不遇王太子のぶらり旅

星屑

不遇王子の旅立ち

第1話 「青い空に2羽の鳥」


 手元にあった書類を落とし愕然とする。


「…愚弟が…婚約破棄……?」

 ラビリテ王国第一王子として生を受け、母上が死んでから陛下は私を見ることをしなくなった。抱き上げてもらったこともなければ頭すら撫でてもらったことも無く、ろくに名前すら呼んでもらえない。


 そんな幼少期を過ごしつつも母上が愛したこの国を守る為ならばと勉強に励み、後妻として迎えた王妃に弟が出来た時。


 あからさまな嫌がらせや、数々の暗殺者に狙われ、毒図鑑全て網羅させる気かと言うほどの毒をもられた。


 何度血を吐いたかわからない。

 何度この世を呪ったか分からない。


 民は悪くないのだと。貴族の今のあり方をかえるべく法を変えてきた。

 ……嫌々ながらも私を王太子にした父上は余程弟のことが可愛いのか、好きな物を与え、好きなことをやらせた。おかげで全て中途半端な弟を必死こいて入れた学園の出来事だ。


「一方的に…証拠もなく…しかも相手は新しい制度を用いて入れた平民……」

 大変だったんだ。揚げ足取りを生きがいにしている貴族達を丸め込み、民にも知識を、学ぶ機会をやっと与えられた。


 その結果、距離の近づいた平民に適当に花壇に花の種をまいただけのような脳内の愚弟が惚れて婚約者そっちのけでかまいまくり。


 見た目の愛らしさに惹かれ、珍しさに欲を出したその愚弟の取り巻きまで熱を上げて平民の娘の発言のみを優先し、公爵令嬢への一方的な婚約破棄。


「で、殿下…お気を確かに」

「っふざけるなぁ!」


 元々件の弟の婚約者は私の婚約者になるはずだった子だった。青い髪はほんのりと光を含むように美しく、真っ直ぐと意志を告げる琥珀の瞳はどんな宝石よりも輝いていた。


 それを婚約式の前日に偶然出くわした愚弟が一目惚れしたと泣き喚き、無理矢理私から彼女の婚約者という権利を奪い取った。


 許せるか、許せるものか。


 生まれてからずっと私はここまで国に尽くしてきた。どれだけ虐げられようと馬鹿にされようと、一人でも立ち続け、この国を思って…。


「彼女は…シーファ嬢は?」

「…その、騎士団長の子息、宰相の子息の独断により国外へ」

「護衛はっ」

「一人で良いと…そのまま出ていかれたそうです」


 だろうな!!

 彼女はプライド高いし、無鉄砲な所がある、そして何よりも人嫌いなんだ。

 特に愚弟に振り回された期間が長かった、おおかた喜んで出ていったのだろう。


「兵は…学園といえど兵がいただろう!!」

「金に目が眩んだ様で」

「どいつもこいつもっ」


 強く机を殴りつける。音が響くだの机が壊れるだの品格だのどうでもいい。それよりもここ数日の激務と賄賂に手を染めたヤツらの妨害行為の対処で最近ろくに寝れてもいない。疲れとイラつきとストレスでまた胃に穴が空いた気がする。


 側仕えのダンが申し訳なさそうに頭を下げる。お前は悪くないだろと更に怒りが溢れそうになった瞬間執務室のドアをノックする音が響く。


「…はぁ」

 椅子に再び腰掛け目元に手をやり入室を許可すれば、顔色の悪い文官が入ってくる。


「…陛下が、お呼びです」

 空気が凍る音がした気がした。どうせ幻聴だろうが。眉間あたりを指でもみながら。息をつく。


「どうせ内容は分かってるさ」

「殿下…」


 ダンが心配そうに私を見るが正直うんざりしている。この国の為にやろうとしてきたことを全てこの国の為に行動するはずの者達に妨害され続けている。


 ましてや愚弟を溺愛している陛下だ。どうせ今回の件をどうにかしろと丸投げする気なんだろう。私が王太子になってからあの人はろくに仕事もしていない。


「…とりあえず陛下の元へ行こうか」

「はい」


 ─────────────

 ────────


 ノックをして部屋に入る。許可など貰わなくてもいい、もう何もかもが面倒くさすぎて、頭が破裂しそうだ。


 陛下の執務室のソファーに愚弟と見知らぬ少女が腰掛け、向かいのソファーには陛下がどしりと座っている隣に王妃がいる。


 どうやら私に座らせるつもりは無いような席順だ。座れと言われても断りたいが。


「なにか御用ですか」

「御用も何も…どうするつもりだ」

「……は?」

「お前があんな女をマークの婚約者にしたのだぞ、おかげでマークが傷付き…しかも平民と結婚したいと抜かしているんだ!どう責任取るつもりだ」


 待ってくれ、予想以上に意味がわからない、余計頭が痛くなってきた。


「…あんな女とはまさかシーファ嬢の事ではないですよね」

「そうだ」

「…………」

 思わず天井を見上げた。涙が出そう。

 そもそも婚約者にしたのは私じゃない。

 平民に惚れたのも欲しいものが出来たらすぐ手を出す癖をつけさせた陛下や王妃のせいだろう。


 私の責任などどこにもないじゃないか。


「だから学園に平民を入れるのは反対だったのだ!それをお前が!」

「…はぁ、陛下…つまり、マルクスは少しも悪くなく、マルクスが愛想を尽かすようなシーファ嬢が悪く、平民が居なければそもそもマルクスが平民と結婚すると言わなかったはずだと」

「あぁ」

「呆けが始まったんですか」


 居心地悪そうな少女を見る。どうやら件の平民の娘らしい。学園に入れるからには頭が良いはずなんだが。


「何を…っ」

「調書を読みましたが、シーファ嬢の行動は全て納得のいくものでした。むしろ平民だからと差別しているのではなく、平民なら知らないだろうことを教えていただけです。元々飾り気のない言葉を好む彼女ですから、誤解も確かに生まれやすいでしょう。そこをフォローするのがマルクスだったはず。それを怠り見目がいい少女を猫可愛がりした結果でしょう。くわえて言うなら欲しいものならすぐ手を出すマルクスの癖は陛下譲りで、増長させたのは陛下と王妃殿下です。私の責任などどこにもなければ、シーファ嬢とマルクスの婚約を決めたのは陛下ですよ」


 びくりと少女が肩を震わせるのをマルクスがその肩を抱き、私を睨む。


 怖がらせたくないならここに連れてくるべきではない。おおかた結婚の挨拶だのと抜かして連れてきたのだろうが、婚約をすっ飛ばして貴族が…ましてや王族が出来るわけないだろう。


 ぷるぷると震える陛下を疲れきった目で見る。

 いや本当、なんで私はこんなところにたっているのか不思議だ。


「っこの戯け!!」

 戯けは陛下では?


 思わず心の中でこぼした言葉は投げられたカップが頭に当たることで掻き消えた。あー本当にもう疲れたなぁ。


 少しチカチカとした視界とまだ熱かった紅茶を振り払う為に首を軽く横に振り髪をかきあげる。

 少し血が出たようだ。ダンがタオルを渡そうとするがそんなダンを陛下が睨む。


「陛下」

「っ」

「私はこの国を出ようかと思います」

「……は?」


 部屋にいる全員に顔を向けられるが、そんなことはお構い無しに紅茶だらけの髪を少し掴み搾る。投げる気だったんじゃないかと考えられる程の量だ。


「正直疲れたというか、民に対して思う所はありますがこれ以上付き合ってられないんですよ」

「なにを…っ 」

「これを機に民も自分で考えることを覚えて貰えると助かります、具体的には革命とか起こしてくれたら万々歳というか」


 ふぅと息を吐き出し髪をそのまま後ろに撫で付ける。


「えーっと、マルクスの恋人かな?君の事も私は知らないし、君の恋人に選んだ男はたちが悪い。残念ながらロクな人生は歩めないだろうし、民から責任追及があったら君も迷わず殺されるね」


 心底どうでもいいが。かつかつと窓に向かって歩いていく。歩きながらつけていた勲章を外し、王家の家紋も外した。無駄に着いている装飾品は…後で役に立つかもしれないから取っておくか。


 窓を開け放つ。うん、いい天気だな。とても清々しい風が吹いていて心地が良い。少し気が晴れた。


「ダン、お前はどうする?」

「……殿下と共に」

「うん、じゃあおいで」

 手招きをすれば手に持っていた書類をバサりと床に叩きつけ足早に向かってくる。ダンも疲れ切っていたからね。


 四人に向き直りゆっくり微笑む、そして軽く礼をしたあとに顔を上げた。


「自分のした事の始末は自分でつけるものですよ、流石に私ももううんざりなので金輪際私にかかわらないようお願い致します、あぁ王太子をマルクスにするのもお好きに?」

「ま、待て!!」

「何人の民があなたがたを許してくれるか、私ははるか遠くで見守ることにしようかな」


 魔力を放出する。魔力の質も量も母上に似てよかったものだ。


「あぁ、それとどうか少しでも長く苦しむことを願ってます」


 にっこり最後に笑みを浮かべこちらに走りよろうとする陛下が辿り着く前にダンの手を引いて窓の外へ身を投げる。すぐに魔法が発動し、私達は鳥の姿となり、青い空に飛び立った。

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