第4話 願いの魔法

 あれから、あっという間にひと月が経った。


 悪いニュースが二つある。どちらから聞きたい、と尋ねたところで、どちらも悪いことに変わりはないのだが。



 まず、一つ目。近所の大型ショッピングモールが爆発した。被害は甚大で、営業再開の目処は立っていないらしい。


 たまたま、知人の少女もその場にいたらしいが、怪我がなくて、本当に、よかった。



 そして、二つ目。――知人の少女と、とても強い男女二人は、俺と同じ宿舎でした。三人とも、今年、高校に入学したのだとか。


 というか、あのルジジイ――ちなみにルジという名前なのだが――知ってて黙ってたな。あいつは、この宿舎の管理人なんだから、入居者について知らなかったわけがない。


 まあ、男女二人に関しては、事件があった日より、もっと前から宿舎にいたらしく、気づかなかった俺にも非がないかと問われると、返答に困るのだが。なにせ、半分引きこもりみたいなものだ。


 そんなわけで、何も知らされていなかった俺は、


 現在、知人の少女を、避け続けている。


 できる限り、接触は少ないほうがいい。それが、彼女のためだ。


『──まなちゃんが、願いの魔法を持ってるのは知ってるよね』


『あの子を監視するように命令されてるんだよね』


『だから、あの子に近づいた。あの子ともっと仲良くなったら、あかねを生き返らせてほしいって、そう頼むつもりでね』


 だというのに。上の階からそんな会話が聞こえてきた。先日の少年の声だ。昨日の女――昨日の王女と一緒にいるらしい。


「味方、と呼ぶには、いささか抵抗があるな」


 防音魔法はかけているみたいだが、そのくらい、俺の魔力があれば、押し破ることくらい造作もない。盗み聞きなんて、と思うかもしれない。俺もそう思う。


 とはいえ、俺が彼らの会話を聞いているのは、その会話から何かを知りたいからではない。彼らに興味など一切ない。ただ。


「マナ――」


 ややこしいことに、この宿舎には、「マナ」という名前の存在が二人、存在する。


 まずは、先日、クロスタを追い払ってくれた、マナ・クラン・ゴールスファ。人類最強の名を持つ王女。


 その声は例えるなら……そうだな。カナリアが静かにさえずるような感じ、だろうか。声はきれいだ。


 一方、マナ・クレイア――俺の知人の少女。こちらは、小鈴の鳴るような、かわいらしい声をしている。


 後者の「マナ」は、俺の魔力探知が効かない存在。つまり、魔力を持たない――魔法が使えない、とても珍しい存在だ。



 この世界において、「魔法が使えない」というのは、同時に、「魔法が効かない」という意味をも表す。厳密にいえば、「限りなく効きづらい」。だから、魔力探知にも引っかからない。



 そう――防音魔法は、マナには効かないのだ。


 時間停止も、本来なら効かないところだが、そこは俺。限りなく効きづらい彼女にも効くように、威力強めで止めた。無用な混乱は防げているようで何より。


 ともあれ、宿舎の壁は、あってないようなものであり、防音していない限り、どの部屋の声も、とてもよく聞こえる。


『別に聞き耳立ててるわけじゃないんだからいいでしょ。それに、聞こえちゃったんだから、仕方ないでしょ?』


『だから、たまたま聞こえたの。壁が薄いのが悪いのよ』


 マナはまるで、誰かと話しているかのように、一人きりの部屋でつぶやく。その声は、取り繕った明るさで、痛そうだった。


 それとは別に、書き綴り、紙をめくる音がする。勉強でもしているのだろう。


「……やっぱり、傷つくよな」


 俺に限っては、ここに住み始めて、十年余り。すでに、扉や壁を防音のものに変えてある。


 特に扉は、他の部屋が木でできているのに対し、俺の部屋だけ鋼鉄製。鍵も、魔法でこじ開けられないようにしてある。


 まあ、宿舎というくらいだから、俺の家ではないのだが、管理人はあのジジイ――俺の祖父、みたいな存在であり、一応、保護者だ。いくら俺が改造しようと、責任を問う相手など存在しない。


『可哀想にって、相変わらず他人事ね。まあいいけど』


『いいわよ、別に。こうしてあたしが知ってる以上、利用ってことにはならないでしょ?』


『適当ね……』


 いつしか、彼女が作業をする音は、止まっていた。


『別に。――ただ、やっぱり、あたしは一人なんだなあって、そう思っただけよ』


『あはは、そうね。お姉ちゃんさえいてくれれば、それでいいわ』


『ごめんなさい、つい。あははっ』


 見えないからこそ分かる。その笑みは、明るさからくるものではない。――傷を覆い隠そうとする、作り笑いだ。聞いている俺までつらくなる。




 ――願いの魔法。人生に一度だけ、なんでも願いを叶えられる、究極の魔法。


 誰しもに平等に与えられ、八歳になると使えるようになる。ただし、ほとんどの願いは、自動的に魔法に還元される。




 高校一年で留年している、頭の悪い俺の個人的な考えなど、アテにはならないかもしれないが、感覚的に、そのとき持っている一番強い願いが、「魔法で叶いうる願い」であれば、否応なく、魔法に還元される。



 しかし、御年十六歳のまなは、まだ、願いを使わずに持っている。だから魔法が使えないし、少年や魔王のような輩に、利用されそうになる。


「誰かが守ってやらないとな」


 一月前に買った鉢植えに、すっかり習慣となった水やりをしながら、誰にともなく、呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る