第12話
八
【8月26日 午後10時26分 心斎橋『プロテア』】
芹沢千晶は3年前まで、大阪のキャバクラに勤務していた。
雑誌やネットのランキングでは10位あたりに位置しており、接客・金額ともに優良店のひとつとされている。店長は黒服から昇進した32歳の
大阪における夜の店は大きくキタとミナミに分かれている。キタは大阪駅を中心とした梅田界隈で、上質な接客で大人の時間を提供する高級店が多い。対してミナミは心斎橋駅と難波駅を結ぶ界隈で、賑やかな庶民派の店が集まるエリアとなっていた。
『プロテア』もミナミに属する店なので、明るく楽しく気軽に遊べる雰囲気を売りにしている。そのためキャストも経験より若さを重視しており、
千晶はその店で21歳から25歳までの4年間をキャスト、つまりキャバクラ嬢として在籍していた。
働き始めて2年目の夏、8月後半の木曜日の夜だった。その日、千晶は店の待機室でソファに座ってスマートフォンをいじりながら、他のキャストたちとホールへの呼び出しを待っていた。呼び出しは来店した
「あーもう、今日は駄目っすね」
隣に座る若い女が千晶に寄りかかる。色の抜けたブラウンの髪をたっぷり盛ったタヌキ
「駄目っすか。まーこの雨じゃねぇ」
千晶はスマートフォンの画面を見ながら
待機室はいわゆる
「ちょっとミライさん、大変。大雨洪水警報だって。警報ですよ、警報。うちらもう帰らなきゃ。ねぇミライさん……スマホで何やってんの? ゲーム?」
「営業活動。今日ガラガラで入り
「ひっど。この雨の中こいって? 来てくれそう?」
「断られた。仕事が忙しいって」
「いるいる、いるよねぇ。ワリィ、今日オレ、仕事だからって。言ってやれ、言ってやれ。仕事と私、どっちが大事なのよーって」
「そりゃ仕事でしょ。キラちゃんもちょっとは動かないと。また店長にメってされるよ?」
「えー、だってずぶ濡れで来られても困るから。あ、あの人はどうですか? ITの人、ネットでアパレルしてるとかいう、ミライさんの
「だから今その人に断られたんだって」
「いいなぁ。社長さんなんですよね。いくらくらい持ってるんですか? 億? まさか、億?」
「知らない。年商はそんな話してたけど。年商だよ?」
「本当に? すげー。ミライさん、それ絶対
キラは振り子のように体を揺らして寄りかかる。千晶は片手を伸ばして彼女の肩を抱いて一緒にぐらぐらと揺れていた。年商で
「キラちゃんのほうが全然お客さん持ってるじゃない。私はそっちのほうが
「駄目ですよ。うちのお客なんてみんなイキってるだけのペーペーですから。どうせうちなんか
「よく言うわ」
「ミライさんみたいにミステリアスなほうがいいんですよ。ミステリアスです。ミライさんって、なんか一杯隠してそうじゃないですか」
「何を隠すのよ。武器とか?」
千晶はレースの付いたスカートの
「あ、眼鏡とかどうですか? ミライさん似合いそう。眼鏡のキャバ嬢って珍しくないですか? ヤバいですよ」
「嫌だよ。目、悪くないもん」
「
「やめて。私はキラちゃんみたいに開けっぴろげのほうがいい」
「開けっぴろげ! うちは開けっぴろげですよ。もう、パーンですからね、パーン!」
「足、閉じなさい」
千晶が冷めた口調で
この仕事に
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