影縫機関【陰】

あさひ

第1話 闇を裂く黒

 星が瞬いた

しかし光は届かない

すべてを食らうほどに闇だから

それは届かない。

【心に星と光は在る】

 この言葉という祝詞が

闇である影【シキガミ】の救いだからだろうか

いや恐らく夢だから

希望なのだろう。

【叶わぬとも】


 限りなく満面の星空が

頭上に広がってる

機械から移しだされた仮想の星々は

少女の目を攫い続けていた。

「あれってスピカ? 私のお母さんだっけ?」

 星を指さし

そう隣の女性に聞く。

「違いますよ」

 淡々ときっぱり言い切ると

ふっと鼻で笑い

こう続けて言った。

「姉はもういませんからね」

 ぼそりと呟く表情は嘲笑に似た

絶望を帯びている。

「悲観しないでね? 私の大事な相棒ステラさん」

 それに反論しているのか

少しムッとした女性はカウンターをぶつけた。

「あなたは浮気者ですね」

「そうだねぇ…… 全部ほしいからねぇ」

 ふふっと笑う姿は

妖しくも狂っていて

取り込まれそうなくらいの魅力を放つ。

「まったく誰に似たのか…… 同じ結末を迎えそうですね」

 冷淡でまっすぐな女性と冷酷で狂気を帯びる少女は

同じ血族だった。

 冷たさでも些細な違いで

別離するのだ

想いも正常の概念も

何もかもすべてが相違する。

「じゃあ行こうか?」

「わかってますよ」

 薄暗いホールから二人の

シキガミが深淵の闇に潜んでいった。


 街灯の少ないビルの狭間で

ゆらゆらと凶器が連動している。 

 黒い鞘に黄色い紐飾りを着けた日本刀が

漆黒に輝きながら舌なめずりをするかのように見える。

 しかも少女が帯刀しているというのが

あまりにギャップがあった。

「まっくー? どしたの?」

 腰にぶら下がる日本刀に少女は

語りかけながらふんふんと頷く。

 となりを歩く女性は

ぴっちりとした黒いパンツスタイルに

隙がないようなスーツ姿で

両脇にホルスターを巻いている。

「変なあだ名はやめなさい……

名刀【黒星之貞宗くろほしのさだむね】ですから……」

 少女の幼くも艶やかな

黒い短髪とは別の魅力を放つセミロングの髪型

見た目ではそうだが後ろでに三つ編みがあり

とても長い尻尾のように揺れていた。

「まっくーが良いに決まってるでしょ?」

 逆に少女が揺らすのは

少し丈が長めのスカートと手の平だろうか

上は黒いパーカー

下はスカートだが黒と白のチェックで

おしゃれなモノクロガーリッシュである。

「うるさいな」

 ひどく低音な男性の声が響くと

少女はぱあっと顔を咲かせる一方で

女性は畏まっていた。

「まっくーで良いぞ」

「やっぱしねぇ」

「だが幸黒ここくの優しさが身に染みる」

「えぇ? 私って優しくないの~?」

 わざとらしい悪戯っぽい笑顔を浮かべ

撫でながら愛おしそうな手つきで触る。

黒姫くろきは本当に自壊しようと必死だな」

「うん! 壊して!」

 言葉を失う低音の日本刀

申し訳なさそうな女性は

身に着けている服を探りはじめた。

「ありました!」

 スーツの右内ポケットから

甘露飴を取り出し黒姫と呼ばれた少女に

はいっと渡す。

「ありがとっ! 生きるって素晴らしい!」

 日本刀まっくーも幸黒と呼ばれた女性も

気づかれぬように心で胸を撫でおろした。

「ん? なんか来たよぉ」

 途端に殺気立つビルの狭間の

暗闇からぬっと白い服を来た女性が現れる。

【私の友達になってよぉぉぉぉっ】

 聞いたものに恐怖と拒絶を呼び起こす声

あまりに高い背は

どんなモノ好きだろうが少し後ずさりをするはずだ。

 しかし目が爛々と輝いた少女は

躊躇いもなく抜刀する。

「待ってください!」

「えぇ?」

 視線から背筋が凍るような殺気が溢れ

思わず身を強張らせる幸黒に

黒姫はニッと笑い言葉を続けた。

「じゃあ決めてよ…… どこまで斬っていい?」

「峰打ちは斬ったことになりますか?」

「嫌だ! なんないよ!」

 駄々をこね出す黒姫を諭すように

楽しい説明を探す。

「そうですね……」

 戦慄しながら固まる目の前にいる異形に

斬りかかりそうな黒姫に待てと指示で留めているが

いつまでもは不可能だ。

「あっ! 骨を砕く感じで行きましょう!」

「それって気持ち良いの?」

「ええ! 苦痛の表情で藻掻きながら命乞いするでしょう!」

 顔に大輪の華が咲き誇り

本当の舌なめずりを見せて

ゆっくり構え消える。

 異形が粉々になるような鈍い音が

何秒後かに辺りに響き渡った。

 この説明でしか

状況がわからないのだから

当の異形はもっと意味がわからないだろう。

【ぐぁ…… あぁ…… うぅ……】

 異形ではなく人の少女が呻くように

助けを懇願する。

 期待した反応と違うのか

間違える度に粉砕の音が鳴った。

「そこまでにしましょうか……」

「嘘つき! 全然たのしくない!」

 涙目で頬を膨らませる駄々っ子は

行動が違うければ微笑ましいが

感情の方向性がおかしすぎる。

「おもちゃではありません」

「だっておばさんが弄っていいって言った!」

「それはどうしようもない悪人の場合です」

 疑問を頭に浮かべた表情で

目の前にいる何かの塊に近い存在を

もう一度だけ見やる。

「なんかきもい!」

「それはあなたがそうしたんですがね……」

 呆れながらも哀れな異形の慣れの果てに

同情の念すら沸きそうだった。

「だってこいつ何人も攫ったやつだよ?」

 ハッと事実に目を覚ます

そうこいつは連続児童誘拐の容疑がある。

「調書を取らないといけませんね」

「そうだよ!」

 ピクピクと痙攣を起こしながら

伸びている異形に自動的に甘くなった言葉を吐いた。

「この程度で済みたいなら攫った子供たちの居場所を吐きなさい!」

【篝火埠頭の第三倉庫……】

 ふうっと安堵した幸黒は

懐から取り出したデバイスで

捜索中の部署に連絡する。

「篝火埠頭の第三倉庫の地下と思われるため

捜索隊は重点的に当たるように!」

【なんでぇ……】

 どうやら心の淀みを見たらしく

言葉の隠者を暴いた。

 幸黒の異能である

【心闇のよどみきり】が

嘘という淀みを透けさせる。

 そんな中で忘却の彼方から

まっくーこと黒星貞宗が一言だけ呟いた。

「あとで手入れだけはしっかりとされたいな……」

 黒姫は凄まじい剣術だが

扱いが少し不慣れで刀側からすると

相当な酷使を強いる。

「まったく…… お前たちは手加減を知らんな?」

 後ろから不意に

若くも老けた声が突き刺さった。

「局長様…… 申し訳ありません……」

「それはどうでも良い! それよりもだ!」

 焦燥に染まった表情で黒姫に駆け寄ると

ぎゅっと抱きしめた。

「黒姫っ! 無茶をするな!」

「やめろ! キモ親父!」

 藻掻きながらバスバスと叩く少女を

無視しながら頭をゆっくり撫でる。

 娘の安全を堪能した男性は

笑いながら少女の頭を軽くポンポンと叩いた。

「すまないな…… 幸黒さん」

「いえ姉ならもっとちゃんとするでしょうに……」

「幸虚は不器用だから君みたいにはいかない」

 だから上手い方だと快活に笑いながら

黒姫の手を繋ごうと読み合いを始める。

 そんな様子にクスっと笑う幸黒は

よかったと心から思った。

「狂気の元が平穏なのは愛ゆえにですかね」

 狂っているがいずれは

ああなってくれるはずという微かな希望が見えている。

 まるで流れ星が瞬くように

そして願いを託すように

 第一話 前半 おわり

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