第2話 みまもり探知

 クソジジイがなぜ、あの女に勝てるかどうかなぞ聞いてきたのか、少し考えて、納得のいく答えに至る。


「……なるほどな。あの女をどうにかしない限り、本命にはたどり着けないわけだ」


「その上、おまけつきだ」


 本命――もとい、かわいいくしゃみの少女。その気配の近くには、少年の影が一つある。先のヤバ女がかなり魔力を消費しているのを考慮しても、それを遥かに上回る魔力だ。とはいえ、


「あっちには勝てる気がするけどな。魔力も実力も、俺のほうが上だ」


「だが、二人同時に襲ってきたら、どうする」


「……まあ、俺が襲われることはないし、戦う必要性も感じないな。今のところは」


 男女二人は、少女を守っており、今のところは味方なのだから。


 まあ、こいつにとってはそういうわけにもいかないのだろうが。


「マナ様の身柄を補足しろというのが、魔王様のご命令だ」


 ――馬鹿馬鹿しい。


 確かに、従う義務はあるが、今のところ、なんの罰則も受けていない。この先、万が一、ということもあり得るが、


「先のことはそのとき考える。それより、いいのか?」


 戦闘――いや、女による一方的な暴力を受け続け、男は手段を選んでいられなくなったらしい。


「……ホールか。クロスタを失うわけにはいかんな」


 ホール――物体との衝突により爆発する、宙をただよう爆弾、とでも言えばいいのか。


 魔力の塊である闇の小球は、物体に触れると急速に膨張し、触れたものすべてを消滅させる。


『この魔法が発動すれば、確実にこの都市は消滅する。降参するなら今のうちですよ』


 クロスタは、発動させたホールをアスファルトへ叩き込み、この学園都市、ノアごと消滅させるつもりらしい。


 ほんと迷惑なやつだな。そもそも、当初の目的はどうした。お前はあの子を、マナをツレモドスために来たんだろ。


 あの女をこの世から消し去るために、マナまで消してどうする――いや、マナだけは残るか。でも、どのみち、自分も消えるんだから、それだと連れ戻せないだろ。


「はあ。そろそろ、スタ、気絶させてもいいか?」


「……いや。これであの女を、あわよくば、あの男まで殺せるのなら、本望だ。わそは命を差し出そう」


 低く唸るような、それでいて、どこか楽しげな、気味の悪い声でつぶやき、ジジイは人の姿から、元の姿――カラスへと戻り、カラスジジイとなって、空へと飛び立った。



 何が起こってもいいよう、俺は、都市ごと避難させる魔法の準備を始める。



 クロスタが地面にホールを叩き込む直前、女は彼を空へと瞬間移動させ、ホールを空へと発射させる。


 だが、素早くホールの軌道上に移動したカラスが、対空していた。かすりでもしたら終わりだ。


 クロスタや、あのカラスまで助けるかどうかは、正直、悩む。悩むが――。


 そのとき、女がカラスめがけて、手を横薙ぎに払う。


 ただ真横に手を振っただけなのに、風で翼がもげ、カラスはバランスを崩した。さらに、風の魔法を浴びせる追い打ちをかけ、カラスを軌道から離れたところに飛ばす。


「あの女とだけは戦いたくないな……絶対に」


 手刀で風をおこして鳥の羽をちぎるなんて、本当に人間か? 手加減って言葉を知らないのか? ヤバさが限界を突破してるが?


 ともあれ、やっと、空へと向かうホールの軌道上に、何もなくなった。そろそろ気を抜いても大丈夫――かと思いきや、クロスタが最後の悪あがきを見せる。


 彼は、最後の魔力を振り絞り、軌道上へと瞬間移動していた。


「本当にクソスタだな……」


 ここまで来ると、あの女。



 ルスファ王国第二王女、王位継承権第一位にして、人類最強の名を持つ、齢十六の人間。



 そんな王女が、この危機にどう対応するのか。


 ギリギリまで、様子を見てみよう。


 

 王女は、近くで最も高い高層ビルめがけて走り出し――一秒と経たないうちに、魔法も使わずその身一つで、屋上へとたどり着き、跳躍した。魔法のない純粋な跳躍。なのに、無重力を感じさせる。


 空高く、宙に亀裂を生じさせ、異空間を生み出す。


 ホールは今や、高層ビルほどの大きさに膨らんでいた。


 しかし、王女はそれよりもさらに、大きな空間を生み出す。



 ギリギリだが、確かに、届いた。



 ホールは王女の生み出した空間に吸い込まれ、この世界から消えた。


 俺はやっと魔法を解除し、緊張も解く。


「――やるな。だが、シルエットの濃さから考えるに、魔力切れか。意識は」


 高層ビルから真っ逆さまに落下していく。いくら、最強とはいえ、彼女は人間だ。そのまま落ちれば死ぬ。にもかかわらず、抵抗しようとしない。


「なさそうだな」


 まさか、そこまでするとは。まったく、無茶をするものだ。時さえ止めていなければ余裕だっただろうに、そこまでするほどの何があったのやら。


 探知により、先の魔力豊富な少年が、全速力で王女を助けに向かっているのは、分かっている。それが、わずかに、間に合いそうにないことも。


 ――仕方ない。少しだけ、手を貸してやるか。


 初日から学校をサボって、堂々と二度寝していた俺だが、一応、引け目は感じている。同じ学校の学生と思わしき彼らの記憶に変に残りたくはない。だから、あくまで手を貸すだけだ。


 意識を失いつつある彼女の落下速度を、緩め、少年の速度を上げる。時を操るという手もあったが、能力向上系の魔法をかけるほうが、効率的だ。


 その間に、あのカラス野郎は、クロスタをくわえて、瞬間移動した。おそらく、魔王城へ移動したのだろう。



「マナ──!!」



 少年が遠くでその名を叫ぶのが、はっきりと聞こえてきて、俺は動揺のあまり、無意識に振り返る。


 が、少し考えて、落ち着きを取り戻し、彼と彼女にかけた魔法が消えていないことを確認した。



 ――その後、無事、少年が少女を拾い上げたのを魔力探知で見届けて、俺はその場を去る。


「さて、ポンポンサイダーでも買うか」


 地に足をつけた俺は、トンビニトラレル――通称、トンビニを目指し、歩き始めた。

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