異世界巫女様の憂鬱
のえ。
プロローグ
この世は時間という名の鎖に縛られている。毎日が大きな砂時計のように、躊躇うことなく下へ落ちていった時間は二度と元へ戻りはしない。そして全ての時間が落ちた時、地球が砂時計をひっくり返して新たな時間が刻まれる。
どんなに後悔しても、どんなに願っても、どれだけ祈りを捧げても過ぎ去った過去には戻れない。強いて言うなら過去を変えるには今を進む時間に乗じて、1秒1秒過ぎていく今を変えていくしかない。
「………………」
もしも祈りが通じて過去へ戻れるならどれだけ大いに歓喜しただろう。過去の自分を引っぱたいて、怪我をした指で千年樹の傍に落ちていた暗黒の翼に触るなと説得する。
ある物に対して"普通"と名付けるのは難しい。何処までも透き通る普通の空、逆らうことなく蒼い海へ流れていく普通の川、街を行き交う大勢の普通の人。もしそれが何処までも暗晦する"普通"の空、逆らうことなく赤い海へ流れていく"普通"の川、街を這い蹲る大勢の"普通"のニンゲンだったとしたらそれらは全て普通なのか。人間はその見た目だけで自分たちの普通と定義付けて、見た目が異なると普通では無いのか。
目の前にいる"普通のニンゲンでは無い者"は異様な体つきをした自分を見回し自身の安否を確認して、驚いて尻もちをつき開いた口が塞がらない私には興味が無いらしい。頭に生える角、気味が悪いほど真っ白な肌、見え隠れする輝く八重歯、オマケに背には先程拾った小さな羽が生えている。17年間培った脳内図鑑にそれらしき標本を見つけて確信する、完全に吸血鬼だ。
「………お前」
目の前にいる"普通の人間ではない者"は私に気づきその鋭い目で全身を見廻す。未だに金縛りにあったかのように足を動かして距離を置くことも手でその者を引っぱたく事も出来ない。そんなことを知ってか知らぬか、不気味に口角を上げて高笑いをするその者を見上げる。
「お前が俺を呼び起こしたのか。仕方ない、女は好かぬが再びこの世に復活した礼をしなければな」
「なっ!」
そう言って何の躊躇いもなく私の首を掴み、咄嗟に引き離そうとするも力を緩めることかさらに力を強めてその鋭い爪が首に食い込んで小さな悲鳴が漏れる。
「安心しろ、今俺は気分が良いのだ。そう悪くはしない」
怯える心を見透かしたかのようにその悪魔のような囁きとともにゆっくりとその者の頭が近づき、冷たい八重歯が首にあたる感覚があって咄嗟にぐっと目を閉じる。その瞬間瞼の向こうで何かが光った。目を開けると当たりが光に包まれて雷撃が落ちたような激しい雷を放ち、その者はすぐさま私の首を離して私と距離をとる。何が何だかわからず先ほどかまれたと思った部分を擦っても歯形や傷はついていない。
「ど、どういうこと?」
「てめぇ…!」
明らかに殺意と怒りが籠った声の方を振り返る。先ほどまで冷静な様子だったその者は明らかに取り乱し、その眼には何かに怒りを感じている様子だ。よく見ると私の首を持っていた右手は何かが焼けたような音を立てて煙を上げている。
「"向こう側"かよ!」
「む、"向こう側"?いったい何の話をしているの?ここはどこ?」
辺りはも暗晦する空のせいか薄暗く、建物らしき建造物はあるが草木は隣にある大木一本のみ。そして時々どこからかこだまして聞こえてくる鈍い音と悲鳴。右手からの煙がなくなって手首を振っては正しく動くかを確認するその者に問う。
「あ?何言ってんだお前」
「だ、だからここはどこなの!」
「アルストラだろ」
「あ、あるす・・?」
目が点になっている私に呆れたのか首を搔いて舌打ちをしては背に生える翼を広げて空高く舞い上がり、一切の光も差し込まない暗躍した世界を見渡し呟く。
「アルストラ王国。凶悪な魔物達が蔓延る廃れた王国だ」
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