おまけ

第45話 どうして、親切にしてくれるんですか?


「そう言えば、神月センパイって――センパイと……」


 どういう出会い方をしたのですか?――と菊花だりあの声が聞こえた。

 俺が畑仕事から戻り、倉庫代わりの部屋へ道具を仕舞っている時の事だ。


 食堂に居るのだろう。窓が開いているため、よく聞こえる。


「わたしも知りたいぞ!」


 とは弥生やよい。どうやら、興味津津のようだ。

 普通に『学校で同じクラス』なだけなのだが――


なにを期待しているのやら……)


「ヒカル君とですか?」


 なにやら、神月かみつきさんの声のトーンが変わる。

 みょう上擦うわずった声だ。


「え、えーと……ですねぇ」


 ――勿体もったいっているのだろうか?


 いや、あの頃の神月さんは【神気しんき】の力に悩んでいたはずだ。

 あまり話したくないのかも知れない。


「あはは……ちょっと、恥ずかしいですね」


 と神月さん。出て行こうかとも思ったけれど、大丈夫そうだ。

 俺はもう少し、様子を見る事にする。


「あれは学校の入学式の日の事です。あの時の私は……」


 皆が私の事を怖がるのに悩んでいました――と彼女は語り始めた。

 神月さんの放つ【神気しんき】は人々に『恐怖』を与える。


「ですから、入学式には出ませんでしたし……」


 教室に行こうか、迷っていました――と告げた。

 同時に――当然、家族も来てはくれませんしね――と笑う。


 俺としては笑えないのだが、菊花の場合は母親が出て行ったきりだし、弥生に関してはすでに両親がいない。二人とも、共感しているようだ。


 ――『学校行事あるある』みたいなノリなのだろうか?


 余計に出て行きにくい。


「色々と考えてしまって、気持ちが悪くなって……」


 廊下でうずくまってしまったんです――と神月さん。

 困りましたね――という雰囲気で簡単に話している。


 けれど、そう単純な話でもないだろう。

 再び、俺が心配していると、


「そこで、センパイが声を掛けてくれたんですね」


 菊花はまるで状況を見ていたかのように話す。


「そうなんです――大丈夫?――と心配してくれたんです」


 神月さんは楽しそうに語った。

 あの時の俺は分からなかったが、今なら理解できる。


 彼女が不安になれば、その【神気しんき】は周囲に与える影響を増す。

 人々は近づくだけで『恐怖』を覚えるのだ。


 そんな神月さんに近づく者はおろか、確認する勇気を持つ者はいない。

 ましてや、そんな彼女に声を掛ける者など、いるはずがなかった。


「その後、保健室に連れていってくれようとしたのですが……」


 私は断ってしまったんです――と神月さん。

 もう済んだ事なのに、申し訳なさそうに聞こえる。


他人ひとが居る場所はダメですものね」


 菊花が想像して、理由を述べた。

 神月さんは――ええ――とうなずいたようだ。


「それで、如何どうなったのだ?」


 今度は弥生やよいが質問する。


ひかるは優しいから、ちゃんと最後まで面倒を見てくれたのだろう?」


 当然のように語る彼女の台詞セリフに――くすぐったいやら、申し訳ないやら――変な気持ちになる。


 フフフッ♪――神月さんは笑うと、


「立てる?――と言って、肩を貸してくれました。正直、私に触れても……」


 大丈夫な人がいるなんて、思ってもみませんでした――と語る。

 その時は、普通に接したつもりだったのだけれど、


(神月さんからすると、気味が悪かったのかも知れない……) 


 片付けも終わっていたので――謝ろうと思い――俺は出て行こうとする。しかし、


「待つのじゃ……」


 と朔姫さくひめに止められる。


 ――いつの間に⁉


 そもそも、何処どこから出てきたのだろうか?

 それに盗み聞きをする必要もない。


「あまり、人の来ないベンチがあるのですが……」


 そこまで、連れて行ってくれました――と神月さん。

 俺としてはあの時――人目に付かない方がいい――と思ったのだ。


 俺自身、理由を詮索するタイプの人間でもない。

 一人になりたいのかな?――と勝手な想像をした。


「ここで大人しくしていれば、騒ぎにはならないと思うよ……」


 そんな事を言ってくれました――再び、神月さんは笑うと、


「ヒカル君らしいですよね♪」


 と付け足す。


「そうですね」「晄っぽいな!」


 菊花と弥生も同意する。


 ――どういうのが、俺らしいのだろうか?


 正直、ちょっと分からない。

 朔姫は温かい目を俺に向ける。


 少し、イラッとしてしまった。


「飲み物は必要?」


 そんな事を言って、アイスココアを買ってくれました――と神月さん。

 菊花と弥生の二人がうらやましがる。


 ――そこまでの話だろうか?


 クイクイと朔姫が俺の服を引っ張ると、


われにも優しくするのじゃ……」


 小声で告げる。

 理由は分からないが、取りえず、頭をでておく。


「後で様子を見に来るね、先生には言っておくよ」


 そう言った後、私の名前を聞きました――と神月さん。

 淡々と状況を説明する。


 ――それは本当に俺だろうか?


 いや、生徒の人数は少ない。初動が肝心だと考えていた頃だ。

 人当たりのいいキャラを演じていたのだろう。


(その所為せいで、今は色々といいように使われているけど……)


「でも、私はヒカル君を警戒していたので……」


 どうして、親切にしてくれるんですか?――そんな風にいてしまいました。


「神月センパイらしくないですね……」

かならしくないぞ?」


 菊花と弥生がつぶやく。二人が知っているのは、俺と付き合った後の彼女だ。

 なので、そう思ってしまうのも仕方がないのだろう。


「ヒカル君は少し困った顔をしていました」


 それはそうですよね――と言って、神月さんは苦笑する。

 自分でも『変な対応をしてしまった』と思っているのだろう。


「正直に言うとね、人付き合いは苦手なんだ……」


 ヒカル君は恥ずかしそうに言った後――そこで神月さんは沈黙する。

 勿体もったいっているのだろうか?


なんと言ったのじゃ?」


 とは朔姫。俺にかれても、覚えていない。

 多分、大した事は言っていないだろう。


「だから、俺もそれが知りたい……」


 とヒカル君は言いました――と神月さん。しかし、続きがあるようで、


「そのために『優しくした』が理由じゃ、ダメかな?」


 と言われました――神月さんの言葉に、


「なるほどのう……」


 とは朔姫。俺を見て感心する。

 本当に俺は、そんな事を言ったのだろうか?


 神月さんを疑う訳ではないが半信半疑だ。

 いや、答えはもう出ている。だから、忘れていたのだろう。


「さて、行くかのう……」


 朔姫が俺の手を取る。

 正直、出て行きにくいので、一人で行って欲しい。


なにを話しておるのじゃ?」


 そう言って、朔姫は平然と皆の前に出て行く。

 こういう度胸は、少しうらやましい。


 別に怒られるような事はしていないつもりだ。

 けれど、何処どこか後ろめたい気持ちがある。


 神月さんは微笑ほほえむと、食卓テーブルに両手を付いて立ち上がる。そして、


「ヒカル君が私の事を――綺麗だ――と言ってくれた時のお話ですよ」


 と告げる。その瞬間、朔姫達の俺を見る目が変わった。

 そんな事、初対面の女の子に対して、俺が言うだろうか?


 首をかしげる俺に対し、


「あっ、それは別の日でした」


 そう言って、両手を合わせ、ちろっと舌を出す神月さん。

 どうやら、盗み聞きをしていたのはバレていたようだ。


「で、理由は見付かりましたか?」


 俺の耳元でささやくように神月さんが言った。

 その答えは――君が教えてくれた――だから、俺は答える。


「今につなげるためさ……」


 人と人とがつながるために『優しさ』は必要なんだ。

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