第27話 「ペルシュの宿」


「ここも宿屋ですね」

 ヴァンがふむふむと考える様子で看板を見上げる。他の場所とは異なり絵の表記はなく文字だけの宿屋。名前ペルシュの宿。止まり木…か。


「字のみなのは、厄介な客が来ないようにでしょうか?」

「ある程度の教養が無いとそもそも宿屋だと分からない、もしくは誰かに宿屋と教えてもらわないといけないのだろうね」


 少し考えた後、ヴァンが私を見る。


「ここ、入ってみませんか?他の所とは違いそうです」

「……ヴァンが良いならいいよ」


 正直私はどこでも良い。ヴァンが拘りを見せてるだけでシエラもそうだろう。見た目からオシャレな雰囲気の建物でありながら客寄せを行わないあたりが気に召したのかもしれない。


 からんと軽い呼び鈴の鈴のような音がなり中に入ると、やはり他の宿屋と違い掃除が行き届いている様に見える。食事をとっている人がいるのだろう。料理のいい匂いもしてきた。


「いらっしゃい、ここにはなんの用で?」

「部屋を借りたい」

「…表の看板は?」

「ペルシュの宿だろう、読んだから入ってきた。問題は?」

「ありませんね」


 肩をすくませ店主だろう無愛想な男が私達を見て、悩ましげな顔になる。どうしたんだろうか。


「部屋数は?」

「……あー」

 ヴァンがなるほどと頷き私に視線をよこす。悩んでいたのは私達の関係なのだろう。十歳程のシエラは髪が短くとも少女だと分かるし、女性が他にいる訳でもない。


 少女を一人部屋にする気なのか、それとも全員同じ部屋なのか。もしくは変に気を回して、どちらかが少女シエラの男なのかを見ていた可能性が高そうだ。


 そういう考えが出るということはこの宿を使う者に貴族がいるということでもある。


 変にに勘繰られたな。


「同じ部屋で」

 私が応えると不思議そうにしつつも何も聞かず鍵を渡してくる。


「階段上の真ん中にある2号室だ、左右に客が入っているんで、お静かに。一泊三人で銀貨三枚だ」

「わかりました。…所でここは随分いい香りがするけど料理も出しているんですか?」

「泊まり客のみにだがな、今も食事を取っているのは一人だけだ。食うんなら用意するが?」


 ちらりとシエラを見ると鼻をひくひくとさせながらあっちこっちにふらふらしそうになりヴァンに腕をつかまれている。

 色々あってお腹がすいているのだろうか。


「是非お願いします」

「希望は?」

「何があるんですか?」

「よっぽど変なのじゃなきゃ作れるぞ」

「じゃあおすすめで」


 頷く店主に誘導されてテーブル席に着くと二階から一人の男が降りて来たのが見える。左右どちらかの部屋だろう。少し着崩れてはいるが質がそこそこ良さそうな服装に貴族風の顔つきをしている。


 大抵の貴族は容姿の良い女性と結婚をする。上位貴族であればあるほど美しい顔立ちが多くなり、中級、下級もそれなりに整った顔立ちが多い。なので、大抵顔が整った人物はそれだけで貴族と疑われやすい。


 そこで人が判断するのは服の質だった。平民でも顔が整った人物は少ないとはいえやはりいるのだ。

 だが服の質は収入によってかわる。たまに資産はあっても質素な服を好む節約家もいるにはいるが、本当に極偶に居る程度にしか過ぎない。


 貴族風の顔つきはさておき、服装からして下級貴族なのだろう。変に目をつけられないようにシエラにヴァンが外套を頭からすっぽりかぶせる。


 貴族は珍しいものに目がない。それは宝石や宝、人にも言えることで、特にシエラは珍しいバイオレットの瞳を持つ。こちらは平民であり、位は向こうの方が高いのだから、ちょっかい出されないようにしておく方が良い。


「やぁ、昨日の答えを聞こうか」


 男は慣れた足取りで一人で食事をしている人物に歩み寄る。食事中の人も外套を頭からすっぽり被っているが、運悪く興味を持たれてしまったのだろう。


 可哀想だがシエラの方に興味が行くよりはマシかとヴァンとその会話には耳を傾けつつも素知らぬ振りをする。


「男、ダメ?」

「うん、関わったらダメだよシエラ」

 小声で忠告すると小さく頷く。ありがとうと声をかけ厨房の方へ顔を向けた時。後ろで怒鳴り声が上がった。


「また無視か!貴様…折角こちらが気遣ってやっているというのに!」


 気遣っているなら相手が食事中に話しかけることは避ける気がするのだがと思いつつ煩くて耳を塞ぐ。

 それを真似してシエラも塞いでいるので少し癒されつつ面倒くさそうな店主が持ってきた水に口をつけた。


 思ったより喉がかわいていたようで、少し柑橘系の風味がついている水はとても美味くありがたかった。


 また厨房に戻ろうとする店主を呼び止めて少し聞いてみる。


「店主さん、あれはなんの騒ぎでしょう?」

「……1号室の男と3号室の女だ。3号室のは昨日から泊まってるんだがな、顔を見られたらしく気に入られちまったんだよ。厄介な事に男の方は隠してはいるが貴族だろうし、俺はどうにもできんがな」

「助けてあげないんですか?」

「手が出たら止めるが今は口だけだ。それに一度止めようかと目を向けた時に女の方に首振られてな。良いんならと現状維持。昨日の夜に妾になるか一晩相手しろと持ち掛けてその返答が無くて怒り狂ってるんだろうよ」


 はぁと面倒くさそうにまたため息を吐いてもういいか?と聞いてくるので頷くと、だるそうに厨房に帰って行った。仕事の質はいいけど接客は嫌いな部類の人だろうか?


「シエル、何もしませんよね?」

「しないよ、厄介事は手を出したくないし、そもそもする理由がない」


 こくりとまた水を飲むと視線を少しだけ揉めている男女に向ける。まぁ、一人は外套で容姿は分からないのだけど。


 店主が助けようとして断る女性ってどんな人なんだろうとは興味がやはり少しだけわいてもいる。揉めていると言っても貴族風の男が一方的に怒鳴り散らしているだけだが。


 女性の方は黙々と食事を続けていた。


「いい加減に……」


 不意に視界に入ったものに驚き勢い良く立ち上がる。おかげで椅子が倒れてしまいその音が響いた。


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