第2話 「自由な風」



 王都から遠く離れた街の横の森。そこまで鳥の姿のまま飛び、降り立つと魔法をといて元の姿へと戻った。


「っはぁ、はぁ」

「大丈夫か、ダン」

「だ、大丈夫です」


 ふぅふぅと汗を拭い息を整えるダンの肩をぽんぽんと軽く叩いて水を魔法で出してやると礼と共に宙に浮かぶ水を手ですくい飲んでいた。


 私が得意なのは変化の魔法で、それは私以外にも使用することができた。これを知っているのは私とダンのみだ。元々は母上が教えてくれた魔法だったが、奥の手は隠しておけと忠告の上のものだった。


 母亡き後、忠告の通りこの魔法について口にしなかったのだからあの部屋にいた面々からは私とダンが窓の外に身を投げたということしか分からないだろう。


 まぁ死体がないのでいずれ魔法にも想像が着くかもだが。


「殿下の魔法は相変わらず凄いですね…というか人以外にもなれるんですね」

「まぁね、鳥は初めてだったけどたまに猫になって陛下の部屋にイタズラとかしてたし」

「………時々指先が黒かったのはまさかインク瓶を」

「王妃にプレゼントする為の書類なんて無くていいでしょ?」


 にっこりと笑ってやれば呆れた顔が向けられる。でも身を削ってまで頑張っていた息子を無視してたあの人が悪いと思うんだ。


「というか、ダン。私のことを殿下と呼ぶのはやめないと」

「あぁ、そうですね。もう城には戻らないんでしょう?なら名前はどうするんですか」

「決まってるよ、実は私の名前は陛下がつけたそうなんだけど、元々母上は別の名前を考えていたそうなんだ」


 母上が生きていたのは五歳位までだったが、良く覚えている。優しく温かい人で、頭をゆっくりと撫でて乳母やダンとの四人だけの時はその名前で呼んでくれていた。


「なんという名前なんですか?」

「子供の時に呼ばれていたろう?それがシエルという名だ」

「………確かに元の名よりお似合いです」


 ダンが目を細め笑ってくれる。

 たまたま浮かんだという陛下がつけた私の名前よりも母上が何日も何日も産まれる前まで悩んで決めた名前の方がずっと私には意味があった。


「シエル様」

「様はつけないでよ、私はもう王太子では無いんだ」

「ですが…」

「ダン?」

「…はい、ではシエル」

「なんだ?」

「元の姿のままでは見つかってしまいます、服もこれじゃあ…」


 それは考えていたから大丈夫だ。母上と同じ白金の髪を隠すのは忍びないけど見つかったら意味が無い。

 瞳の色は変えられないが、髪ぐらいなら…。


 指を軽く鳴らすと私の髪の色が毛先から真っ黒に染まっていく。ダンが「もったいない」と呟いていたけど気にしない様にした。


 ダンの髪は元から良くある茶色の髪だし、黒はあまりないけど王太子と結び着くことは無いだろう。なんせほぼ真逆の色だ。


「服は…うーん、上着は脱いで、下は流石に脱げないから古着屋で新しい服を買おう」

「殿下が古着…」

「殿下って呼んでるよ、ダン」

「つい…シエル。僕も名前を変えた方が良いでしょうか」

「任せるよ?私は目立つから仕方ないけど」


 ダンは少し考えてじっと私の目を見る。私がなんだと聞くと変えると返答。決めるの早いな。


「何にするの?」

「シエルが決めてください」

「え?」


 まさかの私がつけるのか。困ったな、昔から名付けは苦手なんだが…。

 うーん。

 悩みつつ空を見上げる。本当によく晴れた空だ。


 ふわりと風が吹いて黒になった私の髪を少し揺らしている。それを視界の端にぼんやりとみて自然と口から言葉がこぼれた。


「ヴァン」

「…それは」

「風…という意味らしいよ。私達は今まで自由に生きれなかったけれど、これからは自由なんだ。縛るもののない風がきっと似合うよ」


 目を伏せ言い切るとなんの反応もかえってこない。気に入らなかったのかと少し不安に思いダンに目を向けるとダンは目元を赤く染め。先程の私と同じように目を伏せていた。


「…ありがとうございます」

「気に入ってくれたなら良かった。さぁ、ヴァン、まだ何も始まってないよ、こんな所で夜を迎えたくはないからね、街へ行こう」


 ヴァンに手を差し出せば少し困った様な顔になり、すぐに手を握り返してくれる。いい歳こいた男二人が手を取り合うのは嫌だったのかもしれない。


 でも私は今まで人と触れ合うことが少なかった。王太子として許されなかったからだ。婚約者だって下手などころから貰う訳にもいかず居なかった。


「流石にこの森を抜けたら手を離すよ、森の中は危ないからね」

「…僕が盾になります」

「私が許すとでも?私は魔法が得意だし、ヴァンには街で剣を買おう。使えるだろう?」


 ヴァンが少し驚いたような顔をしたあとに照れくさそうに視線を逸らす。こっそり剣術を習っていたのは知っている。ヴァンはとても主人思いのいい子だから。


「知っていたんですね」

「まぁね?」


 少し笑いをこぼせばヴァンもつられて笑ってくれる。

 それだけで城から出て良かったと思う。晴れやかな青い空に心地よい風、好きに笑っても許されるし、好きに行動していい。


 いつもは痛い胃が少し和らいだ気がする。


 森におりたのは正解だったな。

 人が居ないから名前を決めたり今後の行動の話し合いもできた。


 今頃城は騒がしいだろう、何せ王太子と公爵令嬢の失踪。第二王子の平民女性との熱愛騒動。

 公爵に恨まれて内戦始まりそうな気がするのだがどうかな?


 いっそ公爵が王位を継いでも私は構わないのだけど。公爵にも王族の血は混ざっているし、それが一番良い気がするけど、もう私には関係ないからね。


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