第29話 何だか、楽しそうですね♪


 七月に入り、本格的な夏の気配が強くなった。

 俺はバイトを探しつつ、夏休みの計画スケジュールを作製する。


 神月かみつきさんは当然として、朔姫さくひめ菊花だりあ

 三人とのデートも考えなくてはいけない。


(誰か一人でもあつかいに差を出すと大変な事になりそうだ……)


 ――この島にどんな災害が発生するのか予測できない。


「そんなにバイトを入れて、大丈夫ですか?」


 と神月さん。暑いのか、薄着な上に無防備だ。


 風の通りがいい食堂で計画を立てていたのだけれど、いつの間にか俺の横に並び、前屈みでのぞき込んできていた。


「あ、アイス食べます?」


 そう言って、ソーダ味のアイスを半分に割ってくれた。

 お礼を言って、有難ありがた頂戴ちょうだいする。


なにかと入用いりようだからね」


 と俺は短く答えた。

 『プレゼント』に関しては菊花の分も用意した方がいいだろう。


(用意しなかった場合、身体で要求されそうだ……)


「お盆は実家に帰る予定だったけれど、この島に居る事にしたよ」


 そう言って、俺は苦笑した。

 父さんと母さん――二人きりで過ごすのも、たまにはいいだろう。


 息子の俺はお邪魔虫だ。そんな大義名分を考える。


「私は嬉しいですけど……」


 神月さんは――無理してませんか?――そんな表情をする。

 確かに、食事の心配をしなくてもいいし、祖父母から小遣いももらえるだろう。


「今は、ここでの暮らしの方が大切だから……」


 俺は少しだけ嘘をいた。

 家族や親戚の前だと、余計に考えてしまう。


 『神狩かみがり』などいう大層な力の存在。

 役には立ったけれど、他人ヒトとの距離を余計に感じてしまう。


 一緒に泣いたり、笑ったりする場合、どうしても俺は演技を必要とする。


(だから一度、一人暮らしをしたかった……)


 一人になって考えたかった。

 今は俺よりも、彼女たちの方が大変な事を理解している。


 だから、弱音をく訳にはいかない。


「そう言ってもらえると嬉しいです♡」


 神月さんは喜ぶ。俺はそんな彼女の様子に罪悪感を覚える。


(結局、彼女達を自分の逃げ道にしてしまった……)


「そうだ、神月さんの予定も聞いておかないと……」


 寮も人数が増えたので、当番制が上手く機能している。

 畑の方も皆が手伝ってくれた。


 神月さんも落ち着いている様子なので――家族に会うのもいいかも知れぬな――と朔姫が言っていた。


(最悪、俺が付いていけばいい訳だし……)


「もしかして、デートですか?」


 そう言って、神月さんは俺が用意していたデートスポットが載っている雑誌を手に取った。


「俺が一緒なら、大丈夫だよね?」


 行きたい所があったら教えて――と伝えておく。


(――とは言っても、島から出られないか……)


 自然と範囲はしぼられてしまう。

 一方、バイトの方は飲食店を中心に行う予定だ。


 まかないも出る上、観光客が増えるので時給もいい。

 後は体力もついたので、漁の仕事を手伝うのも有りだ。


 夜は清掃会社のバイトを見付けた。


(そういえば、菊花は『教会の手伝いがある』と言っていたな……)


 観光客相手の演出として、一緒に『結婚式を挙げませんか?』などと誘われた。


(これは大変な事になりそうだ……)


 しっかりと計画スケジュールを立てる必要がある。

 そんな俺の様子を見て、


なんだか、楽しそうですね♪」


 クスクスと神月さんは笑った。


 俺は彼女達のために――と思って頑張っているつもりだったのだけれど、もしかすると助けられているのは俺の方かも知れない。


 彼女達と出会えた事に感謝する。



    ◇    ◇    ◇



 生徒会の仕事を手伝うようになっていた所為せいだろうか。

 新しく学校に転入する――という生徒に対し、学校の案内を頼まれた。


(どうやら、病気であまり学校に来れなかったらしい……)


 二学期から寮のある、この学校へ転入してくるようだ。


「うちの生徒達は『個性が強い』のが多いからね」


 と生徒会長。つまり、俺は『無個性』という事だろうか?

 まぁ、朔姫や神月さん程ではないけれど、彼らに案内させるのは危険だろう。


 一応、建前としては――俺と同じで島の外から来る生徒だから――というのが理由らしい。


なんだろう? 嫌な予感がする……)


「転入してくるのは二学期からなんですよね?」


 俺の問いに、


「ああ、親の仕事の都合らしいね……色々と転勤が多いらしくてね」


 寮も見てみたいそうだ――と付け加える。

 それで納得した。


(だから、俺が選ばれたのか……)


 どうやら、その生徒は俺達の寮に入る事が決まっているらしい。

 正直、寮には神月さんが居るから、普通の人間では入寮するのは無理だろう。


 悪いけど、その転校生には諦めてもらうしかない。

 放課後、俺は職員室へと向かう。


「失礼します」


 そう言って入ると少し待つように言われた。

 生徒が少ないため、改めて確認すると教員の数も少ないようだ。


 忙しそうに見えるのは、気の所為せいではないだろう。

 やがて、一人の少女が俺の前に現れる。


 美人だけれど、目付きが悪い。

 桜花ちえりさんと知り合ったお陰だろうか、萎縮いしゅくせずに済んだ。


 女性にしては長身で髪型をポニーテールにしているためだろうか?

 俺よりも彼女の方が、背が高いように感じる。


「学校を案内するように頼まれました――『天寺あまでら ひかる』です」


 と挨拶すると――ふんっ!――とあからさまに視線をらされた。

 どうやら機嫌が悪いようだ。それでも、


「『吹常ふきつね 弥生やよい』だ……」


 と挨拶あいさつしてくれた。

 俺の事が嫌っ!――という訳ではないらしい。


(こういう手合いは、時間を掛けて仲良くするのがいいのだけれど……)

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