第16話
「僕は認知症になって、もう外では生活ができなくなって、みんな捨てたんだよ。過去を捨てて、新しい自分に生まれ変わったんだ。そうするしかなかったんだもの。それなのに、なぜ……」
耳に届く龍崎の声に、千晶は奇妙な共感を覚える。過去を捨てて、新しい自分に生まれ変わった。しかし人生の
大阪から来た『なにわ』ナンバーの車が、追いかけて来た過去のように見えた。
十
【12月23日 午後9時58分 心斎橋『プロテア』】
『プロテア』の客に、
身長はヒールを
店に来る客はさまざまだが、大きく分けるといくつかのパターンがある。ひとつはスーツを着た会社帰りのサラリーマンたち。これは接待で来る時もあれば仲間同士で来る時もある。若者から中年まで年齢の幅は広いが、ノリが良くて賑やかで、理性を保って金払いもいい
もうひとつは同じ水商売風の派手な男たち。金髪、赤髪と頭の色はさまざまで、ブランド物の黒スーツを着た若い美男子が多い。女への
客の中で一番大切にしたいのは、やはり裕福な中年あるいは老齢の男だ。そういう者は大抵ミナミのキャバクラではなくキタの高級クラブに通っているが、たまに
そして、客の中で一番扱いにくいのが、たいてい地味な服を着て一人でやって来る、職業も年齢も
根岡康樹は、その扱いにくいタイプの客だった。初来店の際に接客した千晶、
『プロテア』で働き始めてから3年目の冬。その日の千晶はクリスマス前の活気ある店内で、ふらりとやって来た根岡の隣に座って接客していた。
「ミライさん、俺はね、恐怖というものを追及したいんだよ」
2杯目となる
「それは、映画でってこと? ネオ」
「そう、俺なら真の恐怖を映像で表現できると思うんだ」
根岡はそう返して千晶に真剣な
「ミライさんは、本当に怖い映画って、どんなものだと思う?」
「えー、なんだろう。そんなの考えたこともなかったけど。だいたい私、怖い映画自体が苦手だから、あんまり分かんないかも」
「それはいい。怖い映画が苦手な人ほど、怖いことを体感できている証拠だ。俺なんて、もうホラーに耐性ができてしまっているだろ? だからどんな映画を観ても怖さが感じられない。ストーリー展開や撮影技術のほうを考えてしまうから、本当に楽しめているとは言えないんだ」
「ふぅん、それはそれで不幸だね。もっと明るい映画は撮らないの? 私、ネオには恋愛映画とか撮ってほしいな」
「恋愛? 恋愛映画だって……もちろん撮れるよ、だけど俺の思考はホラーに向いているんだ」
根岡は視線を少し
しかし、それを問い
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます