第12話 「誰かの為の料理」
「そういうことだったのね」
クロエは納得した様に何度か頷いてから笑った。嬉しそうに、面白そうに。
「どうかした?」
「ずっと不思議だった疑問が解けただけよ」
「疑問?料理が出来ることについて?」
「違うわよ」
クロエがまた笑う。本当に分からないの?と聞きつつ。訳が分からなくて困惑する私に恐る恐るヴァンが近づいてきてそっと鍋をかき回すのを変わってくれた。
「貴方は気付いてないみたいだけど…出会った日、一人でスコーンを食べていたでしょ」
「うん」
「なのに急に現れた私にスコーンを普通に差し出した…自分の分を減らすわけでもなくね。それは当時の貴方の状況を鑑みるにやっぱり変だと思っていたの」
「変?」
「だって一人で食べるには多すぎたんだもの。席は分かるわ。相手がいなくてもなんとなく用意してしまうのは。でも作るのにはその分時間がかかるし、スコーンよりも調理前の小麦の方が長持ちするでしょう。一人で食べれる量も限られているのだから、量も調整する方が、普通に思えるの」
ヴァンが手を止め私を見る、少し眉を垂らした様子からもしかして薄々何か感じていたのかもしれない。そんな様子を見て情けなく声を上げそうになったのを抑えるように口元に手をやり、自分自身の行動の矛盾にやっと気づく。
そうだ。いくら長持ちするスコーンでも作る量を減らしてしまえば、その分の小麦はまた別の日に別の食べ物へと使うことが出来た。仕事の書類ではできるだけ無駄を省くようにしていたのにお菓子作りや料理は深く考えた事はなかった。
自然と量を用意していて。一人にしては多すぎる、それは…。
「貴方のお母様が教えてくださった、料理の材料の量はお母様のレシピ通りのものだったのでは?」
「…そう、だね」
「シエルはそれをそのまま作っていたなら」
母上が生きていた頃。私と、ヴァンと、乳母と、母上の四人だった。食事をとる時も同じ机で同じ時間に同じ物を食べた。
「料理は貴方の大切な思い出であり、変えたくなかった物だったのでは?考えねば、取捨選択を繰り返さなければならなかった地位でも変わらず自分でも無意識にシエルのお母様が教えたとおりに作っていた」
「…クロエ、それは」
「私はシエルのお母様にお会いしたことは一度もないわ。でも同じ女性として少し思うところがあってね。…貴方の料理は確かにとても秀でた訳では無いでしょうが、とても温かいし優しい味がする、それこそ家族に振る舞うような…恐らくお母様が教えた料理は家族や近しいものと食べるための料理だったんじゃないかしら」
一人には多すぎる量。それは母上達がいなくなったから余っているように感じたが。
「私の勝手な想像だけれど。きっと貴方のお母様は、貴方に一人で食事などさせたくなかったのだと思うわ」
「…クロエ」
「貴方の性格をもちろん母親であるあの方はご存知だったなら」
「ごめん」
自分の口を抑えていた手で、クロエの口を塞ぐ。
母上は私の頭を撫でては真面目すぎることを心配していたし、のんびりと過ごせる時間を増やす為に料理を教えてくれていたと思っていた。
勉強とは別で母上と過ごせる時間はどんな事でも大切で、時間がかかり、母上に直接教えて貰える料理は特別だった。
“必要になるかもしれないじゃない”
「ヴァン、知っていたか」
「…教えて貰ったわけではありません。ですが、再会した時、泣きもしなかった貴方を見た時。僕はあの方と母がしたかったことを少し理解出来ました」
シエラがクロエを庇うように私に抱きつき、頭をグリグリと私に擦り付けてくる。
「ダメ、ダメ…だよ」
「…シエラ」
「シエル、ご飯美味しい…幸せ、いっぱい。それでいい、それがいい…泣く…大丈夫、一人、じゃない」
「泣くわけ…」
ないよと続けようとして言葉に出来なかった。込み上げてくる感情に思わず口を閉じると三人の目が私を見る。
奇しくも人数が同じだった。
子供の頃は母上、乳母、ダンが。
そして今はクロエ、シエラ、ヴァンが。
心配そうに私を見ている。
込み上げる感情をなんと呼べばいいのか。目頭が熱くなるのを目を伏せてやりすごし。鍋に目を向ける。もういい頃合だろう。
「料理を再開しようか」
「シエル…その、ごめんなさい。私、余計なことを…」
「良いんだ、考えを聞かせてくれてありがとう、クロエ」
“シエル、沢山笑って沢山食べて沢山考えて動いて、それが生きるということよ“
“シエル様、ダンは貴方を守る存在です。共に戦い共に悲しみ共に喜び合うのです。一人になれる未来など無いと覚悟してくださいね”
母上、私は…貴女の行動全てを理解出来たことなどありません。幼い頃の母上の言動や行動に全て意味があったとしたなら。貴女達、二人の死は一体どんな意味を持っていたのですか。
乳母のことは正直詳しく知らない。ただ、母上が平民として過ごしていた時からの友人だと聞いていた。母上のことを敬愛し、全てを共にしていた。それこそ、ダンが私にしようとしているように。
本当は料理よりももっと大切な何かを私に残してくれたら良かったのに。
上手くなった料理を共に食べる人の中にあなた達が居てくれたら良かったのに。
どうしようもないそんな気持ちばかりやたらと強かった。
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