第35話
「運転せずに私が戻るまで待っていてください。分かりますよね」
「千晶さんが戻るまで待つ。そう、そうだね。そうするしかないよね」
龍崎は何度もうなずいて了解する。花島もこの車に高齢者が同乗していることを知れば無茶な行動は取らないだろう。
でも、根岡康樹の
「……あそこのコンビニに
想像だけでは解明しきれない疑問はあるが、決めた行動に変わりはない。走行する道の遠くにコンビニエンスストアの看板が見える。見慣れたチェーン店で、恐らく国道沿いにありがちな駐車場の広い店舗だろう。あそこなら店にも駐車場にも人はいる。通報すれば警察も駆けつけやすい。もしいきなり襲われても切り抜けられる。千晶は龍崎の癖がうつったかのように、思考の一つ一つにうなずいて確認した。
その時、右耳のイアホンマイクから着信音が聞こえてくる。
スマートフォンの画面には【着信・花島常盛】と表示されていた。
「花島さん?」
千晶は前方とスマートフォンの画面との間で視線を何度も行き来させる。このタイミングで、三年ぶりに彼から着信がきた。やはり無関係ではなかった。そして考えていることも同じだった。煽り運転で
「もしもし……」
『おい、ミライか! ミライだな!』
イアホンの向こうから男が太い声で千晶の
『君はどこにいる? 家か? 会社か? いや、どこでもいい。とにかく今すぐそこから逃げろ!』
「え?」
一瞬、千晶は急ブレーキを踏んだように体が
「は、花島さん? 一体何を……」
『黒い車に乗った奴が君のところへ向かっている! 見つかる前に逃げるんだ!』
続けて花島の激しく
花島常盛は、黒い車のドライバーではなかった。
「あの、花島さん、なんの話ですか? どういうことですか?」
『理由なんて知るか! いきなり訳の分からない奴に襲われて、
「南港に、きのうの夕方から……」
『君のせいだ! おい、ミライ! 君は何をやったんだ! あいつは君のことを捜しているぞ! 俺は知らないって言ったんだ! 三年も前だ! 俺を裏切ったキャバ嬢の居場所なんて知るわけがない! それなのに、あいつは何度も俺を殴って、足も……くそっ、絶対に折れてるぞ!』
「誰ですか、その人……」
『知らないって言ってるだろ! 金髪で
「金髪の……」
さあっと、千晶は血の気が引くのを感じる。花島が言ったその特徴だけで、一人の男の姿が思い浮かんだ。
『だから俺は、君の居場所を
「私の居場所を話したんですか、その人に……」
『話して何が悪い! 俺は殺されるところだったんだぞ! でもこの電話番号は言わなかった。スマホも見られたが、この電話番号は【秘書3】で登録していたから気づかれなかった。踏み潰されたがまだ動く。海に捨てられなくて良かった』
早口で
「あいつがくる。あの男が……」
千晶は寒気を感じて奥歯を震わせる。黒い車を運転していたのは、花島常盛ではなかった。彼は被害者だった。きのうの夜に暴行を受けて車を奪われ、橋の下に捨てられた。その後、車は天王寺の交差点で根岡康樹を
『おい、ミライ! 聞いているのか! 嘘じゃないぞ! 君が狙われているんだぞ! 奴は君を知っているぞ! 俺も知らなかった、君の本名を呼んでいたぞ!』
「私の本名……」
『
「愛葉……」
ぷつんっと通話が途切れて花島の声が消える。代わりに聞こえてきたのは、真後ろから響くクラクションの大音量だった。いつの間にか、あの黒い車が後ろにいる。ルームミラーの視界が
びっしりと青黒いタトゥーの入った太い右腕に金色の腕時計を着けた、
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