二人は歩く
「……追ってこないの?」
「……追いませんよ。そもそも今回の聖剣の選別は非公式です。大半の人があずかり知らない。聖剣が折れたことも……当分秘密にしておきましょう」
「……それでいいの? この国は……これから……」
「構いませんよ。……魔法使い殿は、この国が内情で抱える問題の数はご存じですか?」
「…………あまり詳しくはないけど?」
「民族間の抗争、権力者同士の争い、外国との軋轢、災禍ありきの経済状況、夜盗の蔓延、人売りの常態化、浮浪者の増加……、こういってはなんですけどね。この国は聖剣がなければ、とっくの昔に滅んでいましたよ」
「じゃあ……なおのこと」
「……そうですね。ただ共通の敵を持つと言うのは素晴らしいことですが、同時に隣人との問題を、人と人が向き合うことを蔑ろにすると言うことでもあります」
「……」
「そういった、どこの国でも戦っている当たり前の苦しみを、この国は聖剣と災禍という機構に丸々押し付けてきたんです」
「…………」
「聖剣というおとぎ話の夢から、そろそろ覚めるころなのです。ただその事実が、今たまたま目の前に現れただけですよ」
「……あなたはどうするの?」
「……まあ、ほどほどに頑張ります。それでも無理そうなら、さっさと逃げますけどね。なにせ、私、湖畔のテラスで本を読みながら隠居するのが夢なので」
「…………」
「行ってください。あなたたちはもう充分、誰かの期待を背負ったんです」
残りの人生はどうかあなたたち自身のために使ってください。
そう言葉を遺して、男は去った。
私とニイナは、何も知らない人々の中をそっと抜けだして、外の国へと旅立った。
たくさんの期待に背を向けて、私達の人生を誰も知らないうちに歩き始めた。
※
街道を少女と女が二人手を繋いで歩いていく。
もう聖剣の担い手でもなんでもない。特別な力も何もない、ただの二人が手を繋いで歩いていく。
少女は旅を始めた時、少しだけぐずっていたけど、やがて落ち着いたら意気揚々と旅の道を歩き続けた。
もう誰の期待も背負う必要なんてない、彼女たちの幸せを、彼女たちの人生を二人で寄り添いながら歩いてく。
そんなもの、背負わなくても、特別でなくても、生きていていいのだと、ようやく実感が持てたから。
もう、誰かの期待に使ってしまった人生は戻らないけど。
少女が否定され続てきた時間も無くなりはしないけど。
失われた大切な人も、どうやっても戻らないけど。
だからこそ残された忘れ形見であるお互いを、ただ大事に抱きしめながら。
二人は振り返らずに歩いていく。
少女と魔法使いの行く末は誰も知らない。
もう聖剣による、誰かが望んだ、都合のいい物語は終わったのだから。
それでも彼女たちは前を向いて歩いてく。
誰に望まれたわけでもない、彼女たちの人生を。
誰よりきっと、彼女たち自身が望んだ人生を。
二人で寄り添って歩いていく。
結末はきっと、いつかの彼女たちだけが知っている。
おしまい
ある聖剣の担い手 キノハタ @kinohata
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