最終話 エルフさんと幸せな日常を送ろう

 そのエルフは、二度人生の変革を味わった。


 一度目は五年前のあの日。記憶の彼方へ消し去りたいと思うほど、忌まわしき日。


 家族を失い、友を失い……そして故郷を失ったと同時に、奴隷にまで身を落としたあの日だ。


 そして二度目は、あの男──テオ=フリードリヒと出会った日。


 何の前触れもなく現れたあの男は、その圧倒的な力で奴隷商会を滅ぼし、虐げられていた全ての奴隷を難無く解放した。


 男にとっては何でもない行動……。


 まるで、近くの商店に買い物に出かけるが如くこの要塞跡地へ赴き、辺りを飛び回る虫を散らすかのように奴隷商会を滅ぼしてしまった。


 気まぐれや戯れとも覚える行動だ。しかし、その軽いノリの行動に救われたものも多いだろう。


 エルフ──ロゼもその一人。


 奴隷商会が滅んだ後、全てを亡くし生きる希望を失っていたロゼはテオに引き取られ、そして新たな人生の幕を開いた。


 かつて、奴隷にまで身を落としたそのエルフは今────。



「アイツ、どんな顔をするんだろうな」


 ロゼ=シュトルム改め、ロゼ=フリードリヒは笑みを浮かべながら、愛する夫の待つ自宅へと向かう。


 ここしばらく、不定期で謎の体調不良に襲われていたロゼ。


 もしかして流行り病にでも罹ったのではないか……? そんな不安を抱え、夫からの助言もあって先程まで病院に行っていた。


 エルフは元々、森の奥地で過ごしていた種族だ。今住んでいるこの街はかつて住んでいた故郷と比べると、空気が淀んでいる。


 その空気が自身の身体と適応せず、何らかの病を発症させたのでは……そんなことを考えていた。


 もしそうならば、すぐにこの地を離れて元居た森へと帰る必要があるだろう。夫に言えば嫌な顔一つせず、すぐに引越しの手筈を整えてくれるだろうが、それでも気が引けた。


 ……しかし、ロゼの不安は杞憂に終わる。


 病院でいくつかの検査の結果、ロゼは健康体そのものだった。それだけではなく、嬉しい事実も発覚して────。


「ふふっ……」


 先程医者から告げられた嬉しい事実。


 そのことを考えると自然と頬が緩む。さらに、それを告げたときの夫の反応を予想すると、自然と口角が上がる。


 そんなことを考えていると時間はあっという間に過ぎ去る。気付けば、いつの間にか自宅の前へと到着していた。


 手に持ったカバンから鍵を取り出し、一言だけ「今帰ったぞ」とだけ告げる。すると奥からパタパタと足音が聞こえ、ロゼの視界には愛する夫の姿が映る。


 ──テオ=フリードリヒ。今から数か月にロゼを救った張本人。


 ルーヴェ王国最強の戦士であり、かつて魔王を滅ぼした英雄。かつては『勇者』や『夜明けの破壊者ルーヴェ・シャルヴ』の二つ名で呼ばれていた。


 だが柔和な笑みを浮かべるその姿からは、どこにでもいる好青年という印象を抱く。


「お帰り。身体はどうだった?」

「ああ、健康体そのものだった」

「じゃあ、お前の不調は何なんだろうな?」

「それは後でのお楽しみだ。……ひとまず昼食にしよう」


 そう言ったロゼは近くの壁に掛けられた時計を指差す。


 時刻は1時を回っており、普段12時半ごろに昼食を取ることから考えると少々遅めの時間だ。


 ロゼの口にした「お楽しみ」という言葉に疑問を抱きながら、テオはキッチンへと向かう。


「ほら、さっさと食って教えてくれ。このままじゃ気になって夜しか眠れない」

「それだったらしばらく教えなくてもいいかもな」

「うるせぇ。早く教えろ」


 そんな会話を繰り広げながら、テオは手早く料理をテーブルへ並べていく。


「お前が料理だなんて珍しい。それに、これは先程完成したばかりだな?」

「流石に無理させるわけにもいかないと思ってな。ま、あんまり味は期待するな。初めて作ったやつだからな」

「これは……粥か?」

「残念、見た目は似てるけど粥ではないな」


 粥と雑炊の大きな違いは、「使う米の種類」と「味付け」だ。


 粥は生の米を大量の水で柔らかくし、その味付けは塩や卵といったシンプルな味付けに対し、雑炊は炊いた米を使い、味付けも醬油などを使ってしっかりと味付けを行う。


 専ら病人や離乳食の際に食される粥ではあるが、改良が加えられ誰でも食べられるようにしたもの──それが雑炊だ。


 ロゼが知らないのも無理はない。何故ならば、これは東方の国特有の料理であり、かつてテオが魔王討伐の旅をしていた折、東方の国へ立ち寄ったとき学んだ料理だからだ。


「早速頂くとしよう」


 合掌を済ませると、大鍋からお椀へ少量の雑炊をよそって口へと運ぶと、何度か咀嚼を繰り返す。


「……美味いな。さすがはテオ、料理上手だな」

「それは嫌味か? たった一か月料理教えただけで俺より上手くなったロゼさんよ」

「おっと、嫌みに聞こえてしまったかな? すまない、そんな気はないのだがな」


 ロゼが不敵な笑みを浮かべると、テオは悔しそうに「ぐう……」と唸る。



「あぁ……平和だな」


 ふと、ロゼがそう口にする。


 何の脈絡もない一言に、テオは不思議そうに首を傾げた。


「以前の私じゃ考えられなかったことだ。こんな風に、愛する者と他愛のない話をしながら食事をするなんてな」

「そんな歯の浮くようなセリフを吐くだなんて、お前らしくもない」

「思っていることをそのまま口にしただけだ」


 ロゼは語る。今の自分がどれほど幸福の絶頂にいるかを。


 その8割方がテオへの惚気であり、甘ったるい愛の言葉。それだけで既に、事情を知らぬ者でもロゼの思いを理解できるだろう。


 テオであれば尚更のこと。頬を赤らめ、珍しく羞恥に悶えながらも理解した。


 ──そうしているうちに、二人は食事を終える。


 食器の類を流し台へ持っていき洗い始めたところで、テオはずっと気になっていたことについて、ロゼへと尋ねた。


「なぁ、ロゼ。そろそろ教えてくれよ」

「ん? 何をだ?」

「とぼけるなよ。さっきお前が言った『お楽しみ』ってやつさ」

「あぁ、それか。それはだな──」




「──できたんだ、お前との子どもが」

「な……」


 皿を洗っていたテオの手が止まり、今まで見たことのないような驚愕の表情を浮かべる。


 初めて見る愛する者の表情を目の当たりにしたロゼは、ニヤリと笑みを浮かべながらテオへと歩み寄り、耳元へ顔を近づける。そして──。


「──これから幸せな日々を、家族3人で歩んでいこう。なぁ、パパ?」


 そう囁いた瞬間、ガシャンという音が家中に鳴り響いた。

 


【あとがきのコーナー】


 これにて完結です。


 色々とリアルのほうが忙しかったため、完結までに数ヶ月かかってしまいましたが、お付き合いいただきありがとうございました。たった10話だったというのにこれだけ時間をかけてしまって申し訳なかったです。

 

 結局こんな形で終わりましたが、正直本来のラストとはかなり外れてしまってますし、変な形で終わったかもしれません。これに関しては私の能力不足です。


 いやホント、いろいろあったんですよ。学校が忙しすぎたり、コロナにかかったり……思いの外、執筆できる時間が取れなかったんですよね(絶賛言い訳タイム)。


 でも最後まで走ることができたのは、このような不出来な作品を呼んで下さった皆様のおかげです。本当にありがとうございました。


 さて、次回作についてですが……正直全く考えてません!!


 以前執筆していた作品のリメイクを書くか、まったく関係ない短編をあげるか……そこらへんは今考えている途中です。


 それでは今作はここまで。また次回、ご縁があればお会いしましょう。ありがとうございました!!

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独り身勇者が奴隷エルフを迎えたら。 涼ノ瀬 亜藍 @suzu-aid1206

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