第3話 『精霊のように美しい』


 辺境の地にある街メドゥ。

 念願叶って長いこと目指していた衛兵になることが出来た。初の出勤日。


 俺は浮き足立って先輩方に挨拶をした。

 何やら街の入口に人だかりができているのを見つける。先輩方もなんだか困った様な顔をしていて興味本位でその人集りに寄ってみた。

 やめとけとか言われたけど気になるもんは仕方ない。


 人集りの中には二人の男が立っていた。

 背が高くスラリと伸びた手足は健康的で、何よりも目立つのは珍しい服装と、顔だった。


 茶髪に緑がかった青の瞳の顔が整った爽やかな好青年といった姿の男が困った様に眉を垂らして前に出ている。

 その背中に庇われるようにたっているのが黒髪に紫水晶のような綺麗な瞳の男性だった。目鼻立ちが恐ろしく整っていて、男なのに儚いという印象をうける姿をしている。


 楽しげに微笑んでいる姿が美しすぎる、え?本当に人間?精霊とかエルフとかの類ではなくて同じ人類ですか?


 ぼんやりとその二人を見ているといつの間にか隣に兵長が立っていて俺の肩をぽんと叩いた。


「ルドガー、いい所に来たな」

「え?」

「初の仕事を与えてやろう、喜べよ」

「あの…? 」


 視界の端にいつも可愛がってくれていた先輩がどんまいと苦笑いしている。止められた時に言うこと聞いとけば良かったと心底後悔しつつ兵長に恐る恐る目を向けた。


「あの二人を案内する栄誉を与えよう」

「……お貴族様なんですか?」

「本人達は違うと言っているが、貴族じゃなくてもあの容姿だろ?なんか問題起こしそうだし、無事にこの街から出てもらうためにも案内役がいた方がいいと思わないか?」


 要は見張れということなんだろうなと少し泣きそうな気分で渋々頷いた。


「やぁ、おまたせ致しました、この街を案内するルドガーです」

「…はじめまして、ルドガーです」

「こいつはこの街に詳しいんでなんでも聞いてくださいよ、困ったことがあれば頼んでもらっていいので」


 勝手に話が進められていく。拒否権はないんだなぁとしみじみ思っていれば黒髪の方が俺に目を向けた。


「はじめまして、ルドガーさん。貴方が私たちを案内するのが嫌であれば他の方に変えてもらおうか」

「…へ」


 にっこりと微笑んだ精霊みたいな人をアホ面で見てしまう。いや、ほんと綺麗だなこの人。


「納得行かない仕事は強制されるべきではないと思うから…でももし可能なら案内してもらえると嬉しいな」

「俺なんかでよければ…」

「なんかはやめよう、これも何かの縁だろうし、私はシエル。こちらはヴァン、どうぞよろしく」


 にこやかに手を差し出されまじまじと見てから握手かと納得した。慌てて握り返せばしっとりと柔らかな手だった。


 手まで綺麗なんだな、すげぇ。


 ギロリとヴァンさんに睨まれる。え、怖。


「仲良く出来そうで何よりだ、じゃあルドガーあとは頼んだぞ!」


 はっはっはと笑いながら兵長が逃げていく。

 クソジジイと心の中で悪態をついてから二人に向き合う、仕方ない。頼まれたのだから仕事をするしかない。何よりも初仕事だ。


「で、おふたりはどこに行きたいので?」

「そうだなぁ、まず古着屋に行きたいな、なんか目立ってるみたいだし」


 確かに目立つ格好だけどそれよりも目立ってるのは顔なんだけどな。

 まぁ行きたいって言うなら案内するだけだし、取っ付き難い感じじゃなくて良かった。



 すぐに案内を開始する。

 後ろに付いてくる二人があっちこっちを見てこそこそ話してるのが気になる、やっぱり貴族なんだろうか。でも貴族が古着屋になんて行くかな?


 噂で聞くお忍びってやつなんだろうか。行くところが納得いかないけど。


「ここが古着屋ですよ、中に入ります?」

「うん、入るよ。…看板とかないんだね」

「ありますよ、一応。この絵のが看板ですね」

「文字とかは…」

「読める奴の方が少ないんで、この街だと絵の方が通じるんですよ」


 なるほどと呟く姿すらも美しいんだけど何かなこの人芸術品かなんかかな?文字がって言ってたしやっぱり貴族かなぁ。でも、王都の方だと平民でも文字読める人が多いらしいし、そっちの出かも…。


「ばあちゃん客だぞー」

 扉を開けて声をかけるとカウンターで居眠りしていた古着屋の婆さんが目を覚ます。いっつも寝てんだよなぁこの婆さん。


「おや…ルドガーじゃないか…今日が初勤務だってね…?」

「そうそう、で、この人ら案内しろって言われてんの」

「これは…お貴族さまかい?」

「いや、私達は貴族ではないよ。服を売るのと買いに来たんだ。いま着てる服とこの上着を売って目立た無さそうなのに買い替えたいんだ」


 高そうな服だけど、婆さん買い取れるのかな?


「いい服だねぇ、ウチじゃああっても勿体ないよ、売れないだろうから安くしなきゃだから」

「多少のお金になればいいんだ、あとは服が手に入ればね」

「そうかい?なら…銀貨4枚、あと服を二着ずつでどうだい?」

「それで大丈夫、無理を言って悪いね」


 柔らかく微笑んで婆さんとやり取りしてるシエルさんは本当になんか物語に出てきそうな見た目だ。


 着替え終わると普通にどこにでもいるような服装でも着る人が良いと良く見えるものなんだと初めて知った。


「よく似合ってるよ」

「ありがとう、おばあさん」

「ありがとうございます」


 礼儀正しい二人に婆さんもにこにこと目を細めて楽しげだ。こういう人がモテるんだろうな。良いなぁ。


「じゃあルドガーさん、次は武器屋に行きたいんだけど、あるかな?」

「小さい鍛冶屋なら…それでいいですか?」

「もちろん、案内頼むね」

「…よろしくお願いします」


 シエルさんはニコニコしてるのにヴァンさんはむっすりしてるのはなんでなんだろう。やっぱり服が肌に合わなかったんだろうか。



 しばらく歩いて鍛冶屋に案内する。もう入るってのは決まってるみたいだし特に確認もせず中に顔を出した。


「オヤジさん、客なんだけど入っていーい?」

「おう、ルドガーの坊主よく来たな。入れ入れ、足元気をつけろよ!」

 カァンカァンと鉄を打つ音が響く中に入ればオヤジさんが汗だくで剣を打っている。シエルさんは興味深げにキョロキョロとして、ヴァンさんは目を輝かせ壁に掛けてある剣を見上げていた。


「ん?なんだ?後ろのえらいべっぴんの兄ちゃん達は」

「だから、客だっての!!」

「へー、剣が欲しいのか?」

「えぇ、剣が欲しくて…見ても?」

「ベタベタ刀身に触らなければいいぞ〜」


 手を止めずに答えるオヤジさんに二人が軽く頭を下げてから剣に目を向ける。横顔は真剣そのものだ。


「…この剣にしようかな」

 シエルさんが鞘に入ったままの剣を手にする。鞘は汚れてしまっていて見栄えが悪い。それでもなぜだかシエルさんはその鞘を優しく撫でていて、どうやら本当にそれにするようだ。


 一方的ヴァンさんは意外にも大きな剣を見ていた。平たい刀身の剣は盾替わりにも使えるのだと以前オヤジさんが言っていたな。


「僕はコレにします」

 結局平たいものは見るだけで留めて小回りのきく大きさの剣にしたようだ。まぁ、大剣が上手く生かせる土地柄でもないからなぁ。


 奥からオヤジさんの息子が出てきてどうやらそのまま会計するらしい。暇だなぁとぼんやりとそんな姿を見てると何故だかシエルさんの姿に少し違和感があった気がした。多分気の所為だろうと頭を横に振って振り払う。


「買えました?」

「えぇ、手持ちが足りなかったので装飾品でどうにか」


 ほくほく顔の二人はそう言って嬉しそうに買ったものを見せてくれる。すぐ決まって良かった。人によっては鍛冶屋って時間かかるんだよなぁ。


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