第4話 「名前の証明」


 ルドガーという人はとても気の良い印象を受けた。


 街に入ろうとした際に門番に呼び止められ、何故か案内役をつけられた。でも目的は果たせたしルドガーという良い人と仲良くなれたのは運が良かったと思う。


 カチャリと錆びた鞘に入った剣が音を立てた。

 本当はヴァンだけに剣を持たせようと思ったんだけどこの剣、どうやら珍しいもののようだ。


 なんで錆びた物があるのかと手に取ってみると魔力を吸っていく感覚があった。物語に出てくる魔剣という物なのかは分からないが、元々魔力が多い私からすれば手に握ると少しスッキリする剣だった。


 装飾品と交換する形で手にした為、問題なく剣を購入出来たのは運が良かったと言うよりもこの街の人が良い人なのだろう。


 確かに高価な物は高く売れる。他に売れれば儲けることが出来るだろうが、持っているお金の平均が低い街だと高価なものは買い取ってくれないこともある。


 正しく買い取ってしまえば店はそれよりも高く売る必要があり、元々高いものを高く買えるほど裕福なものがいないとそれは成り立たない。


 かといって王都の方へ向かうとなると馬車の料金、護衛料金、それを往復で、しかも信頼出来る相手を探さなければいけないという手間がある。


 護衛を雇ったからといっても護衛よりも強い相手が出てしまえば死ぬリスクは絶対に存在する。だからこそ高価なものは確かに貴重だが、こういった辺境ではむしろ嫌がられるのだ。


 だけどルドガーが紹介してくれた人達は快く買い取ってくれた上に、本来の値段で買い取ることは出来ないと少し申し訳なさそうにしていた。王都へ売るツテがあればむしろお得なのにそう話してくれるあたり優しいのだろう。


 久々の人の優しさにやさぐれていた心が少し和らいだ。


「シエルさん、次はどこに行きますか?」

「そうだなぁ…あ、身分証を作る時って他の方はどうしてるんですかね」

「身分証?役所で作ってもらうものとは別で?」

「別で、可能かな?」

「傭兵…商人…んん、今後どんな行動をしてくんでしょうか、戦いたいとか商売したいとか冒険したいとか」


 それの中なら冒険が近いだろうか。長いこと同じところに留まればもしかしたら身分がバレる可能性もあるし、早い所この国から出てしまいたいという考えもある。

 そもそも身分証が欲しいのも他国に入って揉めないためだからね。


「冒険かな、先はきめてないけどヴァンと二人で色んなところを見に行こうと思ってるんだ」

「でしたら冒険者ギルドですかね。登録さえしてしまえば身分証を作れます、前科があると断れますけどお二人なら無いでしょうし」



 冒険者は聞いたことがある。数々の未踏の地を開拓したり調べたり、宝を探したり以前会った高ランクの冒険者はロマンを求める者がなると言っていた。


 ロマンというものはよく分からないけど、私達には良いかもしれない。


「なら、冒険者ギルドに案内してください」

「分かりました、酒場もあるので飯も食えますよ」

「それは助かるね、まだ何も食べてないから」


 銀貨4枚だと何が食べれるだろうか。

 今後を考えると出費は抑えたいところだけど。


 少し心を躍らせながら街を歩く。こうしてのんびり過ごすのも今までしてきたことがなかったから歩くだけでも幸せな気分になれる。


 ヴァンを見れば嬉しげに腰に下げた剣をチラチラと見ていた。


「ここですよ」

 ふと前を歩いていたルドガーが足を止めて私達に向き合った。文字が定着していないから代わりにかけられた看板には剣の絵が描かれた旗が木に彫ってある。


 何故かヴァンが前に出て先に中に入っていく。少し考えて、剣を手にしたから護衛をやるということかな?私も一応剣を買ったんだけどな。


 すぐに後を追って中に入ると思ったよりも中は広かった。丸い机に幾つか椅子が置かれていて昼間なのに呑んだくれている人が多い。


 私とヴァンが入った途端に一瞬ざわついた気がしたが気の所為だろうか。とりあえず絡まれたくはないのでさっさと済ましてしまおう。


 カウンターには可愛らしい笑みを浮かべている女性がいた。受付係だろうか。


「すみません、僕達、登録したいのですが」

「はい!御二方ですね!」


 明るく説明してくれる女性にルドガーがなんとも言えない顔をしているのが気になったけどそれよりも登録の方法の説明を聞く方が重要だし、気にしないでおこう。


「このギルドカードの右下にある水晶に血を一滴垂らしてください、魔力の登録をします。登録後、名前の記入をこちらで承りますので、お名前を教えてください」

「僕はヴァン、後ろにいるのがシエルです 」

「ヴァン様とシエル様ですね、承りました。では申し訳ないのですが指先にこの針で少し傷をつけて血を出してもらっても良いですか?」


 すぐに了承してそれぞれ新しい針で血を出すとカードに一滴垂らした。ほんの少し淡く光を纏った後にカードの色が薄い緑色に染る。


「緑色なのは登録して一週間経っていない目安になります、場合によっては一週間経ってからでないと中に入れない場所もあるのでご留意ください」

「なるほど…一週間経つと何色に変わるんですか?」

「銀色になり右下の水晶がランクの色に染まります。銅、銀、金ですね。傭兵ギルドは細かくランク分けされてるんですけど冒険者ギルドはシンプルにこの三種しかありません、ランクの種類が少ないということは上に上がるのがそれだけ難しいということです。大抵が銅どまり、良くて銀、英雄と呼ばれるくらいの人になると金になります」


 昔城で会ったのは金ランクと言っていたな。呼び付けたのは陛下だったからなぜ来ていたのかは知らないが、おそらく有名な冒険者を騎士にしたかったのだろう。


「はい、名前の登録も終了しました。失くした場合再発行はお金がかかりますのでご注意くださいね」


 にこやかにそう言われカードをそれぞれ受け取る。

 シエルと書かれた名前を指先で撫でる。ここの人は文字を読める人が少ないのにちゃんと身分証は名前で書いてくれるんだ。


 少し感慨深くて、思わず頬が緩んでしまう。母上がつけてくれた名前が本当に私の名になったのだ。それがもう王太子では無いと証明してくれるようで堪らなく嬉しい。


「冒険者ギルドでは未開拓の地の情報や出現した魔物討伐などの協力により報酬を支払っています。魔物討伐についてはそこのクエストボードを見て依頼書を私にお持ちください、依頼登録をしますのでここの冒険者ギルド以外の場所でも依頼の達成を受け付けれます」


 なるほどそうやってお金を稼げるのか。

 でも、あれ、依頼書って字が読めないんじゃなかったか?


「文字を読めない人はどうしているんですか?」

「読み上げ担当の方が横におりますので、大抵は報酬の金額で気になった依頼書を読み上げてもらい受ける形になっていますね、報酬金額の方は皆さん何となく認識しておられるので」


 クエストボードに視線を向けると大きく手を振ってくれる女性がいた。なるほどあの人が読み上げ担当ってことだろう。


「色々ありがとうございます」

「いえ!またなにかあればいつでも話しかけてください!本当にいつでも!」


 空いてますので!と言われるけど笑顔なのに怖いんだよね。なんかこう、圧が。


 多分聞くことは無いなと思いながらヴァンと離れる。ルドガーが困った様に気を付けてくださいねと言ってくるけど何に気をつければいいんだろうか。





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