雪の下に人を埋める話
響華
「人を埋めるの、手伝ってくれませんか?」
ザク、ザク。
ザク、ザク。
金属製のスコップが、真っ白な雪をかき分けて。掘り進む音が、しんしんと降る雪に包まれて消えていきました。
ザク、ザク。
ザク、ザク。
積もるよりも早く雪が掘られて、少しずつ深く穴が出来ていきます。
「……北の方ではさぁ」
と、ぽつり。
スコップを動かす手を止めないままに、花菜は口を開きました。
一緒に出た息が白に変わって、行き場をなくしたように空へと消えていきます。それを名残惜しそうに見送りながら、彼女は言葉を続けます。
「野菜を雪の下に埋めるらしいよ」
「越冬野菜でしたっけ」
「そうそう、なんでも甘くなるんだってさ」
「凍らないように糖分を増やすらしいですね」
花菜の言葉に、染葉矢は敬語で返します。花菜より一回り背の短い、眼鏡をかけた女の子でした。
長く伸びた黒い髪が、降り積もる雪と対照的で。まるで絵画のような独特な雰囲気を纏っています。見る人のほぼ全員が綺麗な姿と答えるであろう彼女は、花菜に一緒に穴を掘ってもらうように頼んだ張本人です。
「人ってさ、雪に埋まったら凍る?」
「だから掘ってるんじゃないですか」
「いや、凍死しないように甘くなったりするのかなって」
がす、と音が少し変わって。掘り起こした雪に土が混ざっているのに気づいた花菜は、いそいそと少しの雪を敷き直します。
その、様子をじっとみながら、染葉矢は静かに言いました。
「……なりませんよ、甘くも綺麗にも。ただ、今あるものが残るだけです」
「そっか」
「それに、いくら綺麗になったって……穢れが、消えるわけじゃないです」
「……そっか」
染葉矢がスコップを放り投げて、一歩。いつもより花菜を見上げます。
「ああ、眼鏡。どうしましょうか」
「そのままでいいよ、染葉矢らしいもん」
「では、そのままで」
ステージのような場所で。
ステージと違って周りよりへこんだ場所で。
染葉矢はゆっくりと歌い始めました。優しい声でした。笑っていました。泣いていたかもしれません。
掘ってた時とは違って、花菜は一人で穴を埋めました。掘って埋めるなんて意味の無いことを、一人でゆっくり行いました。
歌がひとつ、ふたつ、みっつ。やがて積もる雪にかき消されて。
花菜は、お家に帰りました。泣き声は、最後まで雪に包まれて。街の中の人に届く前に無くなりました。
彼女の綺麗を覚えているものは、もう彼女しかいなくなりました。
雪の下に人を埋める話 響華 @kyoka_norun
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます