第四膳 後半 『餃子と二人三脚』

 「ソレナラ明日、準備シテクル。

コノ料理場デイイノカ?」 

リーは、細い目をもっと細くして笑いやがった。コイツ、こんな笑顔も出来たんだな。

「ソレカラ、『餃子チャオズ』チガウ。『餃子バンシー』ダ。

『チャオズ』ハ漢人ノ食物。」

なんて釘も刺して行きやがった。


 阿蘭陀船が到着したときの全ての世話は、地元が持ち回りでやることになっている。コイツを乙名おとなってぇンだが。荷物の出し入れから料理、洗濯、掃除、買い物、仕立てや女中の手配、あと女の世話とかな、まぁ全てだ。この「料理」ってところがアッシの持ち場ってことだな。流れ着いた長崎の町で親方に拾われ腕を見込まれ乙名の料理人の端に名を連ねた。 

出島の端っこにあるこの料理場がアッシの仕事場だ。

阿蘭陀さんの言葉のほうは流石に乙名がやれるようなモンじゃねえから、お上からの通詞と阿蘭陀さんが連れてきた華僑と唐人屋敷のモンで担っている。

リーは、唐人屋敷からの派遣で阿蘭陀さんの誰かに付いてるってことだ。


 出島の入口。大門おおもんってンだが、吉原みてぇな名前だろ。これがまた吉原の大門どころじゃねぇ厳しさだ。

女郎の足抜けを見張ってる以上のご詮議で、事によっちゃぁ下穿きの中まで探られる。ちぃと前になるンだが、丸山の遊女が怪しまれ髷を崩されるは下駄の歯まで調べられるは、しかもそっから御禁制の珊瑚が出たってことで、そりゃ大変てぇへんなことになったって話しだった。


 そぉいや、リーとの出会いもこの大門だった。

あンときゃ役人と揉めちまって…。


 「ロクザ、ロクザ!何ヲボンヤリシテイルカ?

餃子バンシーヲ作ルノダロウ?」

リーの男にしては柔らけぇ声で我に返った。

「あ、あぁ…あいすまねぇ。で、何をすりゃいいンでぇ?」

「ロクザ、肉ヲ細カク叩ク。

私、皮ヲ作ル。」

そう言うとリーは、アッシが出してやった捏鉢こねばちに小麦粉に塩とぬるま湯を入れて捏ね始めやがった。白い手が音頭を取るように上下して、後ろ姿がやけに様になっていやがる。ちょっとばかり右肩に力が入っててよぉ伸び上がるようするときの腰つきがやけに婀娜じゃぁねえか。

「ロクザ!叩ク、細カクスル。」

振り返ったリーは眉根にしわを寄せて、口を尖らせた。その熟れたグミみてえな色にドキリとしちまった。な、なんだ…アッシは。リーは、お、男じゃねえか。

「お、おお。すまなねぇ。」

アッシは気を取り直しして捏鉢の隣にバカデカイまな板を運ぶてぇと、腕まくりをしてリーが持ってきた肉の固まりを細かく切っていく。

「なぁ、コレ何の肉なんだぃ?」

「羊ダ。」

羊かよ。出島の料理場では阿蘭陀料理も習って肉も触わるようになったンだが、そうか羊かぁ。隣で粉を捏ねる音を聞きながら無心に肉を細かく叩く。

男にしては華奢な手ででけぇ白い団子が出来た頃、こっちの仕事も終わった。

「ロクザ、コレ切ル。細カクスル。イイカ?」

「よしきた!まかせときな。」

リーが持ち込んだこの見たことのねェつるっとした白い玉を微塵に切っていると、コイツが目に染みて目に染みて、涙がボロンボロン出てきやがる。

「おい!コイツはなんでぇ?」

「コレカ?玉ねぎ。」

「玉ねぎ?アレは見て楽しむもんで食いモンじゃねぇだろ。」

「ソウカ?ウマイ。」

「うまいのか?」 

「ウマイ。」

それからヤツは団子を麺棒ほど太さに延ばすと小せぇ固まりに切り分け、そいつの一つをアッシに渡してきた。

「一緒ニスル。」

口まで出かけた「面倒くせぇ。」の言葉をぐっと飲み込んで、

「どうやるか、教えてくんな。」と言った。

小させぇ固まりはリーの手でみるみるうちにペラっペラの薄い丸になった。

その無駄のねぇ動きの見事なことったら、惚れ惚れするなんてもんじゃねぇ。

アッシも見様見真似で延ばすが、どう同贔屓目に見ても不細工だ。それを見てリーが可笑しそうに笑いやがった。でもよ、それは笑われて向かっ腹のたつようなそんな笑いじゃねぇ。こっちも一緒にニヤニヤしまうような、そんな笑顔だった、。

それでも料理人の矜持にかけて負けるわけにゃいかねぇ!最後にはなかなかいい形のモンになった。


 そんでもってよ、二人で作った『皮』に『玉ねぎ』を混ぜた肉を包むンだがよ。これが何度見てもわかんねぇ。

リーが指できゅきゅクルンってしやがると、上手いこと丸い形に収まりやがる。阿蘭陀さんが被ってるようなツバのある帽子。

ところがアッシがやると手先は似たような動きのはずなンだが、これまたなんとものみょうちきりんな代物になっちまう。この不細工な『バンシー』を見てリーが笑い転げた。その顔を見てるってぇと、この胸の奥ンところがざわざわっとしてきやがる。いや、嫌な感じじゃねえ。浮き立つような、足元がふわふわして落ち着かねぇ感じだ。

キレイな『餃子』とみょうちきりんな『餃子』を鍋に入れて、羊の乳と塩と牛酪バター茹でた『餃子バンシー』は湯気をたてて艶々としている。 

リーの顔もすっかり上気して、目の周りがほんのり桃色でよ。アッシはもうどーしたらいいンだって身を捩りてぇってヤツだ。さっきの皮みてぇによ、この手でこねくりまわしてやりたくなっちまうぜ。

そんでよ、嬉しそうに皿を差し出された日にゃ、それが羊臭い代物しろもんでも受けとらねぇわけにはいけねぇだろ。


この日の餃子バンシーは美味しかった。アッシの作った『餃子バンシー』がとびきり旨いって笑ってくれたリーの嬉しそうな顔しか覚えてねぇが、美味しかったと思う。

味よりも、二人でしょうもねぇ話しをしながら作ったことのほうが心に残ったさ。


**************


 黒船の来航から急展開の開国で欧米人が居住し貿易が始まっても、日本側にはそれに対応する知識も用意もなかった。そこで活躍したのがいち早く西洋文化に接していた華僑だった。同じ漢字文化圏である彼らは筆談によって日本人との通訳ができ、日本人が不慣れだった為替や貿易の仕組みを理解していた。こうして横浜、神戸、長崎では欧米人たちの近くに華僑たちも居住するようになった。


 時代によって異なるが出島和蘭商館のスタッフは、おおかた次の通り。

【オランダ人側の構成】

最高責任者のカピタン(商館長)、ヘトル(商館長次席)、貨物管理の責任者の荷倉役、会計総括の計算役、筆者頭(上筆者)、書記(筆者・下筆者)、医師、バター製造人や鍛冶屋などの諸工員、オランダ人の身の回りの世話をする東南アジア系の人など。

【日本人側の構成】

出島乙名、阿蘭陀通詞、抜荷(ぬけに/密貿易)を監視する探番(門番)、料理人、出島から自由に出ることができないオランダ人の買物使。その他草切、火用心番などいろんな役職の人がいた。



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