第18話 『おやごころ』


 ぷつんと、繋がりかけていた力が途切れた。引き止める何かがあったんだろうが、少し物寂しく感じる。


 …あの子の母は人間だった。だから体が人間で魂はこちら側。あの子があの泉で人間性を見失えば簡単に帰ってくることは出来ただろう。だがそれは人としてはもう生きれないということでもある。


『それが良かったのか悪かったのか』


 可愛いと思うかどうかは分からない。あの子は私にとって後継という意味が大きい。だがあの子の母がいたならばそれを知れば私は張り手でもされていたろう。


『まだ待てる、お前はお前の選択を大切にするのだ』


 深く深く意識を落とせば世界へ繋がるのが分かる。人間は忘れているが人間もまた自然の一部でしかない。愚かにも神話の時代を忘れ、自分たちが生まれた意味を忘れ、正しさを忘れた者達。


 その中に私の後継こどもがいる。


『シュコウ…なぜ私からあの子を引き離した』


 私の元で育てばあの子があんなに苦しむことはなかったのでは無いか。そうしてまで私から引き離す意味があったのか?


 あの男によく似た人間が理由か?


 答えが返ってくることは無いとしても聞きたくなる。あの子の母親として接する少ない期間ですら捨てるほど、それが意味ある行為だったのか。



『全く、人間の考えはわからん』


 あの子のことも、その母のことも。


 だが、あの子の傍には善良な者しか今はいない。ならばいずれここにも来るだろう。


 私はそれを待つことしか出来はしない。


 人間も愚かだが私も相当だろう。



『早く、大きくなりそして跡を継ぐのだ 』


 私の望みはそれだけだ。



 今暫く、あの子達を見守ろう。それが一番最初のあの子の選択なのならば。


 ────────────────────


 私はこの国が嫌いだった。

 王族もみんな。嫌いになった。


 貴族が民を見下し、民を殺し。王族の血を引いているからと言うだけで私はあの男へ嫁ぎ子を産むことになった。


 シエル。あなたは救いだった。

 本当に、本当に救いだった。


 照れくさそうに笑うシエルに、私も笑い返す。それがなんて幸せなことか。迎えを待ってくれた神に感謝しないといけない。


 今はクロエと名乗る優しい子。彼女がきっと隣にいてくれるならシエルは諦めなくて済む、諦めればきっと怒ってくれる。


 今のように。


 不安は死んだ今も消えない。無事に生きて生き延びて、できれば幸せになって欲しい。


 そのためなら私はなんでもできた。死ぬことだって。でもクロエちゃんの言う通りあの男を頼るべきだったのだとも今ならわかる。


 置いていって、ごめんなさい。でも貴方を連れてくことなんてできやしなかったの。


『シエル』

「母上?」

『気を付けて、あなたの“赤”はまだ消えていない』


 貴方は私と共に逝きたかったと言うけれど、私はそれを望まないし、きっと今はもうそう思ってはいないとわかっている。


 だから気をつけて欲しい。




『この国の王都へ向かいなさい、そして…あの子に会うのよ』


 貴方は望むとおりに生きるの。

 その為にきっとあの子なら貴方を守ってくれるから。


「あの子?」


 きょとんと不思議そうな顔をするシエルが幼く見えて私は溢れそうになる涙を堪えた。私に泣く資格なんてない。それでも悔しさがあふれるのをどうしたらいいかも、もうわからない。



『私の弟よ』


 信頼出来る、とても大切な私の弟。


 シエル、貴方は1人になんてならないの。今も昔も。



 それを彼から聞くべきだと思うから。



 赤の消えない、赤に望まれた、私の子供たから


 どうか、幸せになって、私はずっとずっとそれを願い続けるから。



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不遇王太子のぶらり旅 星屑 @hitotuno-hosikuzu

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