不老不死
何故ここにいるのかは分からないが、ここは18世紀のアメリカだと思う。これでも日本の良い大学を卒業したんだが、その程度で昔のアメリカ人と意思疎通出来る訳もなく、飢えて意識も朦朧としたまま森へと迷い込んでいた。すると自分の前に若くて綺麗なアジア人の女性がどこからともなく現れてこちらを覗き込んでいた。ここにいても飢えて死ぬだけだと思い、最後の力をふり絞って彼女についていく事にした。
少し歩くと小さな小屋があり、何らかの食べ物が入った鍋が火にくべられている。拙い英語で食べてもいいか聞くも、彼女は微笑むだけなので勝手に食べる事にした。数日ぶりの食事で満腹になった自分は、気が付くと彼女のベッドで寝てしまっていた。慌てて起きると、彼女は月明りで本を読んでいた。勝手にベッドを占有してしまった事をこれまた拙い英語で詫びたが、依然微笑むだけだった。
勝手に食事をし、勝手に寝る生活が数か月続いた。彼女はどうやら普通の人間ではない様だ。この数か月間、彼女が食事をする所も寝る所も見た事がない。それに暖炉の火は薪をくべなくとも火が消える事は無いし、鍋の中の食事も幾ら掬っても減る事は無い。この様な生活が、更に数年続いた。彼女は老いる事を知らない様だった。
ある日、彼女はナイフで掌を切り、流れた血をコップに入れて渡してきた。気味が悪かったが、飲んでみると翌日から食欲も眠気も無くなった。私はやっと彼女に認められた様な気がして、嬉しかった。森の中を散歩して小鳥のさえずりに耳を傾けたり、本を読む彼女の横顔を眺めるだけの日々が更に数十年続いた。
ふと彼女の顔を見ると、顔の皺が一本増えた気がする。嫌な予感がした。更に数年が経つと彼女は明らかに老い始めていた。あの日彼女の血を飲んだ自分には分かる。彼女は自分の意思で老いる事にしたのだ。自分には彼女のいない日々など考える事は出来なかった。もうほとんど覚えていない英語で必死に老いる事をやめてくれと懇願したが、やはり微笑むだけだった。
出会った時は少女の様ですらあった彼女は少しずつ老いていき、遂にはベッドで寝たきりになってしまった。生きた年数で言えば既に老人とも言える私は、泣きながら生きて欲しいと伝え続けた。生きられるのに死ぬ事を選ぶ意味が分からなかった。そして遂に恐れていた日が来てしまった。
生きる理由を失ったが、それでも彼女の様に老いる事を選択する度胸も無かった。森の小屋にいると彼女の事を思い出すので、都市部へ移動した。アルコールで脳を鈍らせながら辛うじて生きていたら、いつの間にか地下鉄が建設される様な時代になっていた。風雨を凌ぐ為に地下のホームに座っていると、日本からの観光客の家族が通りかかった。「おじさん何してるの?」と言われ見上げると、少女は彼女と同じ目をしていた。
夢日記 @_r1ngo_
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