第四膳 前半 『餃子と共同作業』

 アッシが好きだからって、アイツも好きとは限らねぇ。

いや好いたの腫れたのなんかじゃねぇ、人と人との話しでもねぇ。

そんな大それた話しなんかじゃねぇさ。

食い物の話しだ。


 今になって気づいちまった。

アッシがうめぇ!と思うもンを他人様にも食わせてぇ。

アッシが作った料理が一番旨かったって言わせてぇ。

そんなことばっか考えちまって、もっと唸らせてやる、もっと驚かせてやるって、奇をてらった料理になっちまっていた。

食ってくれる客への思いなんざスッカリ欠けちまっていた。

ああ、たぶん…そうだったんだろうよ。

だからアッシは板前としてダメだったんだ。

いくら大将に言われても、アン時にゃわからなかった。

本当に今さらだ。  


 それでも流れ着いた長崎でよ、こうしてアイツに出会えて、ソレに気づけて良かった。アッシにはそう思えたンだ。

だから今日は『やり直し』の料理だ。

食わせてぇモンじゃなく、アイツの食いてぇもンを作ろうと決めた。


 照れ臭くっていつも『オイ』としか呼べねぇが、名前もちゃんと知ってる。

アイツは『リー・ギョク』って言いやがる。

住みかはあの二重門の向こう、アッシらにゃちぃとも足を踏み入られねぇ唐人屋敷。

そこでおっかさんと住んでいやがる。

父親てておや阿蘭陀オランダさんで、出島にやって来た商館のカピタンだったとか、船員だったとか。ソイツがけぇるってときにおっかさんは連れて行ってはもらえなかった。

そういう噂だ。気の毒な事だが、まぁ、よくある話しじゃぁある。 

年かい?さて、数えでハタチくらいってとこかな。

すらりとした柳腰の後ろ姿のいいやつだ。

髪の毛は、坊さんみてぇに前半分を剃り上げて、後ろ半分はこう、ちぃとばかり紅いソレを馬の尻尾みてえに長く伸ばしてよ、編んで長く垂らしてやがる。

ソイツが歩くたんびに赤い傘のような帽子の下で右に左にゆうらゆうらしやがるんだ。アッシがつい引っ張りたくなるのも、仕方ねぇってもんだろ?

なんだい?いや、女じゃねえ。男さね。


 「なぁ、本物の餃子チャオズをひとつ教えちゃくれめぇか。知りてぇんだ。どうだい?オメエさ、作り方知ってんだろ?」

アイツはテメェの心ン中なんぞ知りゃしねぇ。知らねぇまま、不思議そうに首を傾げた。

「私ガ デスか?」

私がって、オメェとアッシの二人しかいねぇのによ。

阿蘭陀さんの通詞やってんだ。言葉がわからねぇ訳じゃなかろう。

「ああ、オメェさんのことさ。もちろんなんだって手伝うさ。教えてくれよ。オメェの食いてぇ、いや、いつも食ってる味を。」


 なあ。ちゃんと聞くから、ちゃんと話そう。

何が好きか、何が嫌いか。

いつもみたいに短気になって話しを勝手に終わらせたりしねぇ。

どうとしてぇとか、したくねぇとか、なんでもいい。

「……なぁ、二人でうまい餃子を作ろうじゃねぇか。」

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