第38話
「ったく、俺が車で事故ったことあんのかよ。おい、千晶。お前いつからそんなに心配性になったんだ? 以前のお前ならもっとやれって言ってたぞ」
「あなたは……」
千晶は信じられないものを見るような目を向ける。おかしい。前の彼ならもっと私を気遣ってくれていた。多少は調子に乗って無茶をすることもあったが、私が嫌がるそぶりを見せたらすぐに止めて謝ってくれた。それが今では、まるで子供のように身勝手な振る舞いが目立つようになっている。車を運転している時はより
ふてくされたような横顔がまるで別人のように見えてくる。彼はこんな顔をしていただろうか? どこか
「ねぇ、大我」
「あぁ?」
「……本当に、使ってないよね。大麻」
千晶は意を決して尋ねる。一緒に暮らしているが今までそんな様子は一切なかった。しかし彼がそんな物を
数秒間の沈黙ののち、大我は表情も変えずにただ舌打ちした。
「ねぇ……」
「いきなりなんだよ。車振ったからラリってんじゃねぇかって? いいな、それ。ラリー走行ってか」
「ふざけないで、真剣に聞いてるの。ずっと思っていたから」
「はぁ? 何言ってんだよ。千晶も裁判で聞いただろ。被告に大麻の使用は認められないって。俺は国からお
「私は今の話をしているの。ねぇ、隠しているなら言って。私、もうあんな思いしたくない。いきなり家に警察が来るなんて耐えられない」
「おい、何疑ってんだよ。どこにそんな証拠があるんだよ。出してみろよ」
「証拠じゃないでしょ。大我、ちょっとおかしいよ。仕事が変わって、あんな友達と会うようになってから、どんどんずれてきているよ」
「俺のツレを悪く言うんじゃねぇよ」
「私たちは夫婦でしょ? 自分で気づかないの? 今の大我、他人が見たら絶対悪い人だと思われるよ」
千晶は
「お願い、大我。子供が生まれるんだよ。大我の息子だよ。ちゃんとしようよ。私も協力するから。一緒に頑張ればきっとうまくいくから、ね」
「おい、千晶」
「だから正直に話して。まだ大麻を使っているの? 私、誰にも言わないから。今なら誰にも知られずにやめることだってできると思う。これ以上馬鹿なことはしないで!」
その時、目の前に金色の腕時計を着けた大きな手の甲が見えた。
次の瞬間、鼻に衝撃を受けてヘッドレストに後頭部を打ち付けた。
「黙れよ……ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇぞ、千晶」
大我の低く、冷たい声が左耳に聞こえる。大きな石を顔に打ち付けられたような衝撃のあと、火が付いたような熱が目と鼻と口に広がった。
「あ、ああ……」
「お前が悪いんだろうが! なんでお前が俺を疑ってんだよ! 何が正直に話せだ。偉そうに言ってんじゃねぇぞ!」
強い目の痛みとともに涙が
「なぁ千晶」
「ひっ」
短く悲鳴を上げて体が右側に
「この馬鹿が……俺の女なら、黙って俺に従ってりゃいいんだよ。怒らせんじゃねぇよ。分かったか」
「あ、は……」
「おい!」
「はい、ごめんなさい……」
千晶は頭上に響く大我の
それから千晶は大我に逆らうことなく、疑うことすらできず、顔色を
そして愛葉大我は、今度は覚醒剤の所持と暴行事件を起こして再び逮捕された。
半年間の裁判ののち、執行猶予の付かない懲役七年の刑罰が確定して、ようやく千晶の前から姿を消した。
二十二
【8月20日 午後6時22分 国道24号線】
勢いを増した雨の中、千晶は歯を食い
「昔の夫? 戸村くんの前にも結婚していたの? 千晶さんは」
龍崎が驚いて声を上げる。当然ながら戸村もそこまで彼には話していなかっただろう。
「そんな奴が、どうしてこんなことを? どうして千晶さんを怖がらせるようなことをするの?」
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