木は、律儀に自分の席から立ち上がり、口を開く


「仮に試験課題だとしても、いま先生が仰ったとおり、その……殺してしまったら、殺人罪に問われるのではありませんか?」

「そもそも、センセイが死んじゃったら、その時点で試験続けられなくない?」


 鈴木の質問に重ねるように、女子学生の高橋も疑問を言葉にする。

 担任教諭は、無表情に小さく首を振る。


「教育改革の一環ですので、問題はありません。諸君は、試験課題の解決に専心するように」


 中年教師の不可解な答弁に、生徒たちのざわめきが、ふたたび大きくなる。

 起立したままの優等生は、さらに質問を続ける。


「そもそも……試験の日程や内容を変更をするなら、僕たちにも事前の告知があって然るべきでは?」


 サッカー部の佐藤をはじめ、数名の学生が、そうだそうだ、と同調する。

 担任教諭の四角いメガネが、西日を反射して、きらりと光る。


「そういうところだ」


 短くも、ドスの利いた声で、中年教師は応える。

 担任教諭から初めて聞く声音に、学生たちは静まりかえる。


「社会で出会う問題は、あらかじめ内容が告知されることもなければ、そもそもいつ起こるかすらもわからない……そういう事柄への対処能力を測らせてもらう」


 スーツの上着を脱ぎ、教壇のうえに無造作に置きながら、担任教師は言う。

 教室の空気が重苦しく変質していくなか、一人の学生が手をあげる。


「それじゃあ、マト公。おれに、最初にテストを受けさせてくれよ」


 サッカー部のレギュラーが、へらへらと笑いながら、申し出る。

 中年教師が、四角いメガネ越しに視線を向ける。


「本来ならば、学籍番号順だが……まあ、この程度の例外なら、良いでしょう」

「へへ。座ってな、ガリ勉高橋。おれが、ふざけた試験を終わらせてやる」


 力なく腰を下ろした優等生に変わり、佐藤が立ち上がる。

 サッカー部のレギュラーは、わざとらしいシャドウボクシングをしながら、担任教諭のもとへと向かっていく。


「覚悟はいいか、マト公? 一発KO、奪ってやるよ!」

「試験課題は、デスマッチです。息の根を止めるところまで、やるように」

「そいつは願ったりかなったりだな! 後悔して、命乞いするんじゃねえぞ!?」


 クラスメイトたちが、佐藤の行く末を息を呑んで見守る。

 サッカー部のレギュラーと中年教師の双方が、拳の間合いに入る。

 佐藤は、悪意の満ちた笑みを口元に浮かべて、右腕を振りかぶる。


「ふん……っ!」

「はグびゅ!?」


 サッカー部のレギュラーの動きは、拳が振り下ろされるまえに、止まった。

 がっしりとした佐藤の身体がよろめき、仰向けに倒れこむ。

 目にも止まらぬ速さで放たれた担任教諭の右ストレートが、サッカー部のレギュラーの顔面に叩きこまれ、文字通り、鼻面をへし折っていた。


「あビ……ず……」

「ふむ……まだ、生きていますか」


 中年教師は、止めどもなく鼻血をあふれさせる佐藤を、無感情に見下ろす。

 左足に体重を乗せて、躊躇することなく、教え子の首を踏み砕く。

 数名の生徒が、金切り声のような悲鳴をあげる。


「静粛にッ! 試験中ですよ!!」


 担任教諭が大声で言うと、しん、と静寂が教室を満たす。

 ようやく、ことの重大さを実感した生徒たちの体感温度が、数度下がる。

 佐藤の死体を、足で動かしながら、中年教師は無表情な顔をあげる。


「では、ここからは学籍番号順で……安藤?」

「はひ……っ!?」


 担任教諭に指名された学生は、びくっと背筋を伸ばす。

 しかし、立ち上がることはできない。中年教師は、小首をかしげる。


「どうした? 早く、まえに出てきなさい」

「あ……あ、あ……」


 安藤は顔面蒼白になり、がくがくと全身を震わせる。

 おそらく、腰を抜かしたのだろう。担任教諭の指示に、従うことができない。

 中年教師の四角いメガネが、ぎらりと光る。


「安藤。試験スケジュールの遅延は、感心しません」

「あ、すいませ……ゆるし、て……」

「謝罪を求めているわけではないのですが……とりあえず三十秒待ちましょう」


 担任教諭は、無慈悲なカウントダウンを開始する。

 立ち上がる様子を見せない安藤に対して、二十秒を切ったところで、中年教師は自ら歩み寄っていく。

 安藤は、死の恐怖に失禁する。揶揄する者も、咎める者も、教室内にはいない。


「10、9、8……」


 十秒を切ったところで、担任教諭が安藤の背後に立つ。

 学籍番号先頭の学生は、歯を食いしばり、まぶたを固く閉じる。


「……3、2、1……ゼロです」


 ごきり、と音を立てて安藤の首がへし折られた。

 学籍番号先頭の学生は、物言わぬ死体となって、そのまま床へ倒れこんだ。

 しん、と静まりかえった教室に、だん、と机を叩く音が反響する。


「黒原先生! この試験は、不公平だッ!!」


 勢いよく立ち上がったのは、優等生の鈴木だった。

 四角いメガネを光らせながら、ゆっくりと中年教師は振り返る。


「これ以上、試験のスケジュールを乱して欲しくないのだが……言いたいことがあるのなら、一応、聞いておきましょう」

「最初の佐藤君は運動部、次の安藤君は文化部所属です……この試験内容では、運動部に所属している学生が、圧倒的に有利だ……」


 成績優秀の学生は、担任教諭をにらみつける。

 当の中年教師は、なんだそんなことか、とばかりに肩をすくめる。


「個々人で能力差があるのは当たり前、そのうえで課題解決を目指すのが教育改革の目的。それに、こう見えて先生、相手に合わせて加減をしています」

「ぐ……」

「それでは、次。順番を変更して、鈴木。来なさい」


 優等生の鈴木は歯ぎしりをしながら、不承不承、担任教諭に向かっていく。

 学業の成績は目を見張るものがあるが、体育に関しては凡庸な生徒だ。

 中年教師に殴りかかろうとした成績優秀の学生は、頭突きの返り討ちを喰らって昏倒させられると、とどめを粛々と刺された。


「次。学籍番号順に戻って、高橋」

「はい、センセイ」


 優等生の死体をわきに除けながら、担任教諭は次の生徒を指名する。

 名字を呼ばれた女子学生は、素直に指示に従う。

 最初の犠牲者である佐藤のガールフレンドという噂もある、眉目秀麗な学生だ。

 高橋は、殴り合いの間合いの少しだけ外で、足を止める。

 少しばかり、中年教師はいぶかしむ。女子学生は、ひきつった笑みを浮かべる。


「センセイ。こういうのは、お好き?」


 高橋は、担任教諭の眼前で、制服のスカートをまくり上げる。

 校則上は禁止されている (もっとも下着検査など行われなくなって久しいが)、派手なレース仕立てのセクシーランジェリーが露わになる。


「センセイさえ、よろしければ……放課後に、お相手しますけど?」

「あー、待って! 待ってください!!」

「わたしも! わたしたちも、おつき合いします!!」


 どよめく生徒たちのなかから、二名の女子が慌てて立ち上がり、駆け寄る。

 高橋の友人──と言うよりも、スクールカースト上位の女王様の取り巻きだ。

 女王の側近たちはブラウスのボタンをはずし、ブラに包まれた第二次性徴途上の乳房をさらけ出して見せる。


「いかがかしら、センセイ? JKとの4Pなんて、そうそうできることじゃ……」

「ふん、ふん、ふん……ッ!」

「オばアっ!」「はベッしゅ!?」「ギョべえ!!」


 担任教諭は、残像が見えるほどの三連続パンチを放つ。

 三人組の女子の整った顔立ちは、見るも無惨にぐちゃぐちゃとなった。


「教師と学生の淫行撲滅も、教育改革の一環です……それでは次、田中」


 女子たちの遺体を、ゴミ袋でも扱うように投げながら、中年教師は言う。

 指名された田中は、すっと立ち上がり、背筋を伸ばして歩み出る。


「言っておきますが、田中。親の七光りは、教育改革には通用しない」


 担任教諭は、四角いメガネを光らせつつ、抑揚のない声で言う。

 緊張を隠せない表情の田中は、某大企業の重役の息子だ。

 通常であれば、なんらかの便宜べんぎ忖度そんたくを測られる立場だろう。


「……先生。どうぞ、こちらを」


 中年教師の前に立った田中は、営業マンのように深々とお辞儀をする。

 同時に名刺を差し出すような格好で、なにかを担任教諭に提示する。


「良きに計らっていただければ、試験後、暗証番号をお教えします……」


 大企業重役の息子が差し出したのは、クレジットカード──それも、限度額無制限のブラックカードだった。

 伏せられた田中の顔に、にやりと笑みが浮かぶ。

 大企業重役の息子は、上目遣いで中年教師の反応をうかがう。


「……贈賄、認めるべからず!」

「べっグぽ!!」


 肥満体型から想像もできない鋭いハイキックが、田中のあごを捉える。

 大企業重役の息子の身体は、空中で一回転して、床にたたきつけられる。


「二連続不正とは……教育改革もナメられたものです」


 担任教諭は、田中の命を奪うと、遺体を動かしつつ、つぶやく。


「残りの諸君は、あまり失望させるようなことは、しないように。次は……」

「あー。センセー、次、オレでいいっすか?」


 教室の後方から、気だるげな声が聞こえる。

 中年教師のみならず、学生たちの視線が、一斉に向く。

 身なりからしてガラの悪い男子が、右手を挙げている。

 暴力沙汰の事件を起こすことが多い、不良学生の山本だ。

 警察の世話になったことも、一度や二度ではない。


「佐藤のヤツの割り込みは、良かったんだ。オレだって、いいっしょ?」

「……あまり、例外を認めるものではないですね。仕方ありません、来なさい」


 担任は、学生の申し出を、渋々と承認する。

 不良学生は立ち上がり、両手をポケットにつっこんだまま、猫背で歩き出す。

 周囲で息を呑む学生たちに、ときおり山本は目配せをする。


「わざわざ立候補したということは、なにか勝算が? 三回連続で不正では、さすがに先生も、うんざりですよ……」

「……オラアッ!」


 間合いに踏み込むと同時に、ポケットのなかから引き抜かれた不良学生の右手のなかで、きらり、となにかが輝きを放つ。飛び出しナイフだ。

 四角いメガネ越しに、中年教師の両目が見開かれる。

 山本は、担任教諭の心臓めがけ、逆手に持った凶刃を振り下ろす。


「チィ……ッ!?」


 不良学生は、舌打ちする。中年教師は、とっさに人体の急所を守った。

 ナイフが、担任教諭の右の二の腕に深々と突き刺さられる。

 狂犬のような不良学生と、利き手を潰された中年教師は、もみあいとなる。


「がんばれ……! やれ、山本ッ!!」

「殺せッ! 死ぬんじゃねえぞー!?」


 普段は距離をとっていたクラスメイトたちが、不漁学生に声援を送る。

 もしかしたら、この狂気の試験が終わるのではないか? どうにか、生還できるのではないか? そんな淡い期待が、教室内に芽生え始める。


「山本……先生、ステゴロ、と言いましたよね? 武器の使用は、規則違反だ」

「ブげ……うグぁ……」


 しかし、最終的に立ち上がったのは、中年教師のほうだった。

 担任教諭は、右腕に突き刺さった刃を左手で引き抜くと、不良学生の首をかき切っていた。

 山本は動かなくなり、首筋からあふれた血が、床を赤く染めていく。


「とはいえ、前の二人に比べれば、アグレッシブな不正だったことは認めましょう。では、次の生徒は……」


 中年教師は、ワイシャツの袖を破り、包帯代わりに傷口を巻こうとする。

 その瞬間──


「いまだッ! 山本の犠牲を、無駄にするな!!」


 担任教諭の指名を待たずして、三人の男子学生が一斉に飛び出す。

 レスリング部の加藤が、中年教師の下半身にタックルを喰らわせる。

 柔道部の小林が、ナイフを握る左腕の関節を極める。

 空手部の中村が、中年教師の右側頭部へ回し蹴りを叩きこむ。


「油断するな! 巡ってきたチャンスを無駄にするな!!」


 格闘技の部活に所属する三人は、担任教諭を床に引きずり倒すと、そのまま殴る蹴るの打撃を加え続ける。

 さしもの中年教師も、四肢をけいれんさせると、やがて動かなくなる。


「やった……殺人教師を倒したぞ……俺たち、助かったんだッ!」

「……先生、タイマンと言いましたよね? 複数人がかりは、規則違反です」


 格闘技部の三人組が、勝利の雄叫びをあげようとした刹那。

 パン、パン、パン、と三発の乾いた銃声が響く。

 俺のすぐわきを通り抜けて、一つの人影が教室に入っていく。


「……誰かが担任教師を殺した場合、どうなるか? これが、答えです」


 頭髪がハゲかかり、腹肉がベルトの上に乗り、四角いメガネをかけた……

 担任教師とまったく同じ風貌、変わらない声音の男が、そこにいた。

 唯一の差異は、硝煙の立ち登るリボルバー拳銃を手にしていることだ。


「安心してください。拳銃の使用は、重大な違反と判断したときのみですから」


 中年教師は、撃ったぶんの銃弾を、手慣れた様子で回転式弾倉に装填すると、腰のホルスターに納める。

 (奇妙な言い方になるが) 一人目の担任には、そんなものはなかった。


「しかし、惜しい。三人とも、規則に則って試験を受ければ、合格しただろうに」

「うわああぁぁぁ──ッ!!!」


 ぶつぶつとつぶやく担任教師をよそに、数名の学生が金切り声をあげる。

 死の恐怖と緊張に加え、銃の使用まで見せつけられ、限界に達したのだろう。

 教室の後ろ側の扉から廊下に飛び出し、恐慌状態で一目散に逃亡していく。


「我々が、脱走を想定していないと思いましたか? 浅はかです」


 俺の背中から、どたどたと数名ぶんの足音が聞こえる。

 新たな担任教諭が、三名、新たに現れ、逃亡者を追いかけていく。

 その手には、教室内の中年教師同様、リボルバー拳銃が握られている。


「──きゃあッ!?」


 脱走を試みる一団のなかから、落伍者が現れる。

 女子学生の一人が、足をもつれさせ、転倒した。

 追跡する同じ顔の担任教諭は、ためらわず発砲し、こめかみを撃ち抜く。

 続けて、階段を降りようとする集団に向かって、立て続けにトリガーを引く。


「ぬグあッ!」「ブぎぃ!?」「グぼッび!!」


 ほとんどの逃亡者が、急所を撃ち抜かれて絶命する。

 狙いがそれて、足に命中した男子学生は、階段から転がり落ちる。

 三人の中年教師の一人が、念入りにとどめの銃弾を撃ちこむ。


「とはいえ……余計な手間は、かけさせないでもらいたい」


 同じ顔の担任教諭たちは、わざわざ死体を引きずりながら、廊下を戻ってくる。

 集団脱走の第一陣に続こうとした学生が、後ろ扉で教師とはち合わせになる。


「ひ……っ!」

「まだ教室を抜け出したわけではありませんから、多めに見てあげましょう」


 中年教師は、引きずる死体のえり首から右手を離すと、拳銃を抜き撃ちする。

 逃亡未遂の男子学生──佐々木は、太ももを撃ち抜かれ、ひざを突く。


「……おグぅ!?」

「次、佐々木」


 教室の前方で、また一人の学生の命を奪った担任教諭が、名前を呼ぶ。


「ほら。君の番ですよ、佐々木。早く、前に行きなさい」

「あ、歩けませ……ん」

「そうですか。仕方ありませんね。受験拒否と見なします」


 逃亡未遂の男子学生は、頭部を撃ち抜かれ、また一つ死体が増える。

 三人の中年教師は、見せしめのように屍を引きずりながら、教室を歩く。


「見てのとおり、先生の予備は複数用意されています。殺したら試験が続けられないんじゃないか、という余計な心配は無用。安心して、かかってきなさい」


 もはや半数未満となった学生たちは、『安心』とはほど遠い表情を浮かべる。

 予備の教師たちは、教室のすみに、事務的に、生徒の遺体を積み上げていく。

 俺は、担任から視線をはずし、学生たちを一瞥する。


「さて、次は……」


 試験を執行する中年教師の言葉を、残された生徒は青ざめた顔で聞いている。

 なんらかの一芸に秀でた学生は、もういない。あとは凡庸な人間だけだ。

 もはや脱走する意志もくじかれ、処刑を待つばかりの重苦しい空気が満ちる。


「……井上。前へ来なさい」


 がくがくと震えながら、お調子者の男子学生は、担任教諭のもとへ向かう。

 殴り合いの射程に入る直前に、勢いよくひざをついて、頭を垂れる。


「黒原センセー! いままでナメたことして、すいませんでしたッ!!」


 井上は、サッカー部の佐藤と並んで、担任教諭をからかう筆頭だった。

 試験を進める中年教師は、お調子者の男子学生の土下座を見下ろす。

 その目つきは、西日を反射する四角いメガネ越しで伺えない。


「私怨は、ありません。あくまで……いまは、定期試験の時間です」

「ぼグわッ!!」


 担任教諭は、右足のかかとで井上の後頭部を、思い切り踏みつぶす。

 お調子者の男子学生は、うつ伏せに倒れ、けいれんし、動かなくなる。


「それはそうと、ナメたことをしていた自覚があるなら、もっと早く反省するべきでしたね」


 予備教師が死体を動かすあいだ、担任は生徒たちを品定めするように見回す。


「……それでは、次。清水」

「はい……」


 中年教師に指名された女子学生は、小さな声で返事をする。

 いつも休み時間には本を読んでいる、物静かな少女だ。

 清水は力なく立ち上がると、静かに教室の前へ向かう。

 勝算があるというより、すべてをあきらめ、受けているようだった。


「先生……わたし、人を殺すなんて、とてもできません……」


 担任教諭の前に立った文学少女は、上目遣いで、震える声で言う。


「だから、せめて痛くしないで……」

「……ダメです」


 中年教師は、清水の右の頬を、加減無しで殴りつける。

 文学少女の華奢な身体が揺らぐと、反対側から拳を振るう。

 相手が倒れこんでも、まだ息があると見ると、担任教諭は馬乗りになる。

 そのまま、女子学生が動かなくなるまで殴り続ける。


「見た目よりも、生命力がありましたね。少々、手間取りました」


 中年教師は、立ち上がりつつ、血にまみれた拳をハンカチでぬぐう。

 予備教師が、文学少女だった死体を横に運ぶ。

 と、予備教師の一人が、教室の一角に視線を向ける。


「……やべッ」


 小さく声を漏らしたのは、教室後方のすみの席に座る男子学生の阿部だった。

 身をかがめ、前の生徒の影に隠れるような姿勢をとっている。

 予備教師の一人は、阿部の席のもとへ歩み寄っていく。

 身をかがめる男子学生は、手元に隠すように携帯電話を握っている。


「クソッ、なんで電波が通じないんだよ!」

「阿部。試験への携帯電話の持ち込みは、禁止……常識ですが?」

「……警察に通報するんだよ! 殺人、虐殺だろうが……こんなの!!」

「……カンニング、およびに反省の意志無しと見なします」


 携帯電話の使用を咎めた予備教師は、目にも留まらぬ動きで拳銃を引き抜き、阿部の額の中心を撃ち抜いた。

 クラスメイトが銃殺されても、悲鳴を上げる気力は、学生に残されていない。


「それと、虐殺呼ばわりは侵害ですね。これは、教育改革です」

「それでは、試験を続けましょう。次の学生は……」


 担任教諭は、残りわずかな学生相手に、粛々と定期試験を続けていく。

 もはや、タイマンデスマッチという題目すら成立してない。

 戦意を失った生徒相手に対する命の刈り取りは、もはや殺人すらも通り越して、家畜に対する屠殺とでも言うべき、淡々としたものになっていた。


「さてと、最後の一人になりましたか……石川」


 小柄で、勉強も運動もパッとしない男子学生が指名される。

 石川は、いまにも泣き出しそうな顔で、おどおどと担任教諭のもとへ向かう。

 小柄な男子学生と、担任教師との殴り合いが始まる。

 案の定、一方的な展開となり、すぐに石川は殴り倒される。


「黒原せんせい……」


 小柄な男子学生は、教室の床をなめながら、俺のほうを見る。

 俺は、教室前方の半開きの扉越しに、廊下側から視線を返す。

 石川は、担任教諭を小馬鹿にすることのなかった、唯一の学生だった。


「……助けて」


 石川が、俺に向かって手を伸ばす。中年教師が、その首を振み砕く。

 俺に助けを求めた小柄な男子学生は、脱力して、動かなくなった。

 同じ顔をした四人の担任教諭が、俺のほうを向く。


「なにが……起こっているんだ……?」


 俺──黒原真くろはら まことは、唖然としてつぶやく。

 ハゲかかった髪、ベルトの上に乗るたるんだ腹肉、丸いフレームのメガネ。

 担任を務めるクラスの学生が、俺の眼前で皆殺しにされた。

 俺と、まったく同じ姿形の男たちの手によって。

 あまりにもリアリティの欠けた惨状に、いままで一歩も動けなかった。

 刹那のような、それでいて永遠のような矛盾した感覚を味わっている。


「校長は、把握しているのか……? 保護者には、どう説明するんだ……?」


 俺のなかの停止した時間感覚が、少しずつ動き出す。

 生々しい血の臭いが鼻を突き、思い出したように吐き気を覚える。


「教育改革の一環ですので、問題ありません」

「必要な立法措置は、すでに国会で完了しています」

「ですので、これは完全な合法行為です」

「そもそも、我々は人間ではないので、法律は適用されませんが」


 俺と同じ姿をした、四人の何者かが口々に説明する。

 いつの間にか、俺は四方を取り囲まれて、退路を失う。

 俺の額を、脂汗がつたう。


「おまえたちは、何者なんだ! クローン人間か!?」

「それは国家機密です……しかし、教育改革のために用意されたのは事実です」


 狂乱じみた俺の問いに、同じ顔の男の一人が、無感情に答える。


「黒原先生もご存じのとおり、教育の要求水準は、日々、高度化しています」

「一人の教師のマンパワーでは、とても賄いきれるものではありません」

「そこで教育改革の一環として用意されたのが、我々、というわけです」


 四方を囲む、俺と同じ風貌の男たちが、次々と言葉をつなぐ。

 まるでテレパシーかなにかで、一つの意識を共有しているかのようだ。


「だからって……皆殺しにしたら、教育にならないだろ!」


 俺は、思わず声を荒げる。

 同じ顔の男たちは、一瞬、互いを見つめあい、ふたたび俺へ視線を向ける。


「有識者会議の要求をもとに、AIが導き出した結論です」

「将来有望な子供に、限られたリソースを集中せよ、とのことでしたので」

「『選択と集中』の一環でもあります」

「それに……我々の行動原理には、あなたの要望も反映されています」


 俺と同じ風貌の男が最後に紡いだ言葉に、思わず息を呑む。

 俺が、この惨劇を望んだというのか? 心当たりが……


「……いや、待て」


 俺は、おぼろげな記憶をたぐり寄せる。

 たしか数年前、文科省からの教職員に対する匿名アンケートがあった。

 教育現場の働き改革に活かす、との話だった。


「そうだ、あのとき……」


 いつもの通り、学生たちにナメられた俺は、しこたま酒を呑んだ。

 泥酔した俺は、どうせ匿名だから、とアンケートに殴り書きした。

 生徒たちを皆殺しにしたい、と。そして、そのまま封に入れ、提出した。


「だけど! 匿名アンケートだろう……なんで、知っている!?」

「それは国家機密です」


 俺の正面に立つ男が、こともなげに言った。

 まあ、自分と同じ風貌の男が複数人現れるよりは、検閲のほうが現実味はある。


「しかし、黒原先生のクラスからは、一人の合格者も出ませんでしたね?」


 右側に立つ男が、話題を変える。

 俺は、不穏な風向きが自分の命へと向くのを感じる。


「学生の試験の結果は、担任の責任と言わざるを得ません」

「黒原先生には、教師としての資質が不足しています」

「ご安心ください。あなたの職務は、我々が引き継ぎますので」


 ごりっ、と後頭部に固いものが押しつけられる。銃口だ。

 逃げ出すことも、悲鳴を上げることもできずに、銃声が響く。

 悔恨の念を抱くことすら許されず、そこで俺の意識は途絶えた。

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