第39話 迷惑じゃよな……


 時間は――あっという間に――過ぎてしまった。俺にとっては大変な一日だったけれど、それだけ『充実していた』という事だろう。


 夏休みに入るとバイトの合間をって、神月かみつきさんや朔姫さくひめ菊花だりあのご機嫌を取りをする。更に弥生やよいまで、入寮してきたのだから大変だ。


 俺自身がゆっくり出来る時間は限られている。


 ――こういうのを皮肉というのだろうか?


 食料確保の目的で始めた畑仕事。

 それがいつの間にか、俺にとってのいこいいの時間となっていた。


「ああ、一つだけ――【死神】に魅入られた少女は【死神】になる」


 そんな話を聞いた事があるよ――とあの日、瑠璃姫るりひめは俺に教えてくれた。

 朔姫も『人が【神】になる事がある』と言っていた気がする。


 そんな事を考えていた所為せいか、少しボーッとしていたようだ。

 庭から室内の時計を確認すると、


「もう、こんな時間か……」


 俺は早々に朝の畑仕事の手を止める。

 今日は朔姫とデートの日だ。



    ◇    ◇    ◇



「本当に、こんな事で良かったの?」


 俺の問いに、


「うむっ! これがいのじゃ♡」


 と朔姫は上機嫌で答える。

 夏休みの――誰も居ない――学校の廊下を俺達は手をつないで歩く。


 正確には、部活の生徒や教員は出て来ている。

 けれど、俺達はえて人気ひとけのない場所を散策さんさくしていた。


 ――天気もいいので、外でも良かったのでは?


 と思わない事もない。

 しかし、朔姫の望みは『学校での制服デート』だった。


「一度、おぬしと手をつないで、堂々と歩きたかったのじゃ……」


 それに屋内なら、天気も関係ないのじゃ!――そう言って朔姫はニコリと笑う。

 そんな表情をされては、言い返す言葉も見付からない。


 ただただ、可愛いと思った。小さくて色白の綺麗な手。

 力を入れて握ると壊れてしまいそうなくらい華奢きゃしゃに見える。


 けれど、【神】である彼女の力は常人をいっしている。

 それは信仰の力でもあるのだろう。


 クラスメイトどころか、学校中の生徒達から注目を集める美少女。

 その長くて綺麗な髪は揺れる度、光に反射する。


 そして、薄い桜色に輝いた。

 それはまるで、舞い散る桜の花びらを連想させる。


 青い宝石のようにきらめく、大きな瞳。

 その美しさは見る者を魅了みりょうし、とりこにする。


 島暮らしだというのに肌の色は白く、小柄な割に胸が大きい。

 素直な性格も合わさってか、男女問わず人気があった。


 この学校に通う生徒および教師達は皆、彼女の信者だ。

 それが『縁切り』の【神様】である朔姫の力になっている。


 しかし、その特性の所為せいか、彼女自身は相手には恵まれなかったようだ。

 そんな彼女がようやくく『巡り合えた』という相手。


 ――それが自分で本当にいいのだろうか?


 はなはだ疑問である。


「どうしたのじゃ……」


 楽しくないのか?――不安そうな表情で、俺を見上げる朔姫に、


「大好きだよ」


 とだけ告げる。


われもなのじゃ!」


 と彼女はぐに笑顔になった。

 俺が彼女の【神気ちから】の影響を受けにくい【神狩かみがり】という理由だけで好かれている。


 そんな風に思っていた時期もあった。けれど今は、


「朔姫と居ると、面倒な事ばかりに巻き込まれるけど……」


 そういう所も含めて、大好きだから――と俺は再び口にする。

 彼女を信仰する人間は、悪い人間関係を断ち切る事が出来るらしい。


 しかし、その分――彼女の恩恵を受ける事の出来ない俺のような人間には――そのツケが回って来るようだ。


 他人と距離を取っていたつもりだったけれど、この島に来てから『面倒な事ばかりに巻き込まれる』ようになってしまった。


「迷惑じゃよな……」


 と朔姫。今更しおらしい態度で、そんな顔をされても困る。

 不安そうにたずねる彼女に対し、


「確かに、そう思う時もあるけれど……」


 自慢の彼女だよ――そう言って、俺は彼女のひたいに自分のひたいを重ねた。


「おおっ♡」


 ういやつめ――と朔姫は微笑ほほえむ。

 平気そうにしているけれど、耳まで真っ赤だ。


 俺はその場で膝を突くと、プレゼントを取り出す。

 緑色に輝く石がアクセントのハート形をしたペンダントだ。


 それを朔姫の腕につける。再び、


「おおっ♡」


 と声を上げる朔姫。

 日の光にかざすように腕を上げ、確認をする。


「気に入ってもらえると嬉しいんだけど……」


 俺が台詞セリフを言い終える前に、


「嬉しいに決まっておるではないか!」


 ありがとうなのじゃ♡――そう言って俺の首に手を回し、抱き付いてきた。

 丁度、立ち上がろうとしていた所だったのでバランスを崩してしまう。


 俺は仰向けになる形で後ろに倒れた。朔姫をかばったつもりだったけれど、はたから見ると、彼女に押し倒されているような体勢だ。


「フフフッ♪ ずぅーっと、こうしてみたかったのじゃ♡」


 と朔姫。俺の胸に顔を埋め、スリスリしてくる。

 どうやら、離れるつもりはないようだ。


「それにな、われを最初の相手に選ぶとは……」


 おぬし、分かっておるな!――とぐ俺の目を見詰めてくる。

 彼女がその気になれば、本気のキスだって出来るだろう。


われも大好きなのじゃ」


 そう言って、俺の額に自分の額をくっつけた。

 デートの順番にこだわりそうな彼女を最初の相手に選んで正解だったらしい。


 朔姫は恥ずかしくなったのか、ぐに上半身を起こしたけれど、俺はそんな彼女を抱き締めた。


 学校の廊下で、お互いに座り込む形になる。

 そしてしばらくは、そのままの姿勢で一緒の時を過ごした。

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