第26話 「嫌な視線」

 もみくちゃになるのをやめてソファーに腰掛けると膝の上に再びシエラが座ってくる。ヴァンは疲れたのか呆れた顔をしてため息をこぼすだけだった。


「宿を見つけて買い物に行こうか」


 何となく頭をふにゃふにゃした笑顔になるまで撫でてからシエラに声をかけると眠たげな顔が一転して明るい笑顔を浮かべる。


「買い物!」


「うん、シエラの服とか、資金は手に入ったから。シエラは弓とか向いてる気がするし、武器屋も覗いてみようか」


「ゆみ?」


 きょとんとするシエラに、不思議そうなヴァン。


「シエラは力が強そうだし、強い弓も引けそうだなって」

「僕も力が強いとは思いましたけど、どちらかと言えば鈍器とか思い浮かべてました」

「鈍器だといくら力が強くても重さのせいで速さが落ちるだろう?折角動きが軽いし、多分森とかだと隠れるのにも補正がかかるんじゃないかな?」


 補正?とさらに不思議そうな顔をするヴァンに苦笑いをこぼしつつ自分なりの考えを口にする。


「シエラは私が視線に気付くまでは森の中だと気配が薄かったんだ。多分、シエラの親だろう存在が森を指定したのもシエラが森だと安全な可能性が高いからだと思う」

「…そう言えばシエラが近くに来ていても特に僕の目は覚めませんでしたね」

「ヴァンが鈍い訳では無いからね。なら、シエラ自身に謎があるんだと思うんだよ。で、折角だしその良さをいかした武器にしようってこと」


 シエラがよく分からないのかきょろきょろと私とヴァンを見比べて首を少し傾げさせた。


「私、武器?」

「そう、弓やってみよう。シエラに合わなくても私が弓を使えるし。何より弓を使えれば鳥を取れるよ」

「鳥…肉!?」

「うん」

「やる!」


 野性的だなぁと思いつつも表情を明るくしたシエラが微笑ましくて見守る。ヴァンがぽつりと「甘えさせすぎるのは良くないのでは」と苦言を呈してるけど、ヴァンも充分シエラに甘い気がするんだ。それには自覚あるのかなぁ。


「肉!肉!」


 軽い足取りで先頭を歩くシエラ。その後ろで不服そうに見るヴァン。やっぱりこの何とも言えない温かな関係が良いな。城では絶対ありえなかったものだし、本当に逃げてよかった。


「いい加減肉肉言うのやめてくれませんか、それと忘れてる様ですが、武器屋は宿屋を決めた後です」

「やどや、次、肉?」

「武器屋を肉と呼称するのをやめてください」

「武器、で、肉!」


 これでどうだと誇らしげに話すシエラにヴァンが深いため息をこぼす。うん、仲が良いね。

 冒険者ギルドの借りていた部屋から出て特に受付などに顔を出すことなく外に出てからあっと声をこぼす。ヴァンがすぐに反応してくれるが、そんなに重要度は無い分、少し申し訳ない。


「いや、宿屋のオススメ聞いてくればよかったかなと思ってね」

「聞かなくて良かったかと、冒険者ギルドの様子からしてあまり信用できるかどうか」

「……気になる事でもあった?」


 シエラが手を挙げ私を見る。前を歩いていたのに態々立ち止まってどうしたのだろう。


「シエル、生まれ、話」

「?」

「シエラが言いたいのはシエルの生まれについて話していた奴らが居たという事です」


 思わずびっくりして惚けてしまう。私の服装はとても貴族には見えない質の悪いものだし。髪色も黒髪の貴族は遠くの国にしか聞いたことは無い。確かに珍しい黒髪にはしたが、生まれをたまたま遭遇した人間に怪しまれるなんてあるのだろうか。


 二人が嘘をつくことは無いので、真実なのだとわかっていても驚いてしまう。

 それに、何故私だけなのだろう。


「ヴァンについては何も?」

「えぇ、シエルのみです」

「……それは」

「もしかしたら、かもしれませんが」


 私達が逃げてきた国…ラビリテに滞在した事のある冒険者なのかもしれないな。私自身は何度か民の前に出たことはある。遠目でも私の顔を知っている者の可能性も確かに有り得そうだが。


「私の事を…やはり探してるのか」

「可能性は高いかと」

「分からないな、私を罪人としたいなら冒険者に情報を伝え探させるより各国に通達し風貌を伝え探す方が効率的だろうに」


 なんとも言えない顔でぼやきながらふと気付く。

 陛下は仰ることは無かったがもしかして私自身に理由があるのだろうか。


 私が王太子になったのはマルクスが生まれてからだ。現王妃を愛し、マルクスを愛しているなら、マルクスを王太子として扱っても良かった筈だし。


 現にそう主張する者も多かった。私自身に後ろ盾がなかったために。だが、陛下は否定した。


 私に王太子を与え、マルクスには愛情を与えた。


 その意味はなんなのだろう。


「……まぁ、あの人がそこまで考えられているか怪しいけれどね」

「それは…否定できませんね」

「話、何?」

「シエラには後で教えるよ、今は他の目があるからね」

 口元に手をやり、静かにとジェスチャーするとそれの真似をする。可愛らしくて和むな。



「まぁ、なんにせよ、ここは長居できないね」

「えぇ」

「さっさと買い物をすまして明日の朝にも出たい所だね、時間はかけられないからこの際目に付いた宿屋でいいよ」

「僕が選びます」

「いや…」

「選びます」

「…………好きにしてくれ」



 妥協する気のないヴァンに折れるとシエラが不思議そうに顔を見てくる。苦笑いでなんでもないと手を振ると嬉しそうに手を振り返してきた。可愛いけどそうじゃないんだよ、シエラ。



 

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