第1話

時は現代。今や不治の病は悪魔のせいだとか不幸に見舞われるのは妖怪が取り憑いているからだとか、そんな戯言を耳にすることはほとんど無くなった世の中。しかし人々が大勢集まる都会とは離れた、緑豊かな自然たちがまだ息がしやすい山奥の地域ではそういった厄災は妖の仕業だと信じる者も少なくはない。ここ水無月神社でも多くの者が訪れては心身を清めに、ある者は毎日、ある者は何日何ヶ月とかけて参拝しに訪れていたが、今はそういった者は見かけなくなってしまった。かといって神主は年齢を重ねては行くものの信仰しなくなることは決してない。


「どうじゃ!これは売れること間違いなしじゃろ!」

銀色の輪っかにぶら下がった黒い片翼。指で揺すってみると小さな鈴がその振動に答えるように鳴いてくれる。商品棚に置かれた大量の片翼たちは今にも鈴を鳴らしたがってるように、光に照らされて輝いている。

「おじいちゃんこれほんとに売るのー?今どき流行らないよー」

最近参拝者が減ってきて寂しいからって、水無月神社に纏わる新しいグッズを製作し、大量に売ろうとする私のおじいちゃん。ただジェネレーションギャップのせいかおじいちゃんが発案するストラップや小物たちはデザインが古臭くてあまり売れ行きが良くなく、いつも売れ残しては暗闇の倉庫へ眠らせている。あの子達はいつまた陽の光を浴びるのか、少しだけ可哀想に思ってしまう。そんなことを口にしたら由緒正しきこの神社はだな、と耳にタコができるほど聞かされた神社にまつわる古い言い伝えを自分の気が済むまで続けられるので心の奥に止めておく。

学校が無い休日は自分の部屋でのんびりと気ままに過ごしたいが、今日は母に神内の掃除を頼まれたから面倒と思いつつも倉庫にあるほうきを持とうと手を伸ばす。

「痛っ」

チクリと痛みが走った指先を見ると木の針が

刺さって、抜いてみるとジワジワと赤い血が流れてくる。ただ豆粒ほどの傷なので応急処置をするほどではないと、ここは人間の自然回復力に頼ることにした。


色鮮やかな落ち葉の山を作る。

1日輝き続けた太陽がそろそろ休もうと沈んでいく頃には一通り掃き終わってちりとりを持ってこようと再び倉庫へ向かおうとした時、ふと千年樹の傍に黒いものが目の端で捉える。風に煽られて一見カラスの羽のようなものが千年樹の傍らに落ちていた。

はっと気がつけば千年樹に歩みを進めていた自分に驚く。真っ黒に染る不思議な片翼。吸い込まれるように手を伸ばし掴もうと方翼に触れた瞬間、さっきまでオレンジ色に染っていた空が黒く染まり足が重力に逆らい、地面から離れて体が浮遊する。

「な、何これ…っきゃああ!」

自分の体が浮くなど宇宙空間に来た訳でもないのに、理屈が理解出来ずに開いた口が塞がらない間に翼、いや、千年樹へ吸い込まれてしまった。

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異世界巫女様の憂鬱 のえ。 @Noe_

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