第32話 その時は一緒に来てくれますか?


「教室に戻って、タオルを取ってくるよ」


 と俺は言ったのだけれど、神月かみつきさんは首を横に振った。

 ぐに乾くのでいい――という事だった。


(俺としては目のやり場に困るのだけれど……)


 なるべく表情には出さないように、平常心を装いならがら、


「風邪、引かないようにね」


 と告げ、俺は再びホースを持つ。

 神月さんが水道の蛇口をひねってくれた。


 本当はもう少し、涼しくなってからの方がいいのかも知れない。

 俺はホースの出口を指ではさんだ。


 すると勢いよく水が飛び出す。

 その水飛沫みずしぶきからは虹が見えた。


「わぁーっ!」


 と神月さんが感嘆かんたんの声を上げる。


「わぁーっ! ではないわっ!」


 と朔姫さくひめ。話は終わったのだろうか?


われも構うのじゃ!」


 なんなら、水を掛けてもよいぞ――とからんでくる。


「別に掛けようと思って掛けた訳じゃないけどね」


 俺は無駄と知りつつも訂正した。


「そんな事を言って、われれた肢体したい興味津津きょうみしんしんなのは……」


 分かっておるぞ!――と朔姫。

 何故なぜか、水をいている場所へと向かう。


(邪魔しないで欲しい……)


 俺は朔姫に水が掛からないように、ホースを左右へ揺らす。

 すると彼女は、それに合わせて飛びねた。


なんだか、こういうワンコを見た事がある……)


「ちょっ、危ないよっ!」


 俺が慌ててホースの向きを変えると、


「キャッ!」


 と短い悲鳴が聞こえる。

 どうやら、やってしまったようだ。


 俺は声のした方向へ恐る恐る視線を向ける。

 そこには水をかぶって、びしょれになった吹常ふきつねさんが立っていた。


「ごめんねっ! わざとじゃないんだ!」


 俺は吹常さんに謝ると水遣りを一旦、めて教室へと急いで戻った。

 そして、鞄ごと持ってくるとタオルを渡す。


「もう、朔姫の所為せいだよ……」


 一緒に謝ってよ――俺がお願いすると、


「ふんっ! われは悪くないのじゃ……」


 朔姫はそう言って、そっぽを向く。


われれ場を奪いおって……」


 なにやら他人ひとに聞かれると誤解されそうな発言をする朔姫。

 仕方なく注意すると――ぐぬぬっ!――とくやしがる。そして、


われも制服をけにして、誘惑したいのじゃ!」


 なにやらわめき始めた。神月さんは顔を赤くしてうつむく。


 ――ひょっとして、俺を誘惑していたのだろうか?


 となると『タオルを持ってこなくていい』と断った理由にも説明が付く。

 しかし、神月さんは首をブンブンと横に振った。


(まぁ、それはそうだろう……)


 一方、吹常さんは慌てて胸を隠した。

 どうやら、朔姫の所為せいで変態あつかいされてしまったようだ。



    ◇    ◇    ◇



 これ以上、学校にとどまるのは『得策ではない』と考え、俺は寮へと移動した。

 そんな訳で今、俺達が居るのは寮の食堂だ。


(談話室もあるのだけれど……)


 食堂の方が広くて明るく、風通しも良い。

 この季節は特に過ごしやすい空間のため、なにかと集まってしまう。


 吹常さんに謝った所――寮に行きたい――と言われた事も理由の一つだ。

 天気がいいため、洋服はすでに乾いたようだ。


 しかし、俺がやった事には変わりない。


(元々、寮へは案内するつもりだったので、おびにもならないな……)


 取りえず、アイスを食べるか聞いてみよう。


「高いヤツはわれのじゃぞ!」


 と朔姫。はいはい――と俺は返事をしておく。

 吹常さんを連れて来た理由については、もう一つある。


 色々ときたい事があるからだ。

 朔姫にいてもいいのだけれど、要領を得ない事が多い。


 これを機会チャンスと考え、色々と聞いてみる事にしたのだ。


(答えてくれるかは分からないけど……)


 俺はカップに入った高い方のアイスを朔姫に渡す。


「うむっ! ちょっと溶かしてから食べるのじゃ♪」


 そう言って、彼女は水道で表面のしもを洗い流す。

 そして、アイス専用のスプーンを用意した。


「おっ♪ 一口、食べるかのう?」


 と朔姫。どうやら――あ~ん♪――をしたいらしい。

 お客様である『吹常さんが居るから』という理由で俺は断る。


「うーん、残念じゃ……」


 そう言って彼女は落ち込む。

 こういう態度を取るから、憎めないので困る。


(そうだ、菊花だりあにも連絡しておかないと……)


 今日は『お姉ちゃんの様子を見てきます』という事で、寮には居ない。

 俺としては一度――ご両親に挨拶しに行こう――と思っていた。


 この間、その事を菊花に告げたのだけれど、


「センパイ、お話したい事があります」


 と逆に相談されてしまう。どうにも、菊花が【魔女】の力に目覚めた事で、本当の記憶を取り戻したようなのだ。


 彼女の話によると、先代の【魔女】である母親は彼女達を捨て『島を出て行ってしまった』という事になっていたらしい。


 しかし、それは魔法により書き換えられた――いつわりの記憶だ――という事が分かった。


 今までは記憶が曖昧あいまいな事もあり、深く考えてはいなかったようだ。

 記憶を取り戻した今となっては『なにか理由がある』という結論にいたったそうだ。


 菊花は真実を知るためにも、母親の居る本土へ――いつか渡りたい――と考えていた。


『センパイ……その時は一緒に来てくれますか?』


 などと言われてしまえば、断れる訳もない。

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