託す者、託される者

「ご……」


狩人が膝をつく。胸からは絶えず大量の煙が吹き出し、地面を凍らせている。致命傷、戦いは終わった。


「…まだ、だ」


少なくとも、王子の中では。


「まだいる…まだ私は、ここにある。狂い果てた者どもを…私…は……」


何かに取り憑かれたように、消散し始めている手を伸ばす。


「……答えて、くれ…だれか……人の善性とは、いつの世も変わらぬもの…そうだろう…?」


その手は何も掴まない。王子は見るに耐えず視線を逸らした。



「変わるんですよ。全部」



王子が視線を戻したのと、狩人の首が断ち切られるのは同時だった。


「嘘…だ……人の温もりは…まだ…」


落ちた首が煙となり消える。身体もまた、ゆっくりと薄れ消えていった。


「感謝します。狩人はこれで消え、無闇に死体を増やすこともない」

「……ナナハン」


そこにいたのは獣騎士ナナハン。義足がわりに、簡素な木材が括り付けられている。


「彼は祝福を受け入れることが出来なかったがゆえに、ずっと苦しみ続けていた。貴方のような慈悲深き方に倒されたのは本望でしょう」

「………………」

「……なんて。そんな訳ありませんよね。彼はずっと、人の内に探し物をしていただけなんですから」


ナナハンは狩人がいた場所に屈み、何かを拾い上げた。ペンダントだ。花の模様が入ったペンダント。


「……これは、貴方が持っていてください」

「私が……?」

「ええ。彼の探していた物は、貴方の中にあった。だから、お願いします」

「お前はいいのか」

「はい。私も……ほら」


ナナハンが手を差し出す。その手はうっすらと透けていた。


「………………」

「もはや貴方ぐらいにしか、無いのです。世は変わってしまいましたから。だからこそ、貴方は疑ってください。この世に、もはや親切な者はいない。いたとすれば、それは必ず嘘をついているのですよ」

「………………」

「それでも、貴方は貴方のままで…いてくださいね……」


ナナハンも消散した。狩人との戦い、そして渡されたペンダントの温もりは確かに王子の中で生きている。





古き狩人の残滓の追憶

アノローン城下町にて狩りを続けていた古き狩人の残滓の追憶。


はるか昔、彼は類まれなる人徳者であった。それゆえに移り変わる時代に疑問を持ち、非道を行う者たちを許せなかった。


しかし、それはもはや古い。生命はいつしか尊さを失くし、彼もまた新たな時代の一部となっていた。




仙人掌のペンダント

古き狩人の残滓が落とした仙人掌の花の模様が入ったペンダント。


古いペンダントは、未だに鉄の温かみを持っている。それは愛する家族へと向け、そして向けられたものだろうか。


裏に刻まれているのはナターシャ、ティシー、そしてハロルドだ。





「………………」


言葉など出なかった。あまりにも、重い。


しかし、それら全てを背負うのは託された者の務めだ。それも倒した者の思いともなれば。


「…安心しろ。せめて私だけでも、善くあろうとしよう」


王子は踵を返し、城へと歩を進めたのだった。







「むう……」


王子は城の前で悩んでいた。


目前には城門。合図が無ければ開くことは無い。


そして、その合図は兵士の者らしか知らず、王子もまた知らないものだった。


どこかから入り込むことはできないだろうか。一度城の周囲を探索してみるのも良いかもしれない。


王子が門に背を向けたその時、背後で音がした。


咄嗟に剣を抜き振り向く。しかし、そこには何もいない。


周囲を頻りに見回し、耳を澄ませてみるが生きている者の気配は無い。


一抹の不安を抱えながら、王子は探索を始めた。





探索終了。収穫は無かった。


深い堀が城を隔て、さらに外壁を建てる堅城さ。見た限り、地上から入り込むことは城門を使わない限り不可能だろう。


「……父上」


城からもめっきり音が聞こえない。城内にまだ生命があるかも不明だ。


もしかすれば、父上は……。


王子は何度目かわからないかぶりをふり、頬を打った。


嫌に最悪の想定が脳裏を過ぎる。これではいけない。一度退き、また注意深く調べることしよう。


王子は盗人の家へと向かった。最低な奴とはいえ、言葉を交わせる者との接触は心が楽になるものだ。


家に辿り着き、扉のノブを掴む。そこでふと、違和感を覚えた。


気配には特別敏感なあの男。家の扉の前に誰かが立てば、品を急いで出しつつ怪物かどうかを恐る恐る調べるのがよく見る彼の行動だった。


その際にはガチャガチャと品のぶつかる音がよく響いたものだが、家の中からはそういった音は聞こえない。


聞こえてくるのは低めの声。言葉が喋れないのか、一音を伸ばした、それこそ悲鳴のような━━━━


「何があった!」


扉を力任せに開け放ち、中の様子を確認する。


盗人が壁に縛られ、口と目を塞がれていた。素早く駆け寄ろうとした王子の背後で物音がする。


振り返ろうとするも既に遅く。王子の胸から刃が顔を出した。


血の気が引く。力が抜ける。


膝をついた王子から剣が抜かれる。床に倒れた王子が最後に見たのは、歪な形の剣に付着した血を拭う、黒いフードの人。


「…任務完了だ」


ローブから見える腕は人間の物では無く、覗く顔は虫の物だった。


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SOMUNIA ILLUSIO サンサソー @sansaso

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