臆病になるのは

きと

臆病になるのは

 現在の時刻は、日曜日の午後3時。

 夕方とも昼間とも言えないなんだか微妙な時間帯に、少女は自分の部屋のベッドの上で頭を抱えていた。

「う~」

 小さくうなるが、特に何かが変わることはない。そんなことは分かっているけど、悶々としたこの感情は、声を出しておかないと変になってしまいそうだった。

佳奈子かなこ……。あんたまだ迷ってんの?」

 声を出したのは、ベッドの上で悩む部屋の主ではなく、その友人の明菜あきなだった。

「明菜ちゃん……どうしよう~~~」

「いや、佳奈子さぁ。もうラブレターまで書いておいて、今さらどうしようもないでしょう。直接渡せないなら靴箱くつばこにでも入れればいいじゃない」

 悩める少女である佳奈子には、好きな人がいた。同じクラスのこれと言って特徴のない男子だ。学力も顔も普通だが、とにかく優しかった。運動音痴なところもあるが、それがなんだか可愛かった。

 そんな彼に告白しようと決意したのが、1か月前のこと。対面で告白するのは確実に心臓が破裂するので、ラブレターを渡そうと思ったのが2週間前のこと。そして、ラブレターを書き終えて、本当に渡すのかと決意が揺らぎ続けているのがこの1週間だった。

「う、うちの高校は靴箱に戸がついてないから、誰かに見られるかもしれないじゃん!」

「じゃあ、机の中に入れておけば?」

「私、いつも教室に遅く来て早く帰るんだよ!? 教室に長い間居たら、なんかあるんだなってクラス中に感づかれるじゃん!」

 明菜は、あきれるしかなかった。このままいけば、何かしらの理由をつけて卒業式になっても告白しないだろう。友人として、佳奈子には嬉恥うれしはずかし恋人のいる高校生活をエンジョイして欲しいのだが。

「ねぇ佳奈子はさ、あいつと恋人になりたいんだよね?」

「そ、そうなれれば最高だけど……」

「じゃあ、一歩踏み出さないと。そんなんじゃ、誰かにとられるかもよ?」

 佳奈子は言葉に詰まっていた。分かっているのだ。愛しの彼といい関係になりたいという願望を叶えるには、うじうじしていても仕方ないことも。こうしている間にも、誰かが彼をかっさらう可能性があることも。

 でも。

「好きだからこそ、踏み出せないんだよ~。うえ~ん、明菜ちゃ~ん」

 あまり考えたくない可能性だが、もしフラれた場合。もう彼と佳奈子は、友達としてもギクシャクしていくだろう。あんなにも楽しかった時間が、崩れるかもしれない。そう思うと、どうしてもあと一歩が踏み出せなかった。

 助けを求める佳奈子を見て、明菜は思案する。

 このヘタレをどうすればいいのだろうか。

「……佳奈子」

 頭を優しくなでる明菜に、佳奈子は少し戸惑う。

「明菜ちゃん?」

「私もね。中学の時、好きな人がいてさ。その人といると、世界が輝いて見えたんだ。でも、結局告白しないで、高校もバラバラになってさ。……もう会えなくなった」

 明菜は思い出す。隣の席の無口なあの男の子。ぶっきらぼうだけど、とても人を大切にする人だった。

「今、思うんだよね。あの時告白しておけば、もしかしたら恋人になれたかもしれない。フラれたとしても、こんな風に胸を締め付けられることもなかった」

 あの時の明菜は、勇気が出なかった。好きだから、怖かった。

 あの怖さを乗り越えておけばよかった、という気持ちがこれから先も消えることがないことなど思いもせずに。

「佳奈子、頑張って。どんな結果でも、告白しておけばよかったって消えない気持ちを抱え続えるのは、辛いからさ」

 明菜の言葉を聞いて、佳奈子は自分の両頬を勢い良く両手で叩く。

「ありがとう、明菜ちゃん。私、月曜日の放課後にケリをつけるよ」

「あんまり気合い入れ過ぎて、先走らないようにね?」

 明菜の言葉に、佳奈子は顔をゆるめる。だが、その目には、炎がともっていた。

 大好きだからこそ踏み出せなかったその一歩。

 臆病おくびょうになるのは、ここまでだ。

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臆病になるのは きと @kito72

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