第43話 完璧です


(デートっていうのは……)


 ――こういうので良かったのだろうか?


 いいや、違うはずだ。

 最近、よく分からなくなってきていた。


 俺は思い直す。

 少なくとも『野菜の収穫』はデートではない。


(せめて『苺狩いちごがり』みたいなのじゃないと……)


 ――次からは果実の苗を植えよう!


 しかし、いちごを育てるのはむずかしい。

 それに沢山、ためにはビニールハウスも用意した方がいいだろう。


 ――いや、だからそうじゃない!


 段々と自分の思考がズレて行くのが分かる。

 どうにも、考え過ぎてしまうようだ。


 久しぶりに神月かみつきさんと二人きりになったので、緊張しているのかも知れない。


(二人きりなんて、以前はよくあった事なのに……)


 菊花だりあが寮に来て、夏休みに入ってからは弥生やよいも加わった。

 そのためか、最近は二人きりになる事が少ない気がする。


 ギラギラと照りつける真夏の太陽。セミの声もさわがしい。

 カゴ一杯の野菜をかかえて、


「見てください! 沢山、採れましたよ」


 神月さんが笑顔を浮かべている。


 ――可愛い!


 いや、見惚みとれている場合では無かった。


「本当だね」


 最初の頃は上手うまく育つか心配だったけれど、なんとかなるモノだ。

 形は不揃ふぞろいだけれど、キチンと野菜だと認識できる。


 俺は彼女の笑顔につられ、自然と笑顔になってしまう。同時に――来年はもう少し、本格的に植えてみるのもいいかも知れない――と思った。


(そうすれば、また来年も一緒に収穫を……)


 ――いやいや、そうじゃない!


「神月さんは、これで良かったの?」


 折角、二人きりで過ごせるというのに、っている事はいつもと変わらない。

 彼女は俺の事を『好きだ』と思っていたのだけれど、自惚うぬぼれだったのだろうか?


 だとすると、俺は『イタい人』だ。

 この寮で暮らすようになってから、他人との距離が近くなってしまった。


 いつの間にか、神月さんにも嫌な思いをさせていたのかも知れない。


(やはり、余計な事ばかり考えてしまう……)


 一方、神月さんは俺の質問の意図が分からなかったようで、


「はい?」


 と首をかしげた。会話のキャッチボールが出来ていない。

 そもそも、彼女は一人で居る事が多いのだ。


 【神気しんき】の事もあって――誰かと一緒に出掛ける――という発想がむずかしいのかも知れない。今の質問は俺の配慮が足りなかった。


「ほら、映画や水族館とか、行きたい場所はなかったのかなぁ――って……」


 俺のぎこちない質問に対し、彼女は苦笑した後、


「私はヒカル君と一緒に居られれば、それでいいので……」


 と答える。そして、顔を真っ赤にすると、


「お、お野菜っ! 水で冷やしてきますね」


 水道のある方へと逃げるように行ってしまった。


なに、この可愛い生き物……)


 菊花だりあと契約した事が切っ掛けとなって、俺の『神狩かみがり』としての能力は向上しているようだ。


 今なら手をつながなくても、ある程度、彼女の【神気しんき】を相殺する事が出来た。

 人の多い場所でも、問題ないはずだ。


(行きたい場所があるのなら、連れて行くのに……)


 しかし、彼女にとっては『こんな俺との日常』の方がいいらしい。今にして思えば、朔姫さくひめや菊花、それに弥生も『普通というモノ』に憧れていたのだろう。


 特別を求めていたのは、俺だけだったようだ。

 滑稽こっけいである。俺は神月さんのそばに行くと、


「お昼は、これでパスタを作って……午後はまた、海で釣りをしようか?」


 と問い掛けた。


「はい♡ いいですね!」


 と彼女は笑顔を向けてくれる。

 俺にとっての日常が、彼女にとっての特別らしい。


 この生活を続けるためにも、努力して行く事を俺はちかう。

 心残りがあるとすれば、


「結局、皆で海水浴は出来なかったね」


 と俺はつぶやいた。

 以前、そんな約束をしたような気がする。


「あの時はまだ、難しいと思っていたのだけれど……」


 とつぶやく俺に対し、そんな事はすっかり忘れていたようだ。

 神月さんはおどろいた表情をしていた。


 『神狩かみがり』としての能力ちからが向上している今の俺と一緒なら、問題ないだろう。

 菊花や弥生が居れば、フォローもしてくれるはずだ。


 彼女はもう、一人ではない。


「神月さんの出来る事が増えると、俺も嬉しいよ……」


 また両親と暮らせる日も来るかも知れないね――と俺は告げる。


「うーん……」


 と神月さん。嬉しくはないのだろうか?

 それとも――そんな日は来ない――と思っている可能性もある。


 けれど、彼女は、


「午後の予定を少し変更しますね」


 と微笑ほほえんだ。

 その表情は、まるで悪戯いたずらを思い付いた子供のようだ。


(これは朔姫の影響かも知れない……)



    ◇    ◇    ◇



 午後になり、お昼の洗い物を済ませて、休憩きゅうけいしていると、


「お待たせしました♡」


 と神月さん。水着姿で現れる。

 おどろくと同時に、俺はその姿に見入ってしまった。


「朔姫に言われて買っていたのですが……」


 どうですか?――と質問される。


「完璧です」


 と即答した俺に対し、彼女はクスクスと笑った。

 自分でも『変な反応をしてしまった』と内心、後悔する。


「多分、ビニールプールが仕舞ってあると思います」


 彼女にそう言われ、俺は立ち上がる。

 そして、倉庫として使われている部屋へと向かった。


 海水浴もいいけれど、二人きりで『水遊び』をするのもいいモノだ。

 彼女はいつも、俺に特別をくれる。

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