第6話
「ちょっとあなた、ちゃんと聞いてる?」
「芹沢です。……ご忠告痛み入ります。気をつけて対応にあたらせていただきます」
千晶は龍崎に目を向けたまま
しかし部外者の千晶にはどうすることもできない。矢田部の相談に耳を傾ける立場でもなければ、そんな義理もない。できることは、依頼者を車に乗せて送迎することだけだった。
「初めまして、龍崎さん。今日はよろしくお願いします」
「はいはい、どうもご苦労さんですね。ええと……」
「きたまちケアタクシーの、芹沢です」
「はい、芹沢さんね。お名前は?」
「え? ですから芹沢……千晶です」
「千晶……千晶さんだねぇ。はい、どうぞよろしく」
龍崎は
「セクハラされないように気をつけて。すぐに触ってくるから」
矢田部はなおも龍崎を無視して忠告する。千晶は顔を上げて矢田部のほうを見たが、すぐに視線をずらして彼女の背後に目を向けた。そしてわずかに眉を上げて
「……何?」
「はい、何でしょうか?」
千晶は不思議そうな顔で矢田部を見つめる。彼女の後ろには誰もいなかった。
「今あなた、なんで後ろに向かってうなずいたの?」
「え、後ろ? ……私はただ、気をつけてと言われたので、分かりましたというつもりでうなずいただけですが」
「ああ、そう……」
矢田部はちらちらと辺りに目を向けながら言うと、
「何ぼうっとしてんの? 分かったならさっさと行ってよ。こっちも忙しいんだから」
「承知しました。では龍崎さんをお預かりします」
「送迎中に何かあったら全部あなたの責任だからね」
千晶は深く頭を下げてから龍崎を連れて施設を出る。矢田部の恨みがましい視線を後頭部に感じていた。老人への暴言を聞くに
駐車場へ向かう途中、隣を歩く龍崎からぽんっと腰の辺りを叩かれた。まさか今の行動を
五
【8月20日 午後4時31分 県道一号 奈良生駒線】
「龍崎さん、エアコンは寒いですか?」
「寒くない。寒くないよ。涼しくてちょうどいいね」
助手席の龍崎は笑みを浮かべたまま首を振る。通常のタクシーでは客は後部座席に乗車するが、この福祉車両は車椅子を搭載できるように後部座席を外しているので客は隣に乗ってもらうことになっていた。
「ホームは28度、いつも28度なんだよねぇ。だから夕方がとっても暑い。窓から西日が入るからカーテンを閉めなきゃいけない」
「エアコンの設定温度ですか? ちょっと高いですね」
「省エネだぁ。節約だぁ。
「龍崎さん、シートベルトを着けてください」
「介護士さんや職員さんは動き回ってるの。仕事だから仕方ないよね。毎日、暑い、暑いと怒っている」
「それは困りますね。龍崎さん、シートベルトを着けてください」
「シートベルト、はい、シートベルト」
「ゆっくりで良いですからね」
龍崎はうんうんとうなずきなら腰を
三か月前、千晶に向かって理不尽な怒りを
それでは、あの時に見た矢田部の姿は何だったのか。たまたま機嫌が悪かっただけなのか。いや、相手によって態度を変える女も少なくはない。男の戸村には何も言えず、
タクシーメーターを『予約』から『実車』に切り替えて運転をスタートする。福祉タクシーも通常のタクシーと同じくメーターを取り付けて、乗車時間と走行距離で運賃が定められている。要介護者の通院など特定の条件を満たしていれば介護保険が適用される場合もあるが、今回は介護とは無関係の
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