第8話 生足相憐れむ
梅雨が終わり太陽の日差しがより一層強くなると、プールやスイカよりも先に山積みになった宿題が思い浮かぶ。
宿題ばかりは、いくら才能や金を積んでもクリアできない項目だ。もしかしたら人類最後の敵なのではないだろうか。どんな投資家や科学者が手を組んだとしても、真っ白なノートに書き記された惰性を消すことなんてできやしない。
「おはようございまーす」
「あ、
「豊ちゃんおはす」
風紀委員である豊ちゃんが校門の前で挨拶運動を行っていた。豊ちゃんが一生懸命挨拶をしてくれたわけなので、私もそれに答えるため足を止め敬礼を決める。
「湊ちゃん、スカート短いよ。ちゃんと丈直して」
「む」
湊がガシッと腰を掴まれて面白くなさそうな顔をする。
「スカート短くないと、JKじゃない・・・・・・」
「なにその価値観! 長くてもちゃんとJKだよ」
「キャピキャピじゃない、もう若くない・・・・・・」
「肉体年齢に限って言えばキャッピキャピのピッチピチだと思うよ湊ちゃん」
「キャピ子とピチ子は仲が良いなぁ。はは」
楽しそうな二人を置いて、私は玄関に向かうことにする。
「
腰を掴まれた。
ので、思い切り歯を食いしばって前進を試みる。
「うぐぐぐぐ!」
おお、すごい。豊ちゃんがちゃんと引きずられている。ラグビー選手ってこんな感じなのか。もっと重心を意識して、前屈みに進んでみよう。
「ちょ、ちょっと! なんでもう進むの上手になってるの!?」
「戦いの中で成長するんだ」
「うー、止まってよー! スカート短いよー!」
「いいじゃんこのくらい。ピチ子も足だそうよ暑いよ」
「あたしがピチ子だったんだ!? ってピチ子のつもりもないけど!」
「ピーチ子とパーチ子、通行の邪魔になってる」
スカートをダボダボに履いた湊が眠そうな目で私たちを傍観していた。ダボダボすぎて歩くとき袴みたいになってるのは、豊ちゃんへの当てつけだろうか。昔から一か百しかないのだ、この女には。
豊ちゃんは膝についた土をはらって立ち上がると、涙目になりながら周囲に頭を下げて回った。
「ごめん豊ちゃん。ちょっとラグビー選手目指したくなって」
「将来の夢は人の自由だろうけど覚醒するタイミングがちょっと悪かったかな・・・・・・。あたしこそごめんね、ちょっとムキになっちゃった」
「そんなムキムキにならなくても、豊ちゃんが頑張ってるのは知ってるから言ってくれたら素直に従ったのに」
「ムキムキにはなってないけど、うん。ありがとう。湊ちゃんも」
「湊はもう行ったよ」
「相変わらずマイペースだね!?」
マイペースというか無頓着というか。そもそも朝からずっと眠たそうにしていたのでさっさと教室に入ってホームルームまで寝たいのだろう。
「風紀委員も大変だねこんな朝から」
「そんなことないよ。挨拶は大事なことだし、してるほうも気分はいいから」
「ところで、風紀ってなんなんだろうね」
前に湊が言ったことを思い出して尋ねてみる。まさかハレンチな行いのことではあるまい。
「えっと、先生に注意されるようなこと、かな。たとえば髪を明るく染めたり、制服改造したり。そういうのはやっぱり注意されて当然だし、それはあたしたち生徒から見ても分かるから、先生の手を患わせる前に注意するのが仕事、みたいな」
「豊ちゃんは先生の手下なのか」
「手下!? そんなつもりはないんだけど。それに、あたしだってそう思ってるってだけで実行できるわけじゃないよ」
豊ちゃんが眉をひそめて遠くを見る。チャラチャラしたメッシュの男が大股で威嚇するように歩いていた。その男は風紀委員の包囲網をいとも簡単にくぐり抜け、生徒玄関へと消えていく。
「注意しないの?」
「怖くて注意できないよ・・・・・・」
たしかに、背丈も豊ちゃんの二回りも三回りも大きかったし、声をかけるだけでも勇気がいるだろう。
「風紀ってなかなか守れないもんだね」
「うん。だから、せめて守れるものは守りたいなってだけなんだ。口うるさくなっちゃうかもしれないけど」
「かっこいいね、なんか。主人公の台詞みたいだ」
「からかわないでよ。ほら、近江ちゃん。教室行かなくていいの? 湊ちゃん待ってるんじゃない?」
「なんで湊が?」
「え、違うの?」
「違うでしょ」
「そうなんだ」
あまり納得していないような表情の豊ちゃんだったが、その顔を解す材料を私は持っていない。持っていたとしても、さっさとそいつは教室へ向かってしまったので結局私もそれを追うしかなかった。
豊ちゃんに手を振ってから、私も生徒玄関へと吸い込まれていく。
「
「ほんと。融通効かないのが典型的な良い子ちゃんって感じだよね」
どこのクラスの子か分からないが、私の後ろで聞こえるそんなような会話を背に受けながら、上履きの踵を潰す。
ついでに、スカートをめいっぱい下ろして袴にした。ズルズルと歩いてその子たちの前を通ると、ぎょっとした顔で見られた。
教室の扉を開ける寸前、豊ちゃんが言ったように湊が私を待ってくれていることを期待した。私の足音を聞きつけて、扉の前で待っていたら猫みたいで可愛いじゃないか。私だって、もしかしたらよしよしと撫てるくらいはしてあげるかもしれない。
開けた視界、湊は机に突っ伏して死んだように眠っていた。
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