第38話 手を繋ぐのなら我じゃろ?


「やあ、『天寺あまでら ひかる』君」


 俺は一人の少女に話し掛けられる。

 どう見ても小学生の女の子だ。


 ただ、その雰囲気だけは異質いしつだった。

 いや、よく知っている――と言いえた方がいいだろう。


朔姫さくひめに似ているのか……)


 勿論もちろん、少女と朔姫が『そっくり』という意味ではない。

 【神気しんき】をまとっている――という点においてだ。


 それは俺自身が感じている訳ではなく、周囲の様子から判断できた。

 いつの間にか、時が止まったかのように静寂せいじゃくおとずれている。


(まるで世界から音が消えたようだ……)


 やがて、信号が赤から青に切り替わった。


「行かないのかね?」


 そう言って、少女は俺に手を伸ばす。

 握手あくしゅを求めている訳ではない。


(『つなげ』という事だよな……)


 俺は少女の手をにぎる――すると同時に、世界に音が戻った。

 【神狩かみがり】の能力ちからが発動したらしい。


 やはり、少女は朔姫と同じ【神様】で間違いないようだ。

 そのまま手をつないで、一緒に横断歩道を渡る。


「どうやら、随分ずいぶんと朔姫に訓練されているようだね……」


 ――揶揄からかわれているのだろうか?


 清楚な見かけによらず、意地悪な言い方をする。

 同時に少女は微笑ほほえんだ。


 はたから見ると、仲の良い兄妹に見えるのかも知れない。

 先程までは、周囲に人の気配は無かったはずだ。


 それがいつの間にか、普通に人の姿がある。


(さっきまでは、無人の街に居たみたいだったのに……)


「理事長……ですか?」


 俺の質問に、


「そうだね――『瑠璃姫るりひめ』と呼んでくれ」


 と少女は答える。確かに、その長く綺麗で真っ直ぐな髪は瑠璃色に見えた。

 深い夜のような黒だけれど、光の加減によって青く輝く。


「綺麗な髪ですね……」


 つい出てしまった俺の言葉に、


「ありがとう」


 と瑠璃姫は返した。その横顔は嬉しそうに見える。

 れた坂道も、少女の小さな歩幅に合わせて歩くと、なかなかに大変だ。


「ふふふっ♪ 楽しいモノだね」


 朔姫が君を手放さない訳だ――瑠璃姫がささやくように言う。

 なにがだろうか?


「世界が音にあふれている」


 と少女は微笑ほほえんだ。

 瑠璃姫は【静寂せいじゃく】でもつかさどっているのだろうか?


「少し違うかな……」


 まるで俺の心を読んだかのように少女は答える。

 俺は『次の質問を考えよう』としたけれど、くべき事は他にあった。


弥生やよいの――吹常ふきつねさんの事をいてもいいですか?」


 そんな俺の問いに――いいだろう――と少女。

 けれど、少し考える素振そぶりを見せると、


「いや、ボクの話を聞いてくれればいいよ」


 この坂を上る頃には話し終えているはずだから――そう告げる。

 俺は黙ってうなずく。


 いい子だね――瑠璃姫は優しい表情を浮かべると、


「彼女は少し勘違いをしているんだ……」


 弥生の母である【神】がつかさどっていたのは【死】だ――と語り始めた。

 どうやら【眠り】と【死】を勘違いしているらしい。


 正しくは、そう思い込まされているようだ。

 当然、弥生の持っている【加護】は【死】となる。


 死ねない人間――そんな解釈かいしゃくも出来なくはない。


(そりゃ、本人には言いにくい……)


 【死】をつかさどっているがために【神】は消える事を選んだ。

 その結論については納得が出来る。


 長い間、人間に【死】を与え続ける存在。それに疲れたのだろう。

 また、母親である【神様】がそばに居た場合――どうなるのか?


 周囲の人間は【死】に取りかれる。早い話、弥生が人間の世界で生きる場合――彼女は一人になってしまう――と考えたのだろう。


 安らかな眠りにつかせる――と考えれば救いを与える存在だ。

 けれど『これから生きて行こう』とする人間にとっては真逆となる。


「一人の人間の少女を救ったがために、自ら消える事を選んだ」


 あわれな【神】さ――そんな瑠璃姫の言葉に、


「それでも、最後に人を愛する事が出来ました」


 そして、愛されていた――と俺は返す。

 この遣り方が正しかったのか、俺には分からない。


 けれど、『哀れ』などという言葉だけで片付けては行けない気がする。

 瑠璃姫はえて、俺から言葉を引き出したのだろう。


 その辺は朔姫と一緒のようだ。


「ありがとう――でも、問題はそこではないんだ」


 弥生が『【死】の【加護】を持っている』という事なんだよ――瑠璃姫は語る。

 『死ねない』という事は、この世界のことわりに反する。


「つまり『死ににくい』という事さ……」


 代わりに周囲の人間が死ぬ――そう告げられた。


「『【死】を振り撒く』と言い換えてもいい。だから……」


 彼女の【加護】が消えるまで、君が守って上げてくれ――そんな事を頼まれる。

 神月かみつきさん一人でも苦労しているのに『そんな事は無理だ』と思った。


 けれど『見捨てる』という選択肢はない。

 それは誰かを犠牲にして、神月さんを救う事になる。


 ――彼女はそれを喜ばない。


 俺の弱さは、もう俺だけのモノではないのだ。


(これが人と関わるって事か……)


「分かりました」


 と俺は答える。


流石さすが、朔姫がれただけの事はある」


 瑠璃姫は笑った。俺としては複雑な心境だ。

 弥生は【眠り】と言っていた。


 だけど、それは――【生】と【死】を繰り返していた――という事だろう。


 ――そんな人間を俺は救えるのだろうか?


「いや、俺は誰も救えてはいない……」


 そもそも『誰かを救う』という発想が間違っている気がする。


「瑠璃姫、教えてくれ……俺は――」


 そう言い掛けた時だった。


「あーっ!」


 と声がする。この場で、そんな声を上げるのは朔姫しかいない。

 どうやら、瑠璃姫と手をつないでいるのが気に入らないようだ。


「残念、時間切れだ」


 と手を離す。同時に少女は朔姫の攻撃をける。

 朔姫のかなり本気の手刀が、俺の手を直撃した。


いたっ!」


 思わず声を上げる俺。

 瑠璃姫とつないでいた手をねらっていたのだろうけど、そのねらいがれたようだ。


「まったく……どいつもこいつも、人の彼氏おとこに手を出しおって……」


 と朔姫はプリプリ怒る。

 再び『【静寂せいじゃく】が訪れる』と思ったのだけれど、世界は変わらなかった。


 ――朔姫の【神気】とで相殺そうさいされているのだろうか?


「おぬしも、おぬしじゃ!」


 手をつなぐのならわれじゃろ?――と急に可愛らしく首をかしげる。


(やれやれ……)


 【神様】という存在は余程、狡猾こうかつなようだ。

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