第3話 わー、おはな、きれー
これは、事件が起こる前の――二度寝前の、まだギリギリ、学校の開始時刻に間に合っていたであろう、朝の話だ。
突然だが、俺は留年した。そのため、今年も昨年と同じく、高校一年生として生活することになっている。
「ふあぁ……。まだ昼か……」
ボサボサの頭をかき、ぐーっと伸びをして、さあ、二度寝しよう――。
「おい、ハイガル。そろそろ起きてもいいんじゃないか」
せっかくの二度寝を妨げるようにして、男は勝手に鍵を開けて、俺の部屋に押し入ってきた。
「俺は、寝ています」
「君というやつは……。今日は新学期初日だろう? 行かなくてよかったのかい?」
「安心しろ。今年がダメでも来年がある。それに、あいにく、俺には強い魔力とコネがあるんだ。卒業なんかしなくても、仕事には困らない」
「とんでもなくポジティブだな!?」
「ただのゴミクズ的思考だ」
正直、これから先、生きていくのに困りはしないだけのお金は、もうすでに持っている。親の遺産もたんまりあるしな。だからまあ、ある意味では、気楽だ。
「君はゴミクズなんかじゃないさ。それに、君がクズなら、僕はその辺の塵やホコリと話している、おかしなやつになってしまう」
「え、ギルデ、お前、塵やホコリと話せないのか?」
「話せるのが普通なのかい!? ……なわけないな! はあ、まったく。相変わらずだね、君は」
今のを一瞬でも信じるのはどうなんだ。
ともあれ、わざわざ起こしに来てくれた好意を無下にするのもためらわれ、仕方なく、俺は起き上がることにする。
「ふあぁ……。ちゃんと寝たはずなのに、もう疲れたんだが」
「寝過ぎだ。たまには散歩にでも付き合ってくれ」
「嫌だ。めんどくさい。ピザが食べたい」
「その生活で、よくその体型が保てるな……」
俺は、自分の胸板や、二の腕の辺りを触ってみる。ほどよく筋肉のついた、引き締まった体だ。
「暇すぎて、筋トレしてるからな。そもそも、俺をお前みたいな一般ジンと一緒にしてもらっては困る」
「いちいち、鼻につく言い方だね……。暇なら学校に行けばいいじゃないか」
「めんどくさい」
「そうかい。……それで、散歩には付き合ってくれるのかな?」
「はあああぁぁぁ。仕方ない。散歩されてやるか」
「僕は君の飼い主か何かなのかな……?」
支度を整え、髪型だけはギルデに整えてもらい、俺はギルデと、久方ぶりの外に出る。
「君、こうして外に出るとますます白いな」
「まあ、ほとんど外に出ないからな」
きっと、俺の肌は人と比べて、白いのだろう。
「ペットでも飼ったらどうだい? 用事があるときは、僕が預かるよ」
「でも、掃除が大変だろ?」
「ああ、確かにね。それなら、植物はどうかな?」
「植物か……。まあ、それくらいなら」
「よし、決まりだ。今から買いに行こう」
「今からっ?」
「大丈夫だ。育て方はちゃんと教えてやる」
「そういうことじゃ、ないんだが」
まさか、本当に買うことになるとは思っていなかったのだが、なぜか俺はギルデと、今日から育てる植物を見ることになっていた。マジか。
「おお! これ見てくれ、君の好きそうな植物だ」
「どんな植物なんだ?」
「食虫植物だね。虫を食べてくれる」
「おお、めちゃくちゃありがたいな。買った」
「あとは、きれいな魔法植物もあったほうがいいかな。さすがに、食虫植物だけじゃあ、見栄えがよくないし、魔法植物なら育てやすいだろうから」
「じゃあそれも」
「あとは……そうだな。いい香りの花も、好きだったよね?」
「ああ、ベルスナーキーとかな。でもあれは、育てるのが難しいらしいから、別のやつがいい」
「だね。あとは――」
相談しながら、俺の部屋に置く花をいくつか見繕い、購入した。値段は見ていない。
ちなみに、持ち帰る際は、空間収納と呼ばれる魔法を使えば、荷物にならない。
無限の空間に、どんなものでもしまっておける、便利な魔法だ。王女はここに、ホールをしまっていたな。
「それで、どうやって育てるんだ?」
ギルデに、ベランダの適当な箇所に鉢を設置してもらい、俺は尋ねる。
「いいかい。まずは、これを持つんだ」
渡されたのは、鼻の長い容器。俗に言う、ジョウロ。
「ここに、水を入れて」
台所へ行き、水を入れる。
「それを、鉢に向かって傾ける」
しゃわあ、と、やわらかい水が、植物たちを濡らしていく。
「以上だ」
「なんだ、簡単じゃないか」
「それを毎日続ければ、しばらくは、枯れない。全部、一年を通して咲くものを選んだから、気温も気にしなくていい」
「毎日かー。三日で枯らす自信しかない」
「そんな自信は持たなくていい」
「三日も持たないかもしれない……!!」
「なんでそうなるんだい」
と、いうわけで。我が家に、お花たちがやってきました。さて、寝るか。
――とまあ、こんな感じで、俺は日々、のびのびと、健やかに、過ごしている。
ちなみに、ギルデは大学生だ。ニートではない。
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