第3話 真夜中の口実

「はい、皆さん全国大会ゴールド金賞、よく頑張りました」


 名古屋市内の大きなホールの外で、飛鷹高校吹奏楽部の面々は顧問を取り囲むような形で集まっていた。


 あれから俺たちは無事に全国大会出場を果たし、今日行われたその全国大会で最高位の金賞を獲得することができた。


「辛かった時もあったと思いますが、それを乗り越えてくれたからこそ、こうやって最高の結果を出すことができたように思います」


 顧問の竹波先生が1人1人の顔を見ながら労いの言葉を掛けていく。女子部員たちのグスグスというすすり泣きがあちこちで聞こえて、収拾がつかなそうだ。


 俺だって泣きたい。今まで生きてきた中で一番頑張ったし、一番嬉しい出来事だ。制服の左肩に付いた水色のリボン(コンクール出場の印)は大切に取っておこう。


「ところでひとつ、みんなに聞きたいことがあるんだが」


 竹波先生が人差し指を立てた。すすり泣きしている女子部員も目を竹波先生に向ける。


「支部大会前日の真夜中に、校舎に侵入した人がいるね?」


 ドキッ。


 170センチの俺は首をすくめて女子部員に紛れようと背を低くした。なんでバレたんだろう。チラ、と美佳を見ると泣き腫らした目で俺を見ていて、目が合うと人差し指を自分の口元に持っていった。内密に、ということらしい。


「僕はわざとハーモニーディレクターを鳴らしてたんだけど。誰かが侵入すれば止めるだろうと思ったから。支部大会が終わって音楽室に行ってみると音が止められているどころか、丁寧にコンセントまで抜かれてた。誰かの仕業としか思えない。誰? 忘れ物をして本当に真夜中に学校へ侵入した人は」


 あの442Hzのシ♭の音は、罠だったというわけか。


「あの、竹波先生」

「はい、部長。なにかな」

「見回りの警備員さんの可能性はないでしょうか」


 犯人の美佳は堂々と「疑われるなんて心外だ」と言わんばかりに可能性を指摘する。どうやら自首する気はないらしい。


「確かに警備員さんはマスターキーを持っているのでその可能性はある。でも警備報告では『異常なし』と書いてあった。午前3時の見回り時には、すでに音は止められていたということだ」


 竹波先生は人差し指を上に向けて探偵のように自分の推理を口にした。今日で引退だし、素直に自首して後腐れなく去った方がいい気がする。


「美佳」と呼びかけかけて、腕をつつかれた。見ると美佳と仲が良いフルートの同級生が耳打ちしてきた。


「美佳ね、本当はマレットなんて忘れてなかったんだよ。支部大会直前で不安になって、君に会いたくなったんだって」


 意味、分かるよね?


 そう言われてゆっくりと美佳を見ると、彼女は恥ずかしそうに小さな舌をペロッと出した。


 そうか、マレットを取りに行くのは口実だったのか。


 聞こえないはずの442Hzの音が、またどこからか聞こえてきた。


「先生。本当は音なんて鳴らしてなかったんじゃないですか?」

「え? そうなのかな。そう言われてみれば絶対鳴らしたっていう確証はないな……なんせもう2か月も前のことだし……」

「もー、先生。そんなことよりみんな! 全国行けたのも金賞獲れたのも竹波先生の指導のおかげなので、胴上げしましょう!」


 おお~いいね! と、コンクールメンバー55人プラスサポートメンバー数人で竹波先生を持ち上げる。


 10月の夕焼けは見惚れてしまうほど綺麗で、その背景をバックに宙を舞う顧問がいて、さらには「勘弁してもういいから!」と叫ぶ竹波先生を見て大笑いしている幼馴染がいる。


 そんな姿を見て、今度は俺が会う口実を作ろうと思った。



END.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真夜中の442Hz 小池 宮音 @otobuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ