第13話 『侍女は動く』
また今日も王宮は騒がしい。
陛下は早く王太子殿下を連れてこいと騒ぎ、マルクス殿下はそれを聞く度に機嫌を悪くする。
マルクス殿下が訓練所で魔法を使い破壊する音が激しく聞こえてくるのを侍女仲間と耳を塞ぎたい気持ちになりながら堪え、紅茶を用意する。
今魔法は壊していいものへと向かっているみたいだけど、今後それがもし自分達に向けられてしまったらと手が震えるのはどうしようもない。
「レネ、大丈夫よ、落ち着きましょう」
「でもフィオ、日に日に使う魔法が大きくなっているでしょう」
「マルクス王子殿下はお優しい方よ…知っているでしょ?」
「知ってるけど…」
マルクス殿下はお優しい方だ。私達にも優しい言葉をかけ、気遣って下さる。だけど、同時に厳しい方だとも知っている。
そして王太子殿下に対して強い反抗心を持っていることも。
「王太子殿下の執務室に部外者…ロザリー様が入る事を止めた文官が国から逃げたって話はフィオだって聞いたでしょ」
「聞いたけどどうせただの噂よ」
「違うわよ…だってその文官私の従兄弟だもの」
フィオが驚いた様に手を止め私を見る。私は従兄弟に忠告されたのだ。マルクス殿下は頭が悪い訳では無い。悪人でもない。だけれど、上に立つと下を不幸にさせる方だと。
どういう意味なのか未だによく分からないけど。
「従兄弟でも肉親が城を一日で追い出されたのよ?…私達が追い出されない保証なんてないじゃない」
「で、でも従兄弟の方はロザリー様を部外者扱いしたからでしょう」
「フィオ、執務室の書類は国を左右するものだってあるのよ。平民の産まれで正式な婚約者でもない方が入るのを止めるのは間違いじゃないの…間違いじゃないのよ」
間違いじゃない。従兄弟は自分の職務をまっとうしていた。
なのに、マルクス殿下は従兄弟を追い出す事を躊躇しなかった。迷うことも無く、荷物を纏めろと追い出したの。
「もしも、黙って何もかも許してしまっていればそれで万が一重大なミスが起きてしまったら…危険になるのはマルクス殿下でもロザリー様でもない。私達や他の地位の低い貴族に平民達なのよ…それに私達は魔力も少ないし…」
「レネ、しっかりしてよ。もしそんな事が殿下の耳に入れば…」
「…それが、そもそも可笑しいのよ。王太子がいらっしゃるのに…どうしてマルクス殿下が好きに動けるの?」
「王太子殿下が罪を犯し逃げたからでしょう、マルクス殿下が仰って…」
「マルクス殿下を信じれる?どこの誰かも知らない平民の娘を溺愛している殿下を…?」
「でもっ!それを言うなら王太子殿下のお母様も平民のっ」
「……フィオ、もしかして貴女」
口を抑え顔色を悪くするフィオに呆然とする。私達はメイドよりマシとはいえ所詮侍女だ。貴族の娘な事には変わりない。王宮に務められるという名誉を許されて居るが、主である王族に思いを抱くことは許されない。
「マルクス殿下のこと」
「レネ、早く終わらせましょう。殿下が戻られるわ」
「平民を正妻に迎えると宣言しているのよ?貴女、それでも」
それでも側室でもいいと思いを抱いているの?
「ごめんなさい、レネ。」
「…互いに今日のことは忘れましょう」
「えぇ」
「ねぇ、もしも…もしも王太子殿下が戻られたとして」
「…」
「お怒りになられるかしら、私達のこと」
王太子殿下は凛として仕事をする姿がとても神々しいと思わせる。そして厳しくも下から慕われる方だった。
「……!」
「レネ?どうしたの?」
「フィオ、私少しお花摘みに行ってきていいかしら」
「珍しいわね…うーん、そうね。私の方で後はやっとくからいいわよ。ちょっと私は悪いことしたなと思うし…これでおあいこにしてくれるなら」
「ありがとう、フィオ!」
侍女服のスカートを指でつまみ目的の場所に走りよる。気の所為じゃないでと願いながら一つの木の下で足を止めると上を見上げた。
「……やっぱり、気の所為じゃなかったのね」
ぼんやりと木の上を見上げ微笑む。きっと全てが変わる。私は罪に囚われるかもしれない。それでも心を決めよう。
だっていつかは動かないと。
変えたいのなら私が変わらないと。
そう覚悟を決めて声をかける。従兄弟の彼はなんというだろう。
馬鹿な子だと呆れたように、でも誇らしげに頭を撫でてくれるかもしれない。それが少しだけ待ち遠しい。
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