第18話 『良くない癖』
シエルには癖がある。
それはあまり良い時に出ないもので、まず目に出る。感情が乗らなくなり、かと言えば表情は笑みを浮かべ続ける。辛ければ辛いほど、自分から誰かに頼ることを知らないシエルはそうやって王宮で生きてきた。
「言えませんか?」
「…言うほどの事じゃないよ」
「僕が知りたいんです」
シエルが困って目尻を垂らす。それに少しホッとした。まだそんなに思い詰めてはいないようだ。
「少し、戦っただけだよ」
「誰と?」
「私達のことを嗅ぎ回っている男が居てね、情報収集がてら少し脅しておいた」
だからかと、僕はシエルの顔を見る。
―――――シエルは人を傷付けることを怖がっている。
それはトラウマとも言える光景。
倒れる僕とシエルの母親達。
広がる血が彼女達の命の雫であり、死んでしまった証だった。だからかシエルは人を傷付けることを恐れた。
冷たく接し突き放す事で強い怒りを抱かないようにしていた。死んでも感情が揺らがぬように心を殺した。
「あの剣を使ったのですか?」
「剣?」
「錆びたあの剣ですよ、嵩張っても常に手元に置いていたあれを使ったんですか?」
「いや、錆びているからが抜けないんだ」
「では魔法で?」
「うん、まぁ…ちょっと特殊な魔法でね 」
僕と離れていた時のシエルがどう過ごしていたか。はっきりとは知らない。だけどシエルが自分らしさを完全に隠してしまうような目にあっていたことはわかっている。僕が知るだけでも何度も死にかけていた。
死の淵にいつだってこの方は立ちながら表情を、感情を殺しあの場所にいた。
それにどれだけ僕が泣いても困ったようにするだけで本心は語ることは無かった。仕方ない。慣れている。そんな言葉でいつだって隠してしまうような方なんだとよく分かっている。
「クロエはなぜ僕に任せたかお分かりですか?」
「……君が私の乳兄弟で1番身近な存在だったから」
「それが分かるならクロエの歯痒い気持ちも分かりますね?あの人も貴方の友人なのでしょう」
「友人…そうだね、ヴァンを抜いて唯一あの場所で…友人と言える人だった」
懐かしむようなシエルになぜ分かってくれないのかと少し怒りを抱くが長く持ちはしなかった。そうさせてしまったのは僕であり、クロエであり、あの愚かな国だった。
強くなる感情を抑えてゆっくりと息を吐き、そして出来るだけ優しく語りかける。
「やりたくない事はやりたくないと言っていいんです」
「やりたくない訳じゃない」
「なら何故そんな顔をしているんです」
「っ」
頬を抓って文句を言えばポカンとシエルが僕を見る。僕は目の前のこの不器用な乳兄弟についてよく知っていると自負している。こういう顔をしている時は自分を責めているときだ。
目が少しゆらぎ、でも直ぐに真っ直ぐと僕を見る。
素直じゃないのは、あの方譲りだろうか。
「そんなに変な顔をしていたかな?」
「いいえ」
「ならどうして――」
「表情が変わらなすぎるんですよ、まるであの場所にいた時みたいに」
目を見開き固まるシエルの頬から手を離す。少し赤くなってしまったが、完璧すぎるシエルの頬につねられたあとがあるだけでさっきよりもずっとマシの顔だった。
人形の様な。丹精込めて作られた表情は美しくよく出来ていて、そして何も知らぬ人から見ればただ魅力的なだけだろう。
だけど僕の知っているシエルはもっとわがままで自由人で、感情豊かなんだ。
「嫌ならしなくていい。嫌なことをしたくないからここまで来たんですよ」
「……でも」
「もしどうしようも無いなら相談しなきゃダメじゃないですか。仲間なんだから」
シエルは有能だ。そして不運な事に精神力もある。強く真っ直ぐで曲がる事もせず自信ありげにいる。もしかしたらだからあの愚かな王達はこの方を嫌っていたのかもしれない。
「貴方らしくいれる場所に僕は居たい。そしてそれはクロエもシエラも同じです。貴方らしくいる為に協力は惜しみません。話したくないことがあるなら話さなくても結構です。話さないなら――」
「話さないなら?」
「勝手に付きまとって話さなくても知るだけです」
きょとんとして吹き出すように笑うシエルに変に力が入っていた手から力が抜けていく。
困ったように眉を下げるのも笑っているのも変わらないのに大丈夫だと思える。
「付き纏うんだ」
「話したくないなら仕方ないでしょう」
「そっとしとくとかは無いの?」
「そっとしといて良くなった試しがありますか?」
軽口を返せばシエルは本当に楽しそうに笑った。
「君は本当に私のことが好きだね」
「お互い様でしょう」
「ふふ、それはそうだ。ヴァン、心配かけてごめんね」
「クロエとシエラにも謝るように。勝手に出歩いてそんな顔で帰ってきたんです。しばらく一人になれないと思ってください」
「覚悟しとくよ」
シエルがシエルらしく居れる場所。僕が唯一居場所として求める条件はそれだけだ。この人が誰かに理想を押し付けられる場所なんて許さない。
それが例えシエル自らが肯定したとしても僕だけは否定してやらなきゃいけない、そう強く再確認してまたシエルの頬を抓ってやった。精々反省してくれればいいんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます