第17話 「適任」


「…ん〜」


 アウレア辺境伯がシーファ嬢であるクロエを探している理由は予想が着く。だけどあまりに行動が早すぎるな。


 クロエが追放先として下ろされたのが近くだったとしても目星をつけるのも早いし、そんな行動するほど大事な孫であるなら、マルクスの管理が杜撰ずさんすぎる。


 やっぱり色を変えた方がいいのだろうか。

「やっぱりね」


 不意にかけられた声が私が考えていた時のものと同じ音で驚き顔を上げる。深く外套を被り、微かに覗く琥珀の瞳が不愉快そうに歪んでいた。


「クロエ、どうし…いたっ!?」

「そんなこったろうと思ったわよ!」


 がん、と思い切り足の先を踏みつけ不愉快だと全力で意思表示するクロエよりも私は声が出ない程の痛みに意識がいき、思わずしゃがみ踏まれた足を撫でる。


 大丈夫かな、骨…折れてないかな。


「大袈裟ね」

「全力で踏んだだろう!?」

そっちじゃないわよ」


 呆れたようなクロエに思わず口を閉じる。見られていたのだろう。


「とぼけるならもう一度喰らわすわよ」

「どこまで聞いていたんだ?」

「……途中からよ、貴方の様子が可笑しくなってから…何よあの黒いの」


 学園に通い、魔法面で飛び抜けた才能を発揮していたクロエですら分からない魔法だったのだろう。


 彼女が使う幻影と私が使う幻覚はよく似ていて全く異なる。意味合いはよく似ているが魔法においては違う。


 幻影は術者の記憶を元にまぼろしを作る。

 幻覚は対象者の感覚を狂わせ、対象者自身のみに幻覚が見える。ましてや私のあれは幻覚と幻影を混ぜたような魔法だ。より強い恐怖を与えるための演出に過ぎないが、何も知らない彼女からすれば異質だったのだ。


「あの黒いのは幻影だよ」

「幻影…?なら、あの男が怯えていたのは?」

「それは幻覚」

「………意地悪な問題か何か?また足踏むわよ」


 思わず立ち上がり距離をとる。本当に痛かったので踏むのは勘弁して欲しい。私のそんな反応にクロエは溜息を大袈裟についてみせる。


「幻覚ってのはどんなものなの」

「…対象のみに幻を見せるんだ、ただの幻じゃなくて現実のような」

「じゃああの男が貴方に怯えていたのは…」

「私が強い恐怖を徐々に引っ張り出してたからだね、素直に話してくれる気はなかったみたいだし」

「大丈夫なの?」

「大丈夫だよ、確かに怖い想いはしてるけど壊れる程では―――」

「そっちじゃないわよ」


 私が困った様な顔をしているのだろう。クロエは眉を吊り上げてめつけてくる。とりあえず意識的にいつも通り笑みを浮かべてみるけど、むしろクロエの顔は怖くなるばかりだった。


「…行くわよ」

「聞かないの?」

「貴方が私達に害ある行動をしないのは分かってるわ。貴方があの男について予想した内容とか、そういった話をしないのは必要ないからでしょう。貴方自覚ないけど意外に面倒臭い人間なのよ」

「面倒臭い人間…」


 扱いが雑すぎやしないだろうかと少し不貞腐れている私の手をクロエは強く握りしめ、スタスタと手を引きながら前を歩く。その光景がなぜだか懐かしくてどこかむず痒い。


 辿り着いたのはペルシュの宿。扉を勢いよく開けたクロエに店主は眉間に皺を寄せている。思わず謝罪する間もクロエは私の手を引いていて止まる様子は無い。


 なんだろうと思えば私達三人が泊まっている部屋の扉を開け放つ。買い物を既に終えたらしいシエラとヴァンが寛いでいたようだが目を見開き私を凝視する。そしてヴァンがなにかを言おうとしたタイミングに被せてクロエがシエラの名前を呼んだ。


「シエラ」

「なに?」

「貴女今日は私の部屋で寝なさい」

「………うん」


 素直に頷き私の手をさっきまでとっていたクロエの手を握りシエラは私を見上げる。


「ゆっくりね」

「…?」

「ここは安全、私、クロエと一緒」


 訳が分からず立ち尽くす私にクロエが最後とばかりに睨みつける。


「適任でしょ」

「いや…なにが?」

「ヴァンが一番長いでしょう、ヴァン頼んだわよ」

「はい」

「え?」


 どういうことかと聞く前にクロエはシエラの手を引いてクロエが借りている部屋に戻ってしまった。


 私はどうしていいか分からずヴァンに目を向けるとヴァンは私にお茶を出してくれる。大人しく椅子に座りそのお茶を飲む。


 温かい。飲み慣れない茶葉な筈なのに、どうしてか懐かしい。


「何かあったでしょう」

「…」


 適任とはそういう事かと私はなんとも言えない気持ちになった。


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