第18話
「正しい社会を作るために?」
「自分が求める正しい社会を作るためには、ふさわしくない人を殺さないといけない。そういう
「何それ、全然分かんない。自分勝手すぎるでしょ」
「そう。それで俺は犯人の深層心理を探って映画にしたいと思った。一体なぜそんなことをしてしまったのか。どんな人生を送ってきたのか。今は何を思っているのか。当然、人殺しの様子も
「え、ちょっと待って、ちょっ待って。その犯人って今もまだどこかにいるの?」
「ああ……それが困ったことになってね」
根岡は残念そうに
「
「ああ、そうなんだ……」
千晶は悔しがる根岡に共感もできずに冷めた返答をする。間に合わなくて惜しかったねと同情する気にもなれず、そんな奴死んで良かったよと喜ぶのも悪趣味だ。だいたい、そんな気味の悪い事件を女に話して楽しいのだろうか? 彼は
「ネオ、次は何飲む? もうちょっといい奴にする?」
「まあ会えなくても映画は撮れるさ。そこはドラマチックな脚本で補完する。もういくつかアイデアも頭の中で出来ている。そこで、ミライさんにいい話があるんだ」
根岡はこちらの話も聞かずに興奮した面持ちで顔を寄せる。
「……君も映画に出てみないか?」
「私が?」
「私が、その、怖い映画に出るの?」
「そう。もちろんヒロインだ。脇役じゃない」
「ヒロインって……殺されて、バラバラにされた人でしょ?」
「違う違う。殺人鬼の恋人役だよ」
「そんな人いたの?」
「いや、たぶんいなかっただろう。いかれた奴だからな。でも殺人鬼と被害者だけだと
「いやいや、私そんなのやったことないから」
「だからいいんだよ。女優が
根岡は思いの
「でも……スカウトしてくれたのは嬉しいけど、どうせならもっと可愛い子を使いなよ。私、リアクション薄いから」
「可愛い子って誰のこと? 俺はこの店でもミライさんしか指名しないし、他の店にも行ったことないよ。君を一目見た時から、俺の映画にふさわしい人だと確信したんだ。ミライさんには他の人にはない影がある。殺人鬼のヒロインに最適なんだ」
「それって喜んでいいの?」
「君だって俺の映画を楽しみにしているって言ってたじゃないか」
「いや、だってそれは……」
「君は殺人鬼の内なる暴力性に気づきつつも、その魅力に
「あ……」
その瞬間、千晶は胸の奥を見
「二人の出会いは……彼も加わっていた反政府闘争だ。君は過激派として戦う彼に
「ちょっと待って、ネオ……」
「恐るべき殺人鬼も君だけには決して手を出さなかった。愛していたんだ。たった一つの、心の
千晶は言葉を失って赤い唇を噛む。違う、これは映画の話だ。根岡が語っているのは撮ろうとしているフィクションのストーリーだ。しかし不安は足下から高まり続ける。かつて実際に起きた
「どう? いい映画だろ? 君にピッタリだ」
「……うーん、やっぱり私にはできないかなぁ。気持ちは嬉しいけど、ごめんね」
千晶は両手を合わせて笑顔で首を
そんな不幸は現実だけで充分だった。
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