第八膳 前半 『孤独を癒すラーメン』
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むかしむかし。
これはのちに室町と呼ばれる時代のお話し。
京のはずれ、比叡の山を眺める山裾に臨乗寺という寺がありました。古くは歴代の法王の山荘があったところを半将軍と呼ばれた管領・細川
また寺のなかには玲蔭軒と呼ばれる足利義澄のための禅室があり、この玲蔭軒の管理を任された者は軒主と呼ばれておりました。歴代軒主は日々を記し、その記録は『玲蔭緑記』と呼ばれています。
華やかな東山文化の終焉の始まりの頃でありました。
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フーフクピョ キヨキヨ
ああ、
坪庭の梅の木で、
満開の梅の香に、そういえばと色あせた思い出が綻ぶ。遠い昔。まだこの指先が淡く色づいていた頃。あれも、梅の頃のことであった。
~~~~~~~~~
それは
そうしてやっと訪れた春も足早に通り過ぎていくのだ。梅が早々に散ってしまったように。
梅に寄り添う
月もなくただ梅の香りだけが広がる黄昏れの薄暗闇。名を呼ばれその声に歩を止めた
まだこの指先は
『大事なものとは、失わねばわからぬもの』
「わかっておったわ。」
「
そう自らを慰めてみても、悲しみ沈む心はまるで
そうだ。あれは、梅の頃であったの。
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「軒主様、軒主様。」
ためらいがちの呼びかけが耳に届いた。
「軒主様、もう日が暮れまする。
冷えますのでどうかお部屋へお戻りを。」
几帳の奥には灯明がすでに灯され、ゆらゆらと部屋の中に影を作っている。供の手を借り強張った足をゆっくりと進め、円座についた。
吾が座るを待って、
「本日は寒うございますので、温かい
「経帯麺か。」
「はい。」
「そうか。」
温かい出汁の香りが胃の腑を呼び起こす。小さく鳴った吾の腹の音に、供の者が下を向いて顔を隠した。
~~~~~~~~~~
そういえば、とまた思い出が浮かんでくる。
若い梵済はいつも空腹そうであった。自らそう口にすることはなかったが、よく腹を鳴らしておった。いつのことであったか。湯漬けを出した時は遠慮がちに二杯めを欲しがった。そうだ、初めて経帯麺を出した折には、「これは何なのか?出汁は何を使っているのか?麺は何で出来ているのか?どうしたらこのような食感になるのか?」矢継ぎ早に典座に詰めよっていた。話しをしつつも早々に食べ尽し、名残惜しそうに椀を眺めておった。まことに美味しそうに食べる様子に、吾の椀を勧めたくなるほどであった。
あぁ、そういえば。吾の居寮には唐菓子もよく届けられていた。梵済は、だから居着いたのかもしれぬの。
椀の水面にぽつりと水の輪が生まれて消えた。
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「軒主様、お客人がお見えにございます。」
食事が終わるのを待っていたかのように
手燭にみちびかれ広縁を進む。
庭はすっかり宵闇に紛れ、吊り灯籠の僅かなな明かりでは木々の輪郭すら定かでない。
庭の梅の香りが少しばかり強くなったようだ。
出向いた表の間には既に人影があった。
灯明の薄明かりのなかに漂う沈香の、いやこれは伽羅か。深く少し苦味をも感じさせる伽羅の香り。その香りが客人の軽らからぬ身分を物語る。平伏する黒衣の人影がゆっくりと身を起こす。
ふと。
その姿にもう顔も定かでない若い僧が重なる。
「……梵済よ。飢えてはおらぬか?」
吾の口から思うより先に、言葉がこぼれ落ちた。
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